いわて蔵ビール(岩手県)のはなし
「私たちにできることはなんでも」
コロナ禍で売上は減ったけど、元気だけはあるんです(笑)
いわて蔵ビール
岩手県一関市
東北地方のほぼ中央、岩手県の最南端に位置する一関市は、「厳美渓」や「猊鼻渓」に代表される景勝地を数多く有し、豊かな自然と首都圏からのアクセスの良さから岩手県南、宮城県北エリアの中核都市として発展してきました。一関市内を流れる磐井川沿いに工場を構えるのが、1918年(大正7年)創業の「世嬉の一酒造」。江戸時代から受け継がれた蔵を有する広大な敷地内には、醸造所の他に餅料理など一関の郷土食を味わえるレストランや民族文化博物館、ゆかりのある文学者を紹介した文学館も並び、一関の観光名所としても知られています。4代目当主で代表取締役社長の佐藤航さんにお話を聞きました。
あまりに多くの人に支えられてきたから、感謝の気持ちは「恩送り」で次の人へ。
2019年末の「Tap Marché(タップマルシェ)※1」参入から、ビールを蒸溜した消毒液「アマビエ64」の製造、クラフトジンブランド「清庵 -SEIAN-」の立ち上げに、一関産の大麦「小春二条」を使ったクラフトコーラ「こはるコーラ」、グラウラーならぬ「蔵ウラー」の開発、最近ではノンアルコールクラフトビール「禁酒時代のヒール」開発まで。
コロナ禍で身動きがとりづらい酒造業ですが、その間にも次々と商品を世に送り出すことができました。新型コロナウイルス感染症拡大のおかけで敷地内の蔵元レストランや平泉にあるカフェ「The BREWERS」もぱったりと客足が途絶え、経営的には苦しい状態が続いています。その状況をただ黙って見ていても、文句ばかり言っていても仕方がないですよね。当社の売上げも激減しました、でも元気だけはあるんです(笑)。
「与えられた中で何ができるのか?」
限られた条件下で動けることを考えて、各部門のスタッフが工夫や改善をこらして新商品を生み出してきました。スタッフが知恵を絞って自発的に動いてくれたおかげで、歩みを止めることなく過ごせた1年だったと思います。10年前の東日本大震災も経験したせいか、ピンチが続いても前向きに頑張れるタフさがあるのかもしれません。そのおかげで、気持ちは折れずに前を向くことができています。
一方で私は、不透明な情勢が続いて経営者として会社の維持やスタッフの雇用、生活を守ることの難しさも痛感したんです。会社の存続に危機感を抱いたのは震災以来のことでしょうか。コロナに振り回されるこの1年もそうですが、震災の翌年、2012年4月に4代目として父母から引き継いでから、苦しかったときも常にお客様に支えられてきました。
この10年、震災をきっかけにいただいた大切なご縁や出会いが山ほどあります。
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、国の登録有形文化財である酒蔵群の壁が崩壊し、工場のタンクや配管設備が損傷。幸い人的被害はありませんでしたが、とても醸造どころではない状態でした。なんとか修繕して5月に醸造を再開しましたが、それまでもそれからも、数えきれないほど多くお客様やファンの方々に応援していただきました。義援金や励ましのメッセージも通して、それはもう把握しきれないほどにたくさんの。これまで全く知らなかった方々にまで支えられていることを知って、そのことに私やスタッフは励まされて震災後も生き抜くことができたんです。
「恩送り」という言葉をご存知でしょうか?
当社に縁のある作家、井上ひさしさんが唱えた言葉です。
恩は受けた人に返すのではなく、未来の人に送ること。この“恩送りの循環”が多くの人に幸せをもたらすという考えで私たちも動いてきました。
お客様からいただいた、たくさんのご恩に対して酒造りを生業とする私たちがお返しできることといえば、おいしいビールを造ること以外にありません。そこで2012年11月に立ち上げたのが、同じように震災被害を被った東北地方のブルワリー有志で発足した「東北魂ビールプロジェクト」です。ブルワリーがお互いのノウハウを持ち寄り、勉強会を重ねてビールの品質を底上げすることで、少しでもおいしいものをお客様に飲んでいただきたい。震災復興への感謝の気持ちをビールに込めて、このプロジェクトでは各社が同じレシピでビールを醸造し、飲み比べや交流イベントでビールを楽しんでいただいています。
※1 キリンビールが開発したビール用の小型ディスペンサー。2018年3月より全国の料飲店で展開
東北らしさ、日本らしさを見い出して看板商品に成長した 「ジャパニーズハーブエール 山椒」「オイスタースタウト」
支えられるといえば、私が6年間勤めた経営コンサルタント会社を辞めて、2001年にブルワーとして戻ってきたときもそうでした。地ビールブームが下火になり、1996年に始めたビール事業経営は傾きかけた状態。新たな人材を雇うことは難しいので私がブルワーを引き受けました。経営コンサルタント会社で畑違いだった経済や経営の勉強も必死で取り組んで、アパレルメーカーや幼稚園など、あらゆる中小企業の経営者と接してきた経験が事業の立て直しに活かせるんじゃないかと思ったんです。
日本大学の農獣医学部で環境微生物の研究をしていたことも後押しになりました。
最初は機械工学を志望したんですけどね、男だらけで憧れのキャンパスライフとは程遠い現実を知ってバイオ系に変えたんです(笑)。家業を継ぐことはあまり考えていなくて、大学4年で休学してオーストラリアに留学。ヒッチハイクなどやりたいことを満喫していましたね。あれは留学というより遊学かなぁ(笑)。就職する頃にはバブルが崩壊して就職先が見つからず、経営コンサルタント会社、という流れに(笑)。
こうして醸造を引き継いだものの知識も経験も未熟。そこで成功事例を見るために訪れた木内酒造(茨城)さんの「常陸野ネストビール」のホワイトエールを飲んで言葉が出ないほど感動したんです。早速、直談判で修行を申し入れて1カ月間ゼロから徹底的に教えてもらうことに。そこからスワンレイクビール(新潟)や箕面ビール(大阪)、大山Gビール(鳥取)、那須高原ビール(栃木)、富士桜高原麦酒(山梨)など数々のブルワリーで先輩ブルワーにアドバイスをもらい、少しずつ品質を上げていきました。
今は醸造長の後藤孝則さんと二人三脚でやっていますが、勘のいい彼はベースのレシピをどんどんブラッシュアップしてくれるんです。私とは異なるタイプで、あれこれ自分で工夫しながら進化させるのが得意なんですね。ビールがコンテストで賞をとるようになったのも彼と組むようになってから。
そして品質向上とともに力を入れてきたのが、「東北らしさ」「日本らしさ」の追求。
それを表すのが、和のハーブである山椒の実を漬け込んだ「ジャパニーズハーブエール 山椒」と、陸前高田の広田湾で養殖された牡蠣を使った「オイスタースタウト」です。牡蠣に含まれるうま味成分とミネラルが発酵を促して、さっぱりしながらも味に深みを与えてくれます。開発当初は醸造室に充満する強烈な磯臭さに不安を覚えたものですが、今ではどちらもいわて蔵ビールを代表する商品に成長してくれました。
日本のクラフトビールは海外の影響を受けながらも、流行を追うばかりではいつまでもそれを超えられないと思っています。私たちは私たちにしかできない創造的なものを造りたい。目指すのは地のものを使って、地元の人が誇れるような日本独自ものを生み出すこと。それがブルワーやブルワリーの未来にもつながると信じて。
取材・文/山口 紗佳
今は外出自粛要請や飲食店の時短営業で外で飲むことが難しい状況ですが、家庭内や屋外のキャンプなど、感染リスクの少ない環境で日々のストレスから少しでも心が解放されたらうれしいですね。お酒は人生を豊かにするものだと思いますから。
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