FUJIYAMA HUNTER’S BEER(静岡県)のはなし
「未来に何を残すか?」百姓の僕はそんなスタンスで、
今日も明日も田畑とビールの世話に励んでいます。
FUJIYAMA HUNTER'S BEER
静岡県富士宮市
富士宮市の中心市街地より北西、雄大な富士山の裾野に美しい棚田が広がる柚野(ゆの)地区を見渡す丘にあるのが、2018年に設立した「FUJIYAMA HUNTER'S BEER(フジヤマハンターズビール)」です。代表の深澤道男さんは、米や大豆、小麦などの農作物を栽培する傍ら、猟期には山に入り狩猟も行う百姓猟師です。2010年からはビールに使う大麦とホップの栽培も始め、希少な在来種である日本ミツバチの養蜂も行っています。里山の恵みを使ったビールで地産地活にこだわる深澤さんにお話を聞きました。
生活に必要なことはなんでも自分でやる。それが百姓の性分(笑)
2020年は自然と向き合う時間が多かったですね。
シカとイノシシもずいぶん獲ったんじゃないかな。「(獣が)出た」って電話があればすぐ山に向かうから、農家から「助かる」と頼りにされています(笑)。仕留めた獲物は提携施設でベーコンやジャーキーに加工して販売。季節と捕獲状況によって、浅間大社タップルームでジビエ料理も出してるんですよ。ところがコロナ禍で客足が途絶えて、卸先だった飲食店も時短営業や休業になって。その代わりに田畑で過ごす時間が増えました。
コロナだろうが農作業はお構いなし。
麦の刈り入れが終わればすぐに米作りが始まるので、田んぼを耕して籾まきの準備、ホップの手入れも忙しくなります。日本ミツバチの養蜂もあるので、醸造所と山に置いた巣箱の様子もみなきゃいけない。日本ミツバチは日本に昔から生息している在来種で、単一の花粉を好む西洋ミツバチと違って、巣の周りにあるいろんな花の蜜がブレンドされた「百花蜜」が採れるんです。うちではその蜂蜜をビールに使っています。その風味は季節や環境でガラッと味が変わる。ミツバチ次第だからビールの味も仕込みごとに変わる。
一期一会の大地の恵みです。
農作物にしても同じです。
ビールに使う柚子や桃などの果物や、山椒やクロモジといった山の素材。自然由来のものをそのまま使うから、同じレシピでも毎回同じ味とはいきません。香料や添加物、水質調整で品質を安定させるブルワリーもありますが、僕が造りたいのは「柚野の今」を表したビール。大地の力を借りて、地元の季節や風土を感じられるものを造りたい。どこでどうやって作られたのかわからない外国産に頼らず、自分や子供たちの口に入るものは自分たちの手で作りたい。ここには穀物や野菜、果物、清流で育つニジマスや、栄養満点の木の実をたらふく食べて肥えたシカやイノシシなど、自然の恵みがたっぷりありますから。
そんな思いで始めたのが、農業と作物を食害から守るために免許を取った狩猟で、その延長上にあったのがビールでした。ビールって素材を自由に組み合わせることができるから、柚野の豊かな自然が表現できる。つけ加えるとすれば、仲間内の宴会では米や野菜、肉を持ち寄るんですが、足りないものがお酒だったってことも(笑)。
そこでサーフィン仲間を介して醸造セミナーに通い、2015年から静岡県内のブルワリーに自前の麦芽や柚子を持ち込んでビールを造ったんです。それが予想以上にうまくできて、反響も大きかったこともあって、自分でやってみたいと思うようになりました。興味をもったことは自分でやってみたいんです。生活に必要なことはなんでもやっちゃうオールラウンダーが百の姓=仕事をもつ “百姓”ですから(笑)。
といってもビールは設備投資も多額になるし、さすがにノリや独断ではできません。
そこで人生で初めて妻に手紙を書きました。「信頼して任せてほしい」って(笑)。2018年4月の酒税法改正(※1)と、迷っていた僕に「このビッグセット(まとまった波)に乗らないの?」ってサーフィン仲間にかけられた言葉も後押しになって、2017年に農業生産法人「FARMENT」を立ち上げ、翌年の春にブルワリーの蔵開きができました。
※1 麦芽使用量が緩和され、副原料として使用できるものに果実や野菜、香辛料などが加わったことで、それまで税法上の区分が「発泡酒」だったものもビールとして表記できるようになった。
富士のヒノキを使った「YOKI(ヨキ)」は、社会に一刀を投じる小さな斧
畑仕事も猟もビール造りも、やり始めると課題が見えてきます。
継ぐ人がいなくて増える耕作放棄地や、林業の衰退で放置された森林、荒れた森林のせいで住まいを奪われた動物との軋轢、人間の営みが自然環境に与える負荷など。普段の生活やビールの醸造を通して、地域が抱える課題や環境問題が浮き彫りになっていくんです。
例えば、飼育が難しい日本ミツバチは採蜜量もごくわずかです。
それが温暖化や外来種である寄生ダニの蔓延で、ここ3年で蜂数が減少して、蜜の量もぐんと減っています。畑をやっていると、ささいな変化にもすぐに気がつくんですよ。
自然はつながっているから、ひとつ問題が起きれば他の部分にも影響します。
よくない循環が起きているのを感じていました。その影響はいずれ子どもたちが直面することになります。他人事ではないんです。そこで、まずは自分でできることをやっていこうと思って2019年に仲間のブルワリーと立ち上げたのが、「Brewing for Nature」です。
「Brewing for Nature」は、ざっくりと言えばビール造りを通して自然環境を守る取り組みです。ビールは自然の恵みから生まれるもの。僕たちは醸造を通じて、消費活動や自然環境について考え、できることから一歩ずつ行動することにしました。その第一歩として、まずは現状を知るために20~30人が富士宮に集まり、ヒノキの伐採や製材など間伐作業を体験。ヒノキの木材を持ち帰って、各自でビールを仕込みました。
人が造った人工林は、木を間引く伐採作業が必要です。
間伐されずに過密になった森は日光が地面まで届かず、植物が十分に育ちません。そうなると、草木を糧にしていた生物も育たず、他の生態系も影響を受けます。スギやヒノキが深く根を張れないと、倒木や土砂崩れなどの災害を引き起こすことも。つながった生態系すべてが連鎖的に影響を受けてしまうんです。
うちの定番ビール「YOKI(ヨキ)」も富士山麓で間伐したヒノキのチップで香りづけしたラガービールです。同じヒノキでも使う量や使い方、ビールのスタイルによってブルワリーごとに違った味わいが楽しめます。それもビールのおもしろさ。一人でも多くの人にヒノキのビールを飲んでもらうことで、背景にある森林課題を知ってもらえたらと思っています。「ヨキ」は小型の斧のこと。ビールを介して社会に切り込む小さな斧です。
次回の「Brewing for Nature」は、群馬県みなかみ町での開催を予定しています。みなかみ町には間伐放置によって木が密生した暗い森で狩りができず、絶滅の危機にあるイヌワシを守る活動があるんです。
ブルワリーとしても地元の自然酵母を使ったサワービールや、ワイン樽で熟成させたビールなど、やってみたいことはたくさんありますが、できれば共感してくれる仲間と一緒に形にしていきたいですね。これまでの地道な活動の積み重ねで、最近では価値観を共有して一緒に行動してくれる仲間が増えました。
「自然と共生しながら、未来に何を残すか?」
自由な発想から生まれるビールを介して、地域の資源を守りながら、そこで営む人たちの生活や経済が循環する流れを作って、未来につなげていきたい。
百姓の僕はそんなスタンスで、今日も明日も田畑やビールの世話に励んでいます。
取材・文/山口 紗佳
主原料の大麦やホップは可能な限り、季節の果物やハチミツ、スギ、ヒノキなど副原料はほぼ地元富士宮産です。柚野の自然とともにあるビールを通じて、背景にあるストーリーや僕たちの価値観を感じてもらえるとうれしいですね。アウトドアには最高のビールですよ!
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