結城麦酒醸造(茨城県)のはなし
元中学校長として遂げたい「No play, No error」 桑の実やゆず、「結城紬」だけじゃない地元の良さを
結城麦酒醸造
茨城県結城市
茨城県西部の県境にある結城市は、鎌倉時代の名家・結城氏が築いた城下町の町並みが残る街です。ユネスコ無形文化遺産に登録された絹織物「結城紬」のふるさととしても知られ、市内には今でもその歴史を辿る寺社・名跡が多く残されています。昔ながらの建造物が立ち並ぶことから、結城紬を羽織って散策するのが似合う「着物の町」として、街ぐるみで着物文化を発信しています。その結城を名に冠して、結城市で長年過ごした元教員が2019年7月に立ち上げたのが「結城麦酒醸造」。代表でブルワーの塚越敏典さんにお話を聞きました。
教え子に説いた「No play, No error」 先生がやらないなんてカッコ悪いでしょ(笑)
ようやく「先生」を卒業しました(笑)。
60過ぎた今からようやく自分の時間。次は先生って呼ばれたくなかったんです。だってなんだか偉そうに聞こえるでしょ?(笑)。大人になるまで親元で過ごした20年数年、就職して会社のため、家族のため、社会のために過ごした40年弱、そして定年退職後にスタートした第3ステージ。これからの時間は自分のやりたいことをやり遂げる。私にとって、それは結城市でビールを造ることだったんです。
私が37年間、教員として児童や生徒、保護者や地域の人たちに伝えてきたのが「No play, No error」、失敗を恐れずにチャレンジすること、やらない後悔だけはするな、という信条です。でも言うは易く行うは難し。教師だからといって実際にできているかと問われたら、できない人の方が多いのが現実でしょう。2018年3月に教員として最後の勤め先だった結城中学校長を定年退職しましたが、まだまだ地元のためになる仕事を続けたいと思った私は、茨城県近代美術館に勤務しながら、次のテーマを探していました。
結城市には世界遺産にも登録された「結城紬」や、奈良時代にも遡る歴史的な建造物、市内の至るところに情緒ある街並みがありながらも、外から訪れる人はそう多くありません。駅前にかつてのにぎわいはなく、いわゆるシャッター商店街と言われてしまうような状態です。結城市で生まれ育ち、社会科の教員として地元の歴史文化を教える機会も多かった私は、アピールしきれていない結城市の資源がもったいないと思っていたんです。
そこで、結城市にまだないもので、地域をPRできる新しいものを模索する中で、後輩に誘われて参加したのが常陸野ネストビールの「ビール造り体験」でした。そこで造ったピルスナーとスタウトが予想以上にうまかった! それまでの私は“とりあえずビール”派。大手メーカーのビールしか飲んでいませんでしたが、初めてのオリジナルビールは長男が経営する飲食店にたまたま居合わせたお客さんにも好評。自分でビールを造って、完成したボトルにオリジナルのラベルを貼って飲んでもらったことで、ふと、自分でブルワリーを立ち上げる光景がイメージできたんですよね。結城の素材を使ったビールなら町おこしにもなるんじゃないかって。
No play, No error、教え子に言ってきたからには自分がやらないわけにはいきません(笑)
こうして美術館に勤めながら3か月間、月10日間ほど宇都宮市の栃木マイクロブルワリーに通い、醸造から起業、運営のことまで学びました。醸造設備は長男の飲食店の一角を間借りすることにして、2019年5月に資金調達とPRも兼ねたクラウドファンディングに挑戦。それほど期待していませんでしたが、蓋を開けたら目標100万円に対して176万円集まる176%達成したんです。還暦を過ぎてからのチャレンジですが、元教え子やその保護者、地域の方々が思いに共感して応援してくれたんですよね。不慣れな醸造免許の申請では、何度も事業計画書の差し戻しをくらってくじけそうになりましたが、ここまできたらやるしかないと、自分を奮い立たせて取り組みました。
各分野で活躍する元教え子も立ち上げに協力してくれて、醸造所の工事では「工場を建てるぐらいのお金があるなら、普通ベンツ買ってゴルフしてるよ」「でも先生なら本当にやると思った」って言われましたね(笑)。いつだって、一番若いのは今この瞬間です。
人生100年時代、何を始めるにしても遅すぎることなんてないんです。
醸造所起業の準備が整った塚越さんは、1年勤めた美術館を退職。
2019年7月に発泡酒製造免許を取得して、8月にビールをリリースしました。
結城といえば紬。令和の新名物に結城のビールも!
初めの頃は狙った通りの味わいを表現できていましたが、その後しばらく思う通りの味が出せない時期があったんです。ホップを投入するタイミングや温度、設備を何度も見直して苦心していましたが、牛久ブルワリー(※1)で醸造を担当していた人に手伝っていただいて品質向上につなげることができました。ボランティアで手伝ってくれる元教え子や先輩の元校長など、支えてくれる人がいるのは本当にありがたいですね。
当初はボトル販売よりも樽生ビールの扱いが多いと思っていましたが、実際はまるで逆。今年は新型コロナ感染症拡大でイベントが中止になったこともあって、ボトル販売がほとんどです。Instagramを使った地道な営業活動のせいか、ありがたいことにコロナ禍でも少しずつ需要が増えて、結城市から遠く離れた熊本や福岡、関西でのお取り扱いも増えました。
一番うれしかったのは、ミステリー作家の冲方丁さんに「こんなにおいしいビールは初めて!」とほめていただいたことですね。東京都内のバーで樽生ビールをたくさん飲んでくださったとか。結城市に縁もゆかりもない場所でリップサービス抜きの評価をいただいたことは、ブルワーとして自信になります。
結城をPRするからには、結城市の名産をビールに取り入れたいと思っています。
まずは「桑の実」。マルベリーともいいますが、養蚕業がさかんだった結城市には蚕のエサになる桑を育てる桑園も多く、桑の実はジャムなどの加工品によく使われます。桑は葉っぱだけではなく、枝や根っこ、実も漢方薬になるほど栄養価が高いんですよ。最近ではスーパーフードとしても注目される桑の実をビールに使わない手はありません。甘さはなく適度な酸味があるので定番の「プレミアム つむぎエール」の醸造で麦汁の煮沸時に入れています。「ゆうきみらいエール」には副原料として、生で食べられるほど糖度の高い地元ブランドのとうもろこし「味来(みらい)」を炭火焼きにして使っています。
ほかにも結城市産のゆずや筑西市の桃やイチゴ、大子町のりんごなど、結城市を中心にさまざまな茨城の果物を使ってきました。茨城は農業がさかんなので、ビールに使える素材も豊富。まだまだ発展途上のレシピもありますが、試行錯誤を重ねてブラッシュアップしています。ゆくゆくは伝統工芸の結城紬と並ぶ名産、「結城のビール」として地元の人が自慢できるブランドに成長していけたらと思っています。
令和時代の幕開け、結城の新名物はビールですよ!
(※1) 2018年12月まで茨城県牛久市で製造していたワイナリー「シャトーカミヤ」内のブルワリー。国内外のビール品評会で数々の受賞歴を誇った実力派。
取材・文/山口 紗佳
「とりあえずビール」だった自分も今では「やっぱりビール」です。ビールは楽しいときはもちろん、ちょっとつらいとき、苦しいときにもそっと寄り添える飲みもの。最初から最後まで、じっくり飲んでもらえるものを丁寧に造っています。
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