たくさんの人の夢を乗せて、ビール造りのその先へ

ようやくビールを造れるようになったときは、本当に胸が熱くなりました。

2015年に電力会社を辞めて仙台で会社を立ち上げ、場所も決まっていよいよという段階で計画が頓挫。2年間も先が見えず、どうなることかと不安になりましたが、それでも進むしかありませんでした。このブルワリーには、田村市でホップ栽培に挑んでくれた農家の方々など、多くの人の夢や人生がかかっていたからです。人生をかけて支えてくれる仲間がいる以上、必ず形にしなければと強く思いました。

ブルワリーができた喜びは大きかったですが、私にとってブルワリーはあくまで通過点。
その先に描く未来こそ、目指す姿でした。

私が本当に描きたいのは、“ホップとビールを軸に循環するまちづくり”という未来。

地産ホップを使ったビールを起点として田村市に「人」や「モノ」「コト」を呼び込み、第一次産業から第六次産業までをつなぐサイクルを築く。醸造で出る麦芽カスは肥料や飼料に、将来的にはビールをバイオエタノール発電として再生可能エネルギーにも活用する。ホップ産業を中心にまちの経済が循環する、持続可能なまちの姿です。この壮大な構想は私ひとりでは到底成し得ません。
地元企業や大学、行政といった多くの協力者との連携があってこそ実現できると考えています。

「ホップ」が結んだ、福島・田村市との縁をつないで

この構想の原点は、前職の電力会社時代に抱いた環境問題への意識と、2年間暮らしたシアトルでの体験にあります。現地では、まちの至るところにブリューパブがあって、ローカルなクラフトビールが当たり前に飲まれている。ビールが地域の人とコミュニティをつないで地域を支えていました。このビール文化を日本でも広めたい、日本でもただ ビールを造るだけではなく、文化や暮らしを支える存在にしたいと思ったんです。

そこで着目したのが、多くを輸入に頼る原料の「ホップ」です。
地元で栽培したホップでビールを醸す、日本産ホップにも需要があるはずだと考えて生産者のもとを訪ねると、高齢化や後継者不足という課題に直面していることを知りました。そこで、ホップ棚のワイヤーを上下できるウインチ式設備を開発するなど、栽培効率化と品質向上を進めてきました。栽培管理を少しでも楽にすることで、手間暇をかけてやれる余裕を作る、それがホップの品質や収穫量を高めて、結果として農家の収益改善につながる。そう考えたんです。

この挑戦に、当時の田村市の副市長や地元の農家の方々が「おもしろい」と賛同していくれて、一緒に夢を追いかける仲間になってくれたんです。こうした積み重ねが信頼につながって、やがて福島母体のファンドから支援を受けることになり、福島に拠点を移しました。

そこで醸造拠点として復興庁から紹介されたのが、田村市の公共施設だった「グリーンパーク都路」です。ここは東日本大震災による原発事故の影響で、ほぼ休眠状態となっていました。最初はあまりに人里離れた山中だったので戸惑いましたが、逆に考えたら、この大自然こそが強みになるんじゃないかと考え直したんです。

キャンプ場や宿泊施設なども活用すれば、県外からも人を呼び込める交流拠点にできる。
その可能性に、私の人生を賭けようと決意しました。それから予期せぬ問題も多発して工事の着工が遅れたものの、信頼できるヘッドブルワーとも出会えました。私の描く理想を共有してくれる心強い存在です。こうして素晴らしい仲間にも恵まれて、2020年11月、ついにホップガーデンブルワリーをオープン！あの日の達成感は、これまで支えてくれた人たちの笑顔とともに、今でも忘れることができませんよ。

ビールにキャンプに大自然！夢も一緒に成長していった

ホップガーデンブルワリーが目指すビールは、トレンドや一部のコアなファンに響くようなものではなくて、初めて味わう人でも飲みやすいもの、地元の田村市の人が親しんでくれるビールです。

一般的なビール造りで使う乾燥圧縮したペレット状態のホップと違って、フレッシュホップは「生」という不安定さありますが、それ以上にフレッシュホップでしか表現できない魅力があるんです。品質の不安定な部分はきちんと成分分析を行うことで、醸造段階である程度コントロールすることができます。

ホップガーデンブルワリーの定番ビールは、互いに影響を与え合う自然界の循環を取り入れた「陰陽五行」がテーマ。その他に、地域の特産品を使った限定ビールを毎月のようにリリースしています。例えば、福島県産の酒米と日本酒酵母を使って桜の花で風味を付けたラガービールや、地元産のパッションフルーツを使ったサワーエール、地元産カシスのゴーゼなど。原料だけを挙げても、柚子やかぼす、ブルーベリー、桃、梨、杉の木など、すべて福島産の素材を使っています。

地元のものを使ったビールを醸すことで、県内さまざまな地域にスポットを当てることができるので、それをまちの活性化につなげています。

2021年から敷地内に「都路ホップファーム」を設けてホップの栽培を始め、夏に収穫体験ができる企画を開催しています。収穫量に応じて参加者にビールをプレゼントしているんですが、ありがたいことに年々参加者が増えているんですよ。ホップ畑が認知されるようになってきた実感がありますね。

さらに2021年はブルワリーに併設した「ホップガーデンロッジ・キャンプ場」を開業！
区画が広くてオリジナルビールも楽しめるキャンプ場として人気を呼んでいます。天文家から「天体観測の宝庫」と称される阿武隈高原の澄み切った空と、豊富な自然アクティビティ、夏は水遊びができる場所もあって、ペットやお子様連れでめいっぱい楽しめますよ！

福島の都市部でもホップガーデンブルワリーの樽生ビールが楽しめるように、2023年にJRいわき駅ビルに直営1号店「ホップジャパン　TapRoomいわき」を、2024年にはクラウドファンディングを実施して多くのご支援をいただき、JR郡山駅前に直営2号店となる「ホップジャパン ビアレストラン郡山」を開業することができました。ビアレストラン郡山では、地元産の新鮮な野菜や魚介類を使った料理とビールのペアリングが楽しめます。

ブルワリー設立はまちづくりの第一歩、通過点なんです。
一歩踏み出せば、視界が開けて新たな目標が見えてきます。

ビールで人がつながるように、夢も一緒に広がっていくものですから。

取材・文/山口 紗佳

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