銚子ビール犬吠醸造所(千葉県)のはなし
大海原に光を届ける犬吠埼灯台のように、銚子の未来を照らすビールなんです。
銚子ビール犬吠醸造所
千葉県銚子市
千葉県北東部、関東地方の最東端に位置する銚子市は、古くから首都圏の食を支える第一次産業のまちとして発展してきました。全国屈指の水揚げ量を誇る漁業や、歴史と伝統が息づく醤油醸造業、キャベツやメロン、イチゴに代表する農業など、豊かな地域資源に恵まれた地域です。そんな銚子を象徴する景勝地が銚子の中でも最東端にある犬吠埼。太平洋に突き出た岬からは、山頂や離島を除き、日本で最も早く初日の出を見ることができます。犬吠埼灯台近くの複合施設「犬吠テラステラス」に醸造所を立ち上げた「銚子ビール」の代表、佐久間快枝さんにお話を聞きました。
銚子が元気になるもの、銚子の「食」を伝えられるもの。 ──ビールがぴったりだと思いました。
統計によると、千葉県全体の食料自給率(生産額ベース)は70%ぐらいなのに、銚子市単体の食料自給率は240%なんですって! 北海道に並ぶズバ抜けた数字です(笑)。
銚子は海の幸と山の幸が本当に豊かな土地です。
銚子漁港の魚のイメージが強いですが、農業に適した土地や気候にも恵まれています。ここで育った人はそれが当たり前で、近所の人から野菜や果物、海の近い場所では魚をもらうのが日常。春キャベツの生産量日本一、銚子漁港の水揚げ量も全国トップクラス、醤油に代表する醸造業や関連する食品産業もさかんな「食」のまちです。
ところが、私が東京から戻ったときに見たのは、人が減って店がなくなり、ゴーストタウン化した姿でした。実家も昔ながらの和食料理屋でしたが、継ぎ手がおらず、両親の代で看板を下ろすことを考えていました。活気を失って衰退していく故郷を目にして、いてもたってもいられなかったんです。
生まれ育った銚子や家族のために、何かできることはないだろうか?
そう思って参加したのが、2016年に開催された地域のビジネスコンテストでした。銚子活性化のアイディアを出し合う中でたどり着いたのが「銚子のビール」です。もともとワインやビールが好きで、特にシェリー酒は夫婦でベネンシアドール(※1)の資格をとるほど。ビールはアメリカ出張の際にクラフトビール文化の盛り上がりを肌で感じていました。現地のスーパーマーケットでは棚のほとんどが地元のビールで埋め尽くされていて、地元の人に愛されたローカルブルワリーがたくさんあるんです。みんな自分が暮らすまちのビールを飲んで元気をチャージします。今の銚子にないもので、銚子が元気になるもの、銚子の豊かな「食」と紐づいて銚子の良さを伝えるコンテンツとして、ビールがぴったりだと思いました。ビールなら県外から来た人にも喜んでもらえます。今もコンセプトに掲げていますが、飲んで「ちょうしよくなる」ビールです(笑)。
これまでの仕事経験も活かせるんじゃないかと考えていました。
高校まで銚子で過ごした私は卒業後にアメリカに留学。20代で外資系のIT企業に勤めた後、30代では仮設資材を扱う会社でポータブルトイレの開発に打ち込んでいました。介護やレジャー、災害時に役立つ自動ラップ式トイレです。これが大ヒット商品になったんですよ。銚子に戻ったのは、スタートアップから携わったそのプロジェクトがひと段落して二人目の出産を迎えたとき。40代での高齢出産を機に、娘たちの子育て環境も考えて家族で銚子に移住したんです。
こうして提案した銚子発のビールプロジェクトは、最終的に県の起業家コンテストで千葉県知事賞をいただくことができました。このビジコンを通して多くの方に銚子ビールを知ってもらえたことで、その後の活動でもさまざまな形でサポートしていただいています。
(※1) 元来はシェリーの産地であるスペインのヘレス地方に伝わる伝統的な職業。現在では「ベネンシア」と呼ばれる道具を使って樽からシェリー酒をくみ出し、グラスに注ぐ技術をもったシェリー酒専門の有資格者。
銚子でしか造れない、銚子ならではのビールを考える
銚子のビールを造る!と決意したものの、知識も経験もないですし、いきなりビール工場をつくる資金もありません。そこで、まずは他社の設備を使わせてもらう委託醸造からスタートしました。茨城県の「常陸野ネストビール」さんで、「銚子の魚と合うビール」をテーマにブルワーと相談。サバやイワシなど銚子名物の青魚と相性の良いレシピを考え、ドライな口当たりのアンバーエールとして「銚子エール」のベースレシピができあがりました。
ところが、少量生産に対応してもらえる委託先を見つけるのに一苦労。
2017年当時はクラフトビールブームの再燃で、どの醸造所も手が回らない状況だったんです。20社以上に断られて心が折れそうになっていたときに助けてくれたのが、石川県の「わくわく手づくりファーム川北」さんでした。銚子をビールで盛り上げたいという思いに賛同して快く対応してくださいました。
「銚子エール」のリリース後は販売や広報に力を入れつつ、2018年に事業として取り組むために「銚子チアーズ株式会社」を設立(2021年6月15日「チョウシ・チアーズ株式会社」に社名変更)。そして自社醸造所の拠点として候補に挙がったのが犬吠埼でした。日本で一番早く初日の出が見られる場所、銚子を代表する景勝地です。犬吠埼灯台のふもとにできた商業施設「犬吠テラステラス」 にタップルーム併設の醸造所があれば、外から訪れる観光客にも銚子生まれのビールを飲んでもらえます。マイクロブルワリーの立ち上げ支援を行っている「アウグスビール」さんにコンサルティングをお願いして、ヘッドブルワーの冨丘陸羽は1年間の醸造研修を受けました。
2019年4月から仲間に加わった冨丘は、銚子市出身の元看護士です。
24歳という若さですが、ビールで銚子を盛り上げたいという志は同じで勉強熱心。理系なので醸造や発酵のメカニズムに対する理解も早く、醸造アドバイザーから知識や技術をすぐさま吸収して自分のものにしていきました。
こうして2020年春に醸造免許を取得して、犬吠醸造所で初めて仕込んだビールが柑橘系のホップが爽やかに香る「One for all SMASH」。麦芽とホップを1種類ずつ使い、「みんなの思いをひとつに」という願いを込めて仕込んだペールエールです。「銚子エール」と正真正銘、銚子生まれの「One for all SMASH」、そして銚子チアーズのバリスタが監修したコーヒースタウトの「Black Eye Stout」の3種類がレギュラー商品で、合わせて“ 3ストーリーズ ”と呼んでいます。
他にも、海と空の青に映える白亜の犬吠埼灯台がモチーフの「犬吠ホワイトIPA」など、犬吠醸造所から数々のビールをリリースしましたが、次のフェーズではもっと「銚子ならでは」を追求したいですね。銚子ビールは銚子を応援するためのビール。売るだけで終わりじゃありません。地元で頑張っている農家や地域の産業と結びついて、銚子でしか造れないオリジナルで地元を内側から活性化したい。犬吠醸造所に来るのは観光客が多いので、地元の人が集まりやすい場を作って、もっと地元の人に親しんでもらいたいと思っています。ロゴに描かれた灯台と初日の出には、新たな挑戦や旅立ち、人生の門出を祝う意味も込められています。大海原に光を届ける犬吠埼灯台のように、銚子に明るい未来を照らすビールでありたい。
アイディアはたくさんあるので、次のステップに進む準備をしています。
取材・文/山口 紗佳
フラッグシップの「銚子エール」は、大好きな銚子の未来を託したはじめの一歩。銚子を応援する自慢のビールです。料理と合わせるならもちろん魚料理! サバサンドなど、青魚の個性もしっかり受け止めてくれますよ。
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