八ヶ岳ビール タッチダウン(山梨県)のはなし
息を吹き返したタッチダウンビールは、目まぐるしく変わる世界で冒険を続けているところです。
八ヶ岳ビール タッチダウン
山梨県北杜市
1971年、八ヶ岳南麓に広がる清里高原でオープンし、名物のビーフカレーが人気を集めた「ROCK」は、観光施設「萌木の村」の原点となるカフェレストランです。地ビール解禁の流れを受けた1997年、ROCK店内に「八ヶ岳ブルワリー」を設立し、地ビールレストランとしてリニューアルしました。初代の醸造責任者はキリンビールで40年以上勤め上げ、「キリン一番搾り」や「ハートランドビール」「キリン秋味」の商品開発を手掛けてきた日本屈指のビール職人である山田一巳さん。山田さんの魂を受け継ぎ、2016年からヘッドブルワーを務める松岡風人さんとブルワーの名取良輔さんにお話を聞きました。
新しいことに挑まないと成長しない。「冒険してみな」って言われて
松岡:もともと動物が好きで、獣医になりたかったんですよ。
ところが獣医学部って枠がすごく少なくて難易度も高い。結局、すべり止めで受けた東京農業大学で微生物や発酵を扱ううちに、ビールに興味を持つようになりました。醸造科学科では実際に清酒や焼酎、ワイン、ビールといった酒類を一通り造る生産実験があるんですが、中でも僕はビール造りが一番おもしろいと思ったんです。
就職も酒造業界を考えましたが、名の知れた会社じゃなくて小さなブルワリー希望でした。大企業は分業制なので工程の一部しか関わることができませんが、小規模なところは工程全体を見ることができると思ったから。そこで1冊の本をきっかけに八ヶ岳ブルワリーの存在を知ることになったんです。
『ビール職人、美味いビールを語る』
八ヶ岳ブルワリーの初代醸造長、山田一巳さんの著書です。
山田さんは、かつてキリンビールで「一番搾り」や「ハートランド」の開発責任者を歴任してきた醸造家。大手のビール製造が機械化する前、アナログの時代から半世紀近くもビールと向き合ってきた大ベテランです。本の中で、「10人が飲んで全員がそこそこおいしいと思うものより、10人中3人でいいから心から感動してもらえるビールをつくりたい」とあって、僕は一気に惹きつけられました。
知識も経験も技術も十分にあるプロが、退職してもなお自分の造りたいビールを追求する姿勢。すごい探求心ですよね。その山田さんが、自分の夢を叶える舞台として選んだのが清里にある八ヶ岳ブルワリー。広島出身で縁もゆかりもない場所でしたが、僕は「この人のもとでビール造りを学びたい!」と志を決めて、連絡をとりました。
山田さんは自分から積極的に指導するタイプではなくて、昔ながらの職人気質というか、しっかり見て覚えろというスタイル。でも、「失敗してもいいからどんどん新しいことにチャレンジしなさい。冒険しないと醸造家は成長しない」と言っていて、僕が質問すればなんでも答えてくれましたね。
まずは基本に忠実に、そしてトライ&エラーを繰り返してステップアップできるという山田さんの教えを受けて、2016年1月にヘッドブルワーを任されてからは新しい取り組みをはじめました。ドイツ研修で飲んだ本場のヴァイツェンに感動して、かつて一時期だけ造っていたヴァイスを定番商品に復活したり、水質や麦芽に合わせてレシピを調整したり、技量を量るためにコンクールにエントリーしたり、イベントにも積極的に出店しました。
それまではほとんど県外に出してなかったんですよ。
直営レストランや地元消費で満足していたんです。他のブルワリーとのネットワークもほぼない状態。清里周辺では有名かもしれませんが、このままでは井の中の蛙。狭い世界に閉じこもるのはもったいないと思ったんです。もっと広く、県外やクラフトビールがさかんな都市部の人にも飲んでもらいたいと思って、積極的に売り込んでいきました。
全焼からスピード再建。受けた恩は地産地消や地元コラボで返していきたい。
名取:松岡さんが背負ってきたプレッシャーは相当なものだと思います。
僕から見たら松岡さんも勘の鋭い職人気質なんですけど、一方ですごく柔軟性もあって、品質のために変えるところは変えて、外からの刺激もどんどん吸収していく。若くして醸造部門を一手に任せられていたのも、松岡さんへの期待と信頼があってこそです。
松岡:彼はフットワークも軽いし営業トークもうまいので、イベントやPR関係の業務は特に心強いです(笑)。
名取:人と接するのが好きなので、イベントではお客様の反応をよく見ています。
「おいしい」と言われるともちろんうれしいし、逆に何も言われないと悔しくて。僕は地元が北杜市なので、タッチダウンビールが山梨の名産品として認められるようになったのがうれしいんですよね。
大学で山梨県の観光産業施設として「萌木の村」を紹介してもらい、2016年から醸造部門で働いていますが、初めて飲んだクラフトビールはヤッホーブルーイング(※1)の「よなよなエール」。その華やかな柑橘香に驚きましたが、初めてタッチダウンの「プレミアム ロック・ボック」を飲んだときはそれを超える衝撃でした。ウイスキーやブランデーみたいに濃厚で力強い長期熟成ビールの味わいにびっくり。バラエティ豊かなタッチダウンビールを、自分のふるさと育まれたカルチャーとして世界に発信できるって誇らしいですよね。
松岡:それぞれが情熱をもってビール造りに取り組んでいたので、2016年8月にROCKが全焼したときは現場で呆然としました。夜中の3時頃に社長から電話があって「ROCKが燃えてるぞ!」って。タンクの延焼は免れたものの放水の影響で地下の醸造設備は膝の高さまで水びたしに……。冷却ユニットが破損して保冷できなくなったタンクには大量のビールが眠っていました。仕込んだビールは県内の他のブルワリーや飲食店が積極的に売ってくれたおかげでなんとか捨てずに済みましたが、半年ぐらい建物に入れず設備に手がつけられない状態。再開の見通しも立たず、会社も潰れちゃうんじゃないかって不安でしたね。
でもこの火災で、大勢の人にとってROCKがどれだけ大切な場所だったかを実感したんです。醸造できない間は次のROCKをどうするか、再生後のタッチダウンビールについて考える大事な時間になりました。もっと知識を身につけるために勉強もしました。
そして2017年の4月7日に仕込み再開。
レストランも6月9日の「ロックの日」に火災からわずか9カ月でグランドオープンを迎えることに。店内は大幅にリニューアルして、入口の真正面にビールが見える透明なタンクを置き、ビール造りにおいてもこれまで以上に気合を入れて向き合いました。
まずは、復興を支援してくださった地元に恩返しする意味でも「地産地消」をすすめること。桃やリンゴなど山梨を代表する果物や八ヶ岳南麓のブランド米「梨北米」、北杜市のホップ農家が育てる国産ホップを使ったビールなど、数々の限定商品をリリース。そして同じ北杜市の「うちゅうブルーイング」や小菅村の「FAR YEAST BREWING」など、山梨県内の醸造所や企業とのコラボ醸造にもチャレンジ。これはもっとやっていきたいですね。お互いのノウハウを共有して、得意分野を掛け合わせたビール造りは得るものが多くて、すごく勉強になるんです。お互いにやったことのない挑戦が多くて良い刺激になります。
ビールって時代に合わせて技術やスタイルが進化するし、酵母やホップなんかの原材料も新しいものがどんどん出てきます。状況が目まぐるしく変わる中で、生まれ変わったタッチダウンビールは次々と冒険を続けているところです。夢と情熱を継いだ世界に誇れるジャーマンスタイルのラガーと、「失敗を恐れず冒険しなさい」という山田さんの言葉を胸に。
※1 長野県北佐久郡軽井沢町に本社があるクラフトビールメーカーの最大手。
主力商品の「よなよなエール」は全国のローソンやナチュラルローソン、セブン-イレブンで購入可能。
取材・文/山口紗佳
ピスルナーにデュンケル、ヴァイス、プレミアム ロック・ボックなど、爽快感やフルーティな香りを味わうものから麦芽の甘みやコクを感じられるものまで、料理も幅広く合わせられるのがタッチダウンビールの魅力。日常的に楽しめるビールで、日ごろの疲れを癒してリラックスしてもらいたいですね。
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