今治街中麦酒(愛媛県)のはなし
商店街から今治のまちを元気にしたい。 飲み手と距離が近いモノづくりにやりがいを感じました。
今治街中麦酒
愛媛県今治市
愛媛県の北東部にあり、古くから瀬戸内海の交易拠点として栄えた今治市は、造船業や「今治タオル」に代表する繊維産業、大手食品メーカーの本社もあるなど、モノづくりが盛んな都市です。瀬戸内海に浮かぶ島々を7つの橋で結び、広島県尾道市と今治市をつなぐ「瀬戸内しまなみ海道」の四国側の玄関口として、最近ではサイクリストの人気も集めています。2020年10月、今治港から今治市中心街まで続くアーケード街に誕生したのが「今治街中麦酒」。醸造長の中島俊一さんと醸造担当の吉崎稔さんにお話を聞きました。
地域全体がビールを軸に盛り上がるあの一体感! 岩手県遠野市で見つけたのは今治の理想像
中島:週末でもこのアーケードの人通りは多くはありません。
造船業やタオル産業で有名な今治ですが、ドンドビ交差点(※1)から今治港まで続く商店街には空き店舗が目立ちます。1999年に本州と四国を結ぶしまなみ海道ができて、今治港に寄港する船が一気に減ったことや、少子高齢化で若い人が出て行ったこともあって、街の中心だった商店街は廃れてしまった状態。この状況に対して、少しでも地域の活性化に貢献したいという思いで立ち上げたのが「今治街中麦酒」です。
運営する「株式会社ありがとうサービス」という親会社は、地方創生事業として今治市や西予市で温浴施設やチーズ工房などを運営しています。地元の衣食住で街を盛り上げるプロジェクトの一環で、今治商店街にブルワリーをつくる計画を知り、2019年に思い切ってブルワー募集に応募したんです。当時の私はブルワリーの立ち上げを模索していたので、地元の素材を使ったモノづくりでコミュニティをつくっていきたいという会社のコンセプトや社風に共感して飛び込んでみました(笑)。
もともとビールは好きでしたが、2014年頃に前職の医療機器メーカーに勤めていたときに、出張先のアメリカでクラフトビールの魅力に取りつかれました。クラフトビールブーム真っただ中のアメリカでたくさんの個性的なビールを飲んで、ビールの多様性と自由な世界を知ったんです。今まであんなにたくさん飲んできたのに、それはビールの世界のほんの一部。調べてみると、免許をとれば日本でもさまざまな種類のビールを造れることがわかって、気づけば真剣にビール造りを考えるようになっていました。
そこで、醸造技術を身につけるために各地のブルワリーで研修を受けさせてもらいましたが、中でも刺激を受けたのが岩手県遠野市の「遠野醸造」。醸造責任者の太田睦さんとご縁があって2週間程度滞在しましたが、遠野には私が理想とする街の姿がありました。
岩手県遠野市は、日本最大の栽培面積を誇るホップ生産地としてホップの栽培を続けてきましたが、高齢化と後継者不足で栽培継続の危機に陥っていました。そこで最近では「ホップの里からビールの里へ」を合言葉に、自治体や地元企業、農家、ブルワリー、市民が一体となってビールを核とした産業を広げるプロジェクトが進んでいます。
滞在していたときは、ちょうど遠野産ホップの収穫を祝うイベント「遠野ホップ収穫祭2019」の開催中でした。遠野の街全体がビールを軸に盛り上がるあの一体感! ビールがたくさんの人を呼び寄せて、地元の人も観光客もみんな一緒に楽しむ姿が広がっていました。醸造家として、あんな幸せな景色はありません。今治街中麦酒も、多くの人たちのコミュニケーションの場となって、遠野醸造のように地元の人にも観光客にも愛されるブルワリーにしたいと思いました。
開店準備中に新型コロナウイルス感染症が広がり始めたことで、醸造設備の搬入が予定よりも遅れましたが、2020年7月に免許が交付されて10月に開店。オープン当時のラインナップはハチミツペールエール、ホワイトエール(桃)、ヘイジーIPA、カカオミルクスタウトの4種類で、まずはクラフトビールのスタイルの違いを楽しんでもらうことからはじめました。
今は愛媛県産のハチミツや豊富な柑橘類を使って、セゾンなど他のスタイルも仕込んでいます。愛媛はビールと相性の良い副原料が豊富なので、地元ならではの材料でビールに親しんでもらいたいです。みかんやレモンなど、地元の素材を取り入れたビールなら今治の人もとっつきやすいですし。
2021年2月から元同僚の吉崎君がブルワーとして入ってきてくれたので、今は醸造作業やお店の切り盛りを一緒にやっています。二人ともモノづくりが好きですし、前職から続く付き合いで波長も合うので、すごく心強いですよ。
(※1) 今治商店街の入り口にある交差点名。今治城の外堀に出入りする海水調整のために造られた水門「呑吐樋(どんどび)」に由来する。
ビール造りはエンドユーザーの顔が見えるモノづくり
吉崎:中島さんが「ビールを造りたい」というのは以前から聞いていました。
私もビール好きで海外出張ではよくローカルなビールを飲んでいたので、中島さんから「いつか一緒に(ブルーパブを)やろう」と声をかけてもらっていましたが、会社を辞めたときは突然だったのでビックリしましたね。まさか本当にビール職人になるとは!って(笑)。
私は中島さんが医療機器メーカーに勤めていたときの後輩で、退職した後も毎週のように連絡を取っていました。開業後は仕込みの手伝いをすることもあって、実際にビール造りを経験してみたら、これがすごくおもしろくて。ビールって、モノづくりのゼロから完成まで、一貫して携わることができるんですよね。完成したビールが飲み手に届くまで見届けることができる。エンドユーザーである飲み手の反応をダイレクトに受け取れることにもやりがいを感じました。
実は、私は院生時代に広島大学と連携している独立法人「酒類総合研究所」で酵母の研究をしていたんです。カリキュラムの一環で日本酒造りをした経験もあったので、醸造に対して関りが深かったことも転職のきっかけですね。
中島:自分たちが造ったビールを飲んで「おいしい」って喜んでもらえるのがシンプルに一番うれしいですね。女性のお客様も多くて年齢層もさまざま、72歳のお客様もいます。アジアからの外国人観光客も多い愛媛ですが、コロナ禍の今は激減しました。それでもできる限り多くの人にビールを味わってもらいたい。ボトル販売やテイクアウトにも対応して、感染防止対策をしつつも楽しんでいただける工夫をしています。お店では地元のハム工房のスモークソーセージや生ハム、チーズなど、簡単なものですがビールと合う料理も出しています。
今治に元気を与えられるような場にしたい。
それが商店街ブルワリーに込めた願いですね、もちろん地元生まれのビールで。
取材・文/山口 紗佳
一番のおすすめは今治らしい「はれひめHazy IPA」です。オレンジのような爽やかな香りと温州みかんの甘さを併せ持つ「はれひめ」という愛媛の特産柑橘を使っています。ビールだけでもじっくり楽しめますし、料理なら真鯛のカルパッチョと相性抜群です。
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