盛田金しゃちビール(愛知県)のはなし
100年を超えて「ミツボシ」を甦らせたように、「名古屋赤味噌ラガー」を超える新天地を目指す
盛田金しゃちビール
愛知県犬山市
木曽川が濃尾平野へ流れ出る愛知県の最北端に位置する犬山市は、古くから交通や物流、政治の要所として栄え、江戸時代には犬山城の城下町として発展しました。その清らかな木曽川水系の地下水を仕込みに使うのが「盛田金しゃちビール」です。会社の設立は1996年ですが、そのルーツは盛田家の11代当主・久左衛門が「三ツ星麦酒」として中部圏初の試験醸造に成功した明治時代まで遡ります。一度は途絶えてしまった「三ツ星麦酒」ですが、100年あまりを経て受け継いだのが金しゃちビールブランド。工場長の山口司さんと製造主任の杉山元志さんにお話を聞きました。
社内の前評判では完全にキワモノ扱い(笑) でも、味には絶対の自信がありました。
山口:金しゃちビールの親会社にあたる盛田家(※1)は、江戸時代に創業した日本酒の蔵元で、代表ブランド「ねのひ」の他に、味噌や醤油などの調味料を造っています。私たちがビール造りをはじめたのは1996年ですが、そのルーツは100年以上前にあるんです。文明開化で日本にビールが広がりはじめた明治時代、盛田家の11代当主が中部圏で初めてビールの試験醸造に成功した記録が残っています。残念ながら当時立ち上げた「三ツ星麦酒」は途絶えてしまいましたが、祖先の想いを受け継いで、地域に根差したビールを造るために立ち上げたのが、新ブランドの金しゃちビール(当時の名称は「ランドビール株式会社」)です。1995年に入社した私は、当時の上司からビール部門への異動を持ち掛けられました。清酒部門に配属されて間もない頃でしたが、当時は日本で地ビール製造が解禁になった直後。こんなチャンスはめったにないとすんなり引き受けましたね。日本酒造りを学びはじめたばかりで、何事も受け入れやすいまっさらな状態だったのが良かったのかもしれません。半年間ほど大手ビールメーカーの研究所などで醸造研修を受けて、金しゃちビールのブルワーとして歩み出しました。
それから20年以上、製造現場に携わっていましたが、一番深く印象に残っているのは「名古屋赤味噌ラガー」でしょうね。金しゃちビールの歴史の中でも大きな転機になった看板商品です。赤味噌ラガーは、2005年に愛知県で開催された「愛・地球博」に合わせて開発した新商品でした。地元の密着した地ビールメーカーとして、地域に貢献できる商品を造ろうと模索していたんです。そこで、愛知の特産品を使おうということで素材をリストアップ。愛知や名古屋の食文化を代表するものとして、ういろう、えびせん、手羽先など、ありとあらゆる「名古屋めし」が並ぶ中で、一番ビールに使えそうな素材が豆味噌、つまり「赤味噌」でした。名古屋めしの味を支える赤味噌であれば、醸造メーカーとしての自社商品の強みも出せます。エッジがきいた味噌とビールのマッチング、これしかないと決め打ち一発で仕込んだら、赤味噌のうま味と麦芽の味わいがうまくバランスしておいしいビールに化けてくれたんです。「これはいける!」と、味には絶対の自信をもっていました。
ところが社内の反応といったら、それはそれはひどいもので……(笑)。
賛否両論どころか完全にキワモノ扱い。発売を反対する声も挙がったほどでした。
社内で問題商品の赤味噌ラガーでしたが、いざ万博が開幕するとその流れは一気に変わったんです。商品のインパクトと話題性も手伝って、新聞やラジオ、テレビなどでビールが紹介されると一気に問い合わせが押し寄せました。その結果、またたく間に売り切れて、初回仕込みは数日で完売。当初は1回だけの数量限定発売の予定でしたが、工場にも在庫の問い合わせが殺到する状態で、すぐに追加生産に取り掛かることに。
その頃には発売を反対する声はなくなりましたが、その代わり今度は「すぐに造れ」という声に変わりました(笑)。急ぐといっても熟成に時間のかかるラガー商品ですから、なんとかフル稼働で再販にこぎつけたのを覚えています。ありがたい悲鳴でしたね。
その後も「世界の山ちゃん」など名古屋の有名居酒屋チェーン店に置いていただけたり、名古屋めしを扱う飲食店で採用されたりして、「名古屋赤味噌ラガー」の名前は一気に広がって看板商品になりました。おかげさまでビール品評会でも数々の賞をいただいています。
(※1)盛田株式会社。1665年に創業、愛知県名古屋市に本社を置き、酒類、醤油、味噌、調味料、漬物、清涼飲料水の製造販売を行う醸造会社。
愛知に根差した食品メーカーとして 伝統を守りつつ、新境地に挑むこと
杉山:入社後に名古屋赤味噌ラガーの苦労話を聞いて感動しましたね。
僕が入社したのは2006年、大学で求人募集を見かけたのがきっかけでした。応用生物学科でバイオテクノロジーを専攻していたので、ビールという微生物によるものづくりに興味をひかれたんです。ただ、恥ずかしながら僕は金しゃちビールの存在を知らなくて(笑)。面接を受けることになって初めてスーパーで金しゃちビールの青ラベル、ピルスナーを買って飲んだんです。あのときのおいしさは今でもしっかり覚えています。
入社後は、授業として習う醸造と実際の製造現場の違いに戸惑うこともありましたが、ベテランの山口がいたので、安心してノウハウを学べましたね。
山口:杉山は新入社員だけど、30を過ぎていたので妙な落ち着きがあって(笑)。
信頼して任せられる安心感がありました。今は限定商品のレシピ開発から杉山に任せています。
金しゃちビールの強みは飽きずに飲める飲みやすさと、食事の邪魔をしないバランス、そして、常に高品質を維持する安定性です。品質維持のために衛生管理をはじめとした全工程でチェック体制を網羅して、安心して飲んでいただける生産体制を整えています。
杉山:ビール造りのおもしさは、一からすべての工程に携われるところです。
他の製造業と違ってパーツや手順ごとの分業ではないので、商品の完成まで面倒を見なければいけません。レシピは決まっていても、原材料の麦芽やホップの状態、酵母のコンディション、仕込む環境によってビールの味は左右されます。温度や湿度、糖度、発酵の進行具合を計器だけではなく自分の目や舌の感覚で確かめないと、味にブレがあっても拾えません。だから、最後まで細かく気を配ってやるんです。それがやりがいでもあります。
山口:今後は長く愛される定番商品と同時に新しいことにもトライしたい。最近では若手が中心となって柑橘類を使った季節限定のビールにも力を入れています。2021年3月からビール充填設備を生かした発泡性リキュールも販売する予定です。ビールという枠に限らず、地元愛知ならではのさまざまなドリンクでお客様との接点を増やしたいと思っています。
杉山:僕は得意なラガースタイルをもっと突き詰めたいですね。意外性がありながらも食事と合わせて楽しめるような完成度の高いビールを造りたい。目標はやっぱり名古屋赤味噌ラガーです(笑)。いつかあれに負けない自信作を手掛けたいと思っています。
取材・文/山口 紗佳
食事の邪魔をせず、料理に寄り添えるビールが私たちの目指すところ。ずっと飽きずに飲んでもらえるビールだと思います。最近ではスパイシーな麻婆豆腐や塩気のあるチーズ料理との相性が抜群だと聞きました。この機会にぜひ飲んでみてください。
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