ONE’s BREWERY(大阪府)のはなし
ケルシュを極めて、ケルシュで遊ぶ。
そっと寄り添うケルシュの世界にどっぷりハマった
ONE's BREWERY
大阪府大阪市
2018年から大阪府大阪市西区にブルワリーを構える「ONE's BREWERY」
運営するのは、大阪で70年以上バルブを中心とした流体制御機器の設計・販売をしている株式会社一ノ瀬です。同社がビール製造設備も手掛けていたことからクラフトビール事業部を立ち上げ、培ってきた技術を活かした設備の活用事例として、本社内にONE's BREWERYを設置。ビールは大阪市中央区東心斎橋にある直営パブONE’s BREWERY PUBで楽しむことができます。ブルワーの鈴木遼太さんにお話を聞きました。
ケルシュほど地元に愛されたビールはないかもしれない。
10年前に「Kölsch(ケルシュ)」を飲んでいなければ、ビールを造ろうとまで思えなかったと思います。それぐらい、ケルンで飲んだケルシュに感動したんですよね。 ケルシュはドイツのケルン地方発祥のクラシカルなビールです。 苦味は控えめで、すっきりした味わいと飲みやすさが特徴。本場のケルシュは原材料から醸造方法、提供方法まで「ケルシュ協定」で厳しく定められていて(※1)、細長い200mlの「シュタンゲ」という専用グラスで提供されます。グラスが空になると、ウェイターが「クランツ」と呼ばれる専用のお盆に乗せて新しいケルシュと交換するのですが、オーダーしなくてもこれが繰り返されるのです。いらないときはグラスの上にコースターを置きます。そうしないと、「わんこそば」のように永遠に運ばれてきます(笑)。 そう、ケルンではケルシュしか飲まないんです。 どの店でもみんなずっとケルシュ(笑)。ケルンの人たちはそれぐらい地元のケルシュに誇りを持っていて、日常的な飲み物として根づいているんです。その光景がケルンのきれいな街並みに溶け込んで、すごく印象的だったんですよね。そこからですね、僕もビールを造りたいと思ったのは。 実はビール好きな家族の影響で、二十歳になって初めて飲んだビールは「ヒューガルデン・ホワイト」(※2)。だから、ビール=苦いという認識は最初からありませんでしたね。家族でよくベルギービールを飲んでいたせいかシメイ(※3)のような濃厚なビールも好きですし、ケルンに行ったのは、兄が計画してくれた家族旅行でベルギーからのアクセスが良かったから。ベルギーではブリュッセル近郊の醸造所を見て回って、ビアカフェでお昼からおじいちゃんがゆっくりとビールを楽しむ文化も素敵だと思いましたが、一番惹かれたのはケルシュだったんです。 旅行後はブルワーになるためにビールメーカーの採用をあたりました。 ところが当時はほとんど募集がなくて、ようやくご縁があったのが新潟の「スワンレイクビール」(※4)。運よく採用が決まって、3年ぐらい働きながら醸造技術を学びました。醸造の他に製品の受発注から瓶の充填作業、レストランも併設していたので接客することも。結婚式も請け負っていたので、その手伝いもしていました。それなりに規模の大きい会社だったので醸造以外にも学ぶことが多くて、ブルワリーレストランの流れを一通り経験できたと思います。 ONE’s BREWERYは高校の同級生からの誘いでした。 「自社でブルワリーを立ち上げることになったから、ヘッドブルワーとしてやってみないか?」って。そこで2018年1月に大阪へ。クラフトビール事業でブルワリーの立ち上げ準備から携わっています。 ※1 厳密には「ケルシュ協定」で認められたもののみが「ケルシュ」と名乗ることができるため、それ以外で醸造されたものは「ケルシュ風」「ケルシュスタイル」とされる。 ※2 ベルギーのヒューガルデン村を発祥とする小麦を使ったホワイトビール。苦みがなく、爽やかでフルーティな風味が特徴。 ※3 ベルギーのスクールモン修道院で1862年から醸造される代表的なトラピスト(修道院)ビール。 ※4 新潟県阿賀野市にある瓢湖屋敷の杜ブルワリーで1997年から醸造するビール。国内外のビール審査会において数多くの受賞歴を誇り、阿賀野市の直営のレストランの他、東京都内にも直営ビアバーを数店舗もつ。
主張しないからこそ、繊細で難しい。
ONE’s BREWERYは自家醸造に先駆けて2018年6月に直営パブ「ONE’s BREWERY Pub Kitahama」(移転のため閉店)をオープン。醸造免許取得までは、委託醸造したビールや他社のゲストビールを提供していました。 うちのフラッグシップはもちろん「KLS(けるしゅ)」です。免許取得に申請から1年ぐらいかかりましたが、なんとか2018年11月末に免許がおりて2019年1月2日の初仕込みにこぎつけました。初仕込みはトラブル続き。設備の温度調整がうまくできなかったり、麦汁のろ過が思うようにいなかったり、仕込みに12時間近くかかりましたね。水通しの動作テストはしていましたが、原材料を使って仕込むのは初めてだったので、実際に動かしてみてトラブルの多さに正直不安しかありませんでしたが、仕上がったビールはまずまずの出来。ほっとしました(笑)。 それから何回も仕込みを重ねて、設備を使いこなせるようになるまで1年近くかかったと思います。経験を重ねるごとにビールの完成度も上がってきて、ケルシュらしくなってきました。自信作はまさに今タンクで熟成中のもの。出来が良かった前回のレシピをベースに、今まで発酵中は14℃にキープしていた発酵温度を一時的に18℃に上げてケルシュイーストの活性を促したんです。それがケルシュの特徴を引き出せたようにで、うまく熟成が進んでいます。 僕の考える「ケルシュらしさ」は、ビールとして派手な主張をせず、何杯も飲めるもの。究極のドリンカビリティです。ケルンで見たような、楽しい場に寄り添うビールですね。地味で特徴の少ないスタイルだからこそ、繊細で難しいのがケルシュ。エールらしい豊かな香りをもちながらも、すっきり軽い口当たりを重視しています。 店舗で出すビールもひたすらケルシュ(笑)。 ただ、ベーシックなケルシュの他に、アレンジを加えたバリエーションをもたせています。たとえば、ケルシュにライバル関係として知られるデュッセルドルフで造られる「アルト」を組み合わせた「KLT(けると)」や、ドイツの伝統的な“黒ビール”を意味する「シュバルツ」を掛け合わせた「SWZ(けるしゅゔぁるつ)」。さらに、ホップをきかせたケルシュという意味を込めて、IPK=India Pale Kölschとした「IPK(あいぴーけー)」。スタイルはセッションIPAですが、フローラルなホップアロマを感じられて、料理と合わせやすいハイブリットケルシュです。 スタイルの掛け合わせの他に、副材料を使うケルシュもありますよ。 レモンピューレをたっぷり使ったレモネードのような「KLZ(れもんけるしゅ)」や、イタリア料理に欠かせないハーブ、オレガノを使った「KLO(おれがのけるしゅ)」。すっきりしたケルシュにほろ苦さとスパイシーさが加わって、イタリアンとの相性は言うまでもありません。 それと、定番で最近リリースを始めた「AMB(あんばー)」。 「カリフォルニア・コモン」というスタイルで、アメリカを代表するアンカー社の代表銘柄から通称「スチームビール」と呼ばれています。これは造り方がケルシュの発想と「逆」。上面発酵酵母を使うエールでありながら、低い温度帯で発酵させるケルシュと違って、低温で活動する下面発酵のラガー酵母を使いながら、高温で発酵させる型破りなスタイルなんです。麦芽の香ばしさを感じながらも、切れ味がすっきりして飲みやすいビールです。こういうへそ曲がりなスタイルが好きなのかもしれません(笑)。 日本でケルシュに特化したブルワリーは他にありません。 これからも基本のケルシュのブラッシュアップに務めながら、ONE’s BREWERYらしくアレンジしたオリジナルで、ケルシュという文化に触れてもらいたいと思います。 僕がケルンで体験した空気をお客様にも感じ取っていただけるように。 取材・文/山口 紗佳
1杯にとどまらず、何杯でもグビグビ飲みたくなるのがケルシュ。いつのまにかグラスが空になるのがケルシュ。なにはともあれケルシュです(笑)。どんな料理とも合うので、普段の食事に添えたらいつもの食卓がさらに楽しい時間になるはずです。
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