WHITE DOG BREWING(神奈川県)のはなし
着心地の良い素材のように、ビールを編む。 「日常着」のような一杯を目指して
WHITE DOG BREWING
神奈川県横須賀市
三浦半島の東端、かつてペリー率いる黒船が来航し、開国の舞台となった神奈川県横須賀市浦賀。レンガ造りのドックや渡船が残り、歴史の薫りと潮風が交錯するこの港町に、2024年2月、新たな醸造所がオープンしました。元テキスタイルデザイナーの夫婦が営む「WHITE DOG BREWING」。地域に根ざして日常に寄り添うビールづくりについて、代表の小野﨑圭さんにお話を聞きました。
子どもの無邪気なひと言が、これまでの歩みを証明してくれた
ビール造りをはじめてから、心に残っている言葉があるんです。

あるとき、ご家族で来店されたお客様がいらっしゃいました。
お父さんとお母さんがビールを楽しみ、お子さんはジュースやお菓子を食べている。そんな何気ない休日の風景の中で、そのお子さんがふと、こう言ったんです。
「やっぱビール屋さんは最高だな!」って。
これには、驚かされました(笑)。
だって、その子はビールを飲んでいるわけじゃないんですよ?
でも、両親がリラックスして楽しそうに笑っている空気感や、お店の居心地の良さを、子供ながらに肌で感じ取ってくれたんだと思うんです。僕らが作りたかったのは、単にアルコールを売るお店ではなくて、家族みんなが「いい時間だったね」と思えるような場所。その思いがちゃんと伝わっているんだなと感じて、なんだかすごくやさしい気持ちになれた瞬間でした。
WHITE DOG BREWINGは、横須賀の浦賀というエリアにあります。
自宅で白い犬と一緒に暮らしていて、お店をやるならこの子をモチーフにしたいと考えていました。

僕らが移り住んできた浦賀は造船業で栄えた町。
現役ではありませんが、造船所の跡地は今でも静かに、でも壮大にその姿を残しています。この浦賀の象徴ともいえるドック(Dock)と愛犬のDogをかけてWHITE DOG BREWINGと名付けました。
今はこうしてビールを造っていますが、以前は僕も妻も、ずっと繊維業界で働いていたんです。
生地を編み上げるように、ビールを設計する

僕は生産チームの中で服地の設計、企画を担当していました。
簡単に言えばカットソー(丸編み)生地の設計とデザインです。「デザイン」というと、色や柄を決めたり、形を描いたりする表面的な作業をイメージされることが多いですが、僕がやっていたのはもっと土台の部分。まずは「糸」を決めるところからです。
番手と呼ばれる太さをどうするか?素材は何にするか?そして、それをどう編み上げていくか?最終的にどんな風合いの素材に仕上げたいかというゴールがあって、そこから逆算して組み立てていくんです。
これはビール造りと通づるものがあると感じます。
目指す味のイメージがあって、そのためにどの種類の麦芽やホップを選び、どんな配分にするのか。そして、どのタイミングでホップを投入して苦みや香りを立たせるか、発酵させる温度を何℃でコントロールするのか。タンクで熟成させる期間や方法は、生地に洗いをかけたり起毛させたりして風合いを調整する「最終仕上げ」のイメージでしょうか。
実際にやるべき作業は違っても、頭の中にある「設計図」の描き方は長年やってきた服作りそのもの。妻もブルワリーのオープンまで繊維関係の仕事をしていましたが、今では僕がビールの骨格となる中身=土台を作り、彼女がラベルや販促物のデザイン、お店の雰囲気作りといった「彩り」を加える。アパレル時代に培った考え方や経験がブルワリーでも活きています。

そもそも、なぜ線維業界からビールへ転身したのかというと、きっかけはコロナ禍でした。浦賀に来る前は世田谷区から渋谷まで通勤していたんですが、浦賀に移り住んでから通勤だけで往復4時間!わかっていたんですが、通勤はとても大変でした。でもコロナで在宅ワークが増えて、通勤時間が一気に削りとられたとき、ふと考える時間が生まれたんです。この時間が当時はとても苦痛だったんですが、今の状況を考えたら本当に転機になった瞬間だったと思います。
ファッション業界は目まぐるしいサイクルで動く世界。
シーズンごとに新しいものを作り、消費され、また次へ。そのスピード感の中で、「自分が携わったものは、ただただ消耗されていくだけなんじゃないか」という疑問が湧いてきて。
そんなとき、パン屋をしている友人が「自営業は楽しいよ、おすすめだよ」と言ってくれたんです。実は昔バーで働いていたことがあって、お酒を造りたいという憧れがあったのを思い出しました。お酒も飲めばなくなってしまいますが、それは単なる「消耗」ではないんですよね。「おいしかった」「楽しかった」という過ごした記憶や、会話の中で豊かな時間を生み出すことができる。
後から知ったことでしたが、ブルワリーの立ち上げは、ワイナリーや日本酒の酒蔵ほど新規参入が難しくないということもありました。僕らの生活を変えるための「ものづくり」として、ビールは最適だったんです。そこからはもう実行あるのみ。「やるかやらないか」なら「やる」しかない。そんなときにちょうど求人情報を目にした「横須賀ビール」に応募して修行させてもらい、2024年の2月に自分たちの店をオープンしました。
失われた味へのオマージュと、白い犬の物語
僕たちが目指すものは、「日常に寄り添うビール」です。
説明がなくても「あー、やっぱりおいしいね」と言ってもらえるような、生活に馴染む味。服で言えば、着心地の良い普段着みたいな存在でありたい。
定番のラインナップには、そんな僕らの「好き」と「ストーリー」を詰め込んでいます。 例えば、「Steam Dock」というビール。「カリフォルニアコモン」というスタイルなんですが、「アンカースチーム」というビールへのオマージュなんです。アンカー社の操業停止(※取材時)に伴い、飲む機会がなくなってしまった。「飲めないなら、自分たちで造ろう」と思ってレシピを設計しました。ラガー酵母をエールのような温度で発酵させることで生まれる独特の香ばしさとキレ。古き良きアメリカの味を、浦賀風に解釈して再現しています。
そして、「G.W.D」というホワイトビール。
これは「Good White Dog」の略なんですが、うちの看板犬をイメージしています。
岐阜の山奥から引き取った犬で、琉球犬の血が入っている雑種なんです。白い短毛でなかなか警戒心は強いものの、家族にはとことん甘えるかわいい子です(笑)。 このビールは、妻が好きだったオーストリアのハーブ入りビールをイメージして、爽やかでやさしい香りに仕上げています。まさに、うちの白い犬のような、愛すべきキャラクターのビールです。

地域のものを使うことにもこだわっています。
ビール醸造ではどうしてもモルト粕(麦芽の絞りカス)が出るんですが、処分するにはもったいないくらい栄養価はまだ残っていて、スーパーフードとしても注目されている残滓です。そこで、三浦半島にある果樹園や平飼い卵の養鶏場さんなどにモルト粕を引き取ってもらっているんですが、そのつながりからレモンや橙などの柑橘を購入したり、養蜂家を紹介してもらったりしました。こうしてつながった地元のレモンや三浦のミカン、蜂蜜なんかを副原料として使う。循環の中で生まれた素材だからこそ、この土地らしい味が乗るのではないかと思っています。
開国の街、浦賀の新しい「縁側」として
浦賀という街は、湾を挟んで東と西に分かれていて、昔からの住民はあまり東西の行き来はしないなんて話も聞いていました。良いお店があるのに、もったいないなと思って。行ったことがないお店ってちょっと入りづらいイメージがありますよね。でも、すごくおいしいから食べてみてほしい。近所にこんな素敵なお店があることを知ってほしい。
だったら、うちのお店を玄関口にして知ってもらおう!そうやってブルワリーが「中継地点(ハブ)」になって、地元の店や人を紹介し合えたら最高なんじゃないか。

そう考えて、お店の定休日を使って近所のパン屋さんのサンドイッチを販売してもらったり、地元の老舗の鰻屋さんに店頭で鰻を焼いてもらったりというイベントをやっています。まずは自分が縁を結ぶ側になり、そしてみんなが新しい縁を繋げていってもらえたらいい。そう願って楽しいことを企画しています。
ビールは人と人を繋ぐ潤滑油ですから。
そうそう。
「一番うれしかった言葉は?」と聞かれて、冒頭でお子さんの言葉をお伝えしましたが、もう一つ挙げさせてください。
「また来るね」。
もちろん「おいしかった」もうれしいですが、「また来るね」は未来の約束です。
この場所を気に入って、生活の一部としてまた戻ってきてくれる。

ビールを造り続ける原動力になる魔法の言葉です。
今後は、自分たちが造っていておもしろいこともやっていきたいと思っているので、長期熟成のビールにも挑戦したいと考えています。時間をかけてじっくりと味を育てる。できるだけその土地の原料を使って、より深く、ここに根ざした味を見つけたいんです。生地を作っていた頃と同じように素材から丁寧に設計して、皆さんの日常を少しだけあたたかくする一杯を編み上げていきたいと思います。
【Instagram】https://www.instagram.com/whitedogbrewing_uraga/
取材・文/山口紗佳
僕たちのビールは浦賀の海や風、そして生産者さんの思いを設計図に落とし込んで丁寧に醸しています。食事に合わせてもいいし、散歩の途中に一杯ひっかけるのもいい。ビールは自由な飲み物です。難しく考えず、日常の延長として気軽に楽しんでもらえたらうれしいです。
WHITE DOG BREWING
神奈川県横須賀市
三浦半島の東端、かつてペリー率いる黒船が来航し、開国の舞台となった神奈川県横須賀市浦賀。レンガ造りのドックや渡船が残り、歴史の薫りと潮風が交錯するこの港町に、2024年2月、新たな醸造所がオープンしました。元テキスタイルデザイナーの夫婦が営む「WHITE DOG BREWING」。地域に根ざして日常に寄り添うビールづくりについて、代表の小野﨑圭さんにお話を聞きました。
子どもの無邪気なひと言が、これまでの歩みを証明してくれた
ビール造りをはじめてから、心に残っている言葉があるんです。

あるとき、ご家族で来店されたお客様がいらっしゃいました。
お父さんとお母さんがビールを楽しみ、お子さんはジュースやお菓子を食べている。そんな何気ない休日の風景の中で、そのお子さんがふと、こう言ったんです。
「やっぱビール屋さんは最高だな!」って。
これには、驚かされました(笑)。
だって、その子はビールを飲んでいるわけじゃないんですよ?
でも、両親がリラックスして楽しそうに笑っている空気感や、お店の居心地の良さを、子供ながらに肌で感じ取ってくれたんだと思うんです。僕らが作りたかったのは、単にアルコールを売るお店ではなくて、家族みんなが「いい時間だったね」と思えるような場所。その思いがちゃんと伝わっているんだなと感じて、なんだかすごくやさしい気持ちになれた瞬間でした。
WHITE DOG BREWINGは、横須賀の浦賀というエリアにあります。
自宅で白い犬と一緒に暮らしていて、お店をやるならこの子をモチーフにしたいと考えていました。

僕らが移り住んできた浦賀は造船業で栄えた町。
現役ではありませんが、造船所の跡地は今でも静かに、でも壮大にその姿を残しています。この浦賀の象徴ともいえるドック(Dock)と愛犬のDogをかけてWHITE DOG BREWINGと名付けました。
今はこうしてビールを造っていますが、以前は僕も妻も、ずっと繊維業界で働いていたんです。
生地を編み上げるように、ビールを設計する

僕は生産チームの中で服地の設計、企画を担当していました。
簡単に言えばカットソー(丸編み)生地の設計とデザインです。「デザイン」というと、色や柄を決めたり、形を描いたりする表面的な作業をイメージされることが多いですが、僕がやっていたのはもっと土台の部分。まずは「糸」を決めるところからです。
番手と呼ばれる太さをどうするか?素材は何にするか?そして、それをどう編み上げていくか?最終的にどんな風合いの素材に仕上げたいかというゴールがあって、そこから逆算して組み立てていくんです。
これはビール造りと通づるものがあると感じます。
目指す味のイメージがあって、そのためにどの種類の麦芽やホップを選び、どんな配分にするのか。そして、どのタイミングでホップを投入して苦みや香りを立たせるか、発酵させる温度を何℃でコントロールするのか。タンクで熟成させる期間や方法は、生地に洗いをかけたり起毛させたりして風合いを調整する「最終仕上げ」のイメージでしょうか。
実際にやるべき作業は違っても、頭の中にある「設計図」の描き方は長年やってきた服作りそのもの。妻もブルワリーのオープンまで繊維関係の仕事をしていましたが、今では僕がビールの骨格となる中身=土台を作り、彼女がラベルや販促物のデザイン、お店の雰囲気作りといった「彩り」を加える。アパレル時代に培った考え方や経験がブルワリーでも活きています。

そもそも、なぜ線維業界からビールへ転身したのかというと、きっかけはコロナ禍でした。浦賀に来る前は世田谷区から渋谷まで通勤していたんですが、浦賀に移り住んでから通勤だけで往復4時間!わかっていたんですが、通勤はとても大変でした。でもコロナで在宅ワークが増えて、通勤時間が一気に削りとられたとき、ふと考える時間が生まれたんです。この時間が当時はとても苦痛だったんですが、今の状況を考えたら本当に転機になった瞬間だったと思います。
ファッション業界は目まぐるしいサイクルで動く世界。
シーズンごとに新しいものを作り、消費され、また次へ。そのスピード感の中で、「自分が携わったものは、ただただ消耗されていくだけなんじゃないか」という疑問が湧いてきて。
そんなとき、パン屋をしている友人が「自営業は楽しいよ、おすすめだよ」と言ってくれたんです。実は昔バーで働いていたことがあって、お酒を造りたいという憧れがあったのを思い出しました。お酒も飲めばなくなってしまいますが、それは単なる「消耗」ではないんですよね。「おいしかった」「楽しかった」という過ごした記憶や、会話の中で豊かな時間を生み出すことができる。
後から知ったことでしたが、ブルワリーの立ち上げは、ワイナリーや日本酒の酒蔵ほど新規参入が難しくないということもありました。僕らの生活を変えるための「ものづくり」として、ビールは最適だったんです。そこからはもう実行あるのみ。「やるかやらないか」なら「やる」しかない。そんなときにちょうど求人情報を目にした「横須賀ビール」に応募して修行させてもらい、2024年の2月に自分たちの店をオープンしました。
失われた味へのオマージュと、白い犬の物語
僕たちが目指すものは、「日常に寄り添うビール」です。
説明がなくても「あー、やっぱりおいしいね」と言ってもらえるような、生活に馴染む味。服で言えば、着心地の良い普段着みたいな存在でありたい。
定番のラインナップには、そんな僕らの「好き」と「ストーリー」を詰め込んでいます。 例えば、「Steam Dock」というビール。「カリフォルニアコモン」というスタイルなんですが、「アンカースチーム」というビールへのオマージュなんです。アンカー社の操業停止(※取材時)に伴い、飲む機会がなくなってしまった。「飲めないなら、自分たちで造ろう」と思ってレシピを設計しました。ラガー酵母をエールのような温度で発酵させることで生まれる独特の香ばしさとキレ。古き良きアメリカの味を、浦賀風に解釈して再現しています。
そして、「G.W.D」というホワイトビール。
これは「Good White Dog」の略なんですが、うちの看板犬をイメージしています。
岐阜の山奥から引き取った犬で、琉球犬の血が入っている雑種なんです。白い短毛でなかなか警戒心は強いものの、家族にはとことん甘えるかわいい子です(笑)。 このビールは、妻が好きだったオーストリアのハーブ入りビールをイメージして、爽やかでやさしい香りに仕上げています。まさに、うちの白い犬のような、愛すべきキャラクターのビールです。

地域のものを使うことにもこだわっています。
ビール醸造ではどうしてもモルト粕(麦芽の絞りカス)が出るんですが、処分するにはもったいないくらい栄養価はまだ残っていて、スーパーフードとしても注目されている残滓です。そこで、三浦半島にある果樹園や平飼い卵の養鶏場さんなどにモルト粕を引き取ってもらっているんですが、そのつながりからレモンや橙などの柑橘を購入したり、養蜂家を紹介してもらったりしました。こうしてつながった地元のレモンや三浦のミカン、蜂蜜なんかを副原料として使う。循環の中で生まれた素材だからこそ、この土地らしい味が乗るのではないかと思っています。
開国の街、浦賀の新しい「縁側」として
浦賀という街は、湾を挟んで東と西に分かれていて、昔からの住民はあまり東西の行き来はしないなんて話も聞いていました。良いお店があるのに、もったいないなと思って。行ったことがないお店ってちょっと入りづらいイメージがありますよね。でも、すごくおいしいから食べてみてほしい。近所にこんな素敵なお店があることを知ってほしい。
だったら、うちのお店を玄関口にして知ってもらおう!そうやってブルワリーが「中継地点(ハブ)」になって、地元の店や人を紹介し合えたら最高なんじゃないか。

そう考えて、お店の定休日を使って近所のパン屋さんのサンドイッチを販売してもらったり、地元の老舗の鰻屋さんに店頭で鰻を焼いてもらったりというイベントをやっています。まずは自分が縁を結ぶ側になり、そしてみんなが新しい縁を繋げていってもらえたらいい。そう願って楽しいことを企画しています。
ビールは人と人を繋ぐ潤滑油ですから。
そうそう。
「一番うれしかった言葉は?」と聞かれて、冒頭でお子さんの言葉をお伝えしましたが、もう一つ挙げさせてください。
「また来るね」。
もちろん「おいしかった」もうれしいですが、「また来るね」は未来の約束です。
この場所を気に入って、生活の一部としてまた戻ってきてくれる。

ビールを造り続ける原動力になる魔法の言葉です。
今後は、自分たちが造っていておもしろいこともやっていきたいと思っているので、長期熟成のビールにも挑戦したいと考えています。時間をかけてじっくりと味を育てる。できるだけその土地の原料を使って、より深く、ここに根ざした味を見つけたいんです。生地を作っていた頃と同じように素材から丁寧に設計して、皆さんの日常を少しだけあたたかくする一杯を編み上げていきたいと思います。
【Instagram】https://www.instagram.com/whitedogbrewing_uraga/
取材・文/山口紗佳
僕たちのビールは浦賀の海や風、そして生産者さんの思いを設計図に落とし込んで丁寧に醸しています。食事に合わせてもいいし、散歩の途中に一杯ひっかけるのもいい。ビールは自由な飲み物です。難しく考えず、日常の延長として気軽に楽しんでもらえたらうれしいです。
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