VECTOR BREWING(東京都)のはなし
もっと自由に!もっと面白く!もっと気軽に!クラフトビールを身近なものにしたい
VECTOR BREWING
東京都大田区
「Vector Brewing」がある東京都台東区浅草橋は、下町の情緒が残るモノづくりの町。2016年に新宿で誕生した醸造所は、2017年に醸造の拠点を浅草橋に移し、常に“面白い”ビールを発信しています。それはクラフトビールをもっと自由で気軽に楽しんでもらうため。ユニークなデザインとネーミング、豊富なラインナップは初心者でも手に取りやく、クラフトビールファンをジワジワと増やしています。元銀行員でラガーマンだという異色の経歴をお持ちのブルワー三木敬介さんにお話を伺いました。
基本はきっちりと。でも挑戦はやめない。それが職人の町のビールだから
Vector Brewingは、飲食店を展開するライナ株式会社の一事業部からスタートしました。沢山のお客さんとお話するうちに、「せっかくなら自分たちがつくったビールを飲んでもらいたい」と考えるようになったそうです。それで新宿御苑の近くに小規模醸造所Shinjyuku Beer Brewingを開業。直営店や協力店でもビールをお出ししていたら、醸造が間に合わないほど飲んでもらえるようになったので、モノづくりの街である浅草橋に新たに醸造所を設けました。
僕が入社したのは、2019年。入社半年後にブルワーのひとりが独立のため退社することになり、木水朋也ヘッドブルワーから急ピッチで色々なことを教えてもらいました。まだ若い醸造所だったのですが既に「ねこぱんち」などの素晴らしい定番商品がありました。とはいえ規模の小さい醸造所では、ささいなことで味にブレが出てしまいます。でも前回と同じ味が飲みたくて買ってくれたお客さんをがっかりさせたくない。僕が一番に取り組んだのは先輩方がやってきた清掃や原材料の管理、レシピ通りの計測や温度管理などを、丁寧に丁寧になぞって自分のものにしていくことでした。そうやって同じ味が再現でき、品質管理ができるようになると、先輩のレシピに手を加えたり、自分のレシピに挑戦するようになりました。例えば同じレシピでホップだけを変えてみたり、酵母の種類を変えてみたり。実際にやってみることで、求める味や香りを引き出すにはこうしたらいいんだとか、理屈がわかることもありました。
初めて自分がつくったビールがお店に出たときは本当に嬉しかったですね。うちは直営のお店があるので反応をすぐに聞くことができる。店長から「お客さんに好評だったよ」と言ってもらった時は心の中でガッツリポーズを取りました。でも、まずいものを出したらすぐに店長からフィードバックがくる。決して気を緩めることはできませんね。
イベントにも出店することがあります。大規模なものではなく、ローカルなイベントにビールを持って行って、地元の方に飲んでいただいている。僕は人見知りなのでお客さんに話しに行くことはできないのですが、美味しそうに飲んでくださる姿を見るとやりがいを感じます。
ブルワーになる前は銀行員だったんです。堅い職業からブルワーという体力も感性も必要で、ある意味不安定な仕事についたことは、周りから驚かれました。銀行員時代に“家飲み”にハマり、大手メーカーをはじめ各地のクラフトビールを買い集めて飲んでいました。そのうちに「今の日本ではたとえ大失敗しても死にはしない、それなら若いうちにしかできない“難しいこと”に挑戦したい、やるならビールづくりだ!」と決意。知り合いに紹介されたのが今の会社でした。
小学生の頃からラグビーをやっていたんです。最前列でスクラムを組むプロップというポジションです。ブルワーは重い麦芽の袋を担ぐパワーと耐久力必要ですし、チーム内のコミュニケーションを大切にするといったことは、今の仕事にも生かされているのかもしれませんね。ヘッドブルワーに相談しながらも、自由にやらせてもらっています。ブルワーの仕事は楽しいですね。
醸造所のある浅草橋近辺はモノづくり街です。現代にもフィットするよう進化をしているのだけれど、一歩路地に入れば小さな工場や、問屋、江戸情緒あふれる老舗の飲食店がある。職人さんたちが伝統を大切に継承していて、下町っぽい人の暖かさを感じることができます。そんな職人の街で、ビール職人がつくるVector Brewingのビール。この街の職人さんのように、僕らも長くビールをつくっていけたらと思います。
ビールが苦手と思っている人にも飲んでもらいたいから、間口は広く
ねこぱんち、でぶねこ、グラマラスベイビー、ダーティオールドマン、猫結び…。
これらはVector Brewingのビールの名前です。面白いでしょ。ラベルもインパクトのあるデザインなんですよ。スーパーやコンビニに沢山のビールが並んでいても、ちょっと目を引きます。ネコ好きの方は特に心くすぐられるでしょうね。手に取ってもらうきっかけとして、ビールの名前やラベルデザインは大切にしていて、社員みんなで議論して決めています。まずはジャケ買いでもいい、自分達のビールを手に取ってほしい。飲んでみておいしいと思ったらまた買ってほしいという思いからです。
僕は今でこそ、醸造を仕事にしてしまうくらいクラフトビールが好きですが、20歳で初めてIPAを口にした時はクセが強すぎておいしいとは思えなかったんです。だからビールが苦手という人の気持ちもわかるんですよね。でも僕の場合は何度か口にするうちにクセと思っていた苦味とか香ばしさ、酵母独特の香りがおいしいと感じるようになって。どんどん未知のビールを飲むのが楽しくなっていきました。だからお客さんも、ひとつ飲んで口に合わなくても、他のスタイルを試してみてほしい。ビールって苦いだけじゃなくて、甘かったり、フルーティーだったり、酸っぱいものあったりして味の幅が広いですし、アルコール度数も様々。自分にピッタリのビールは必ずあるはず。だから色々なビールを飲んでみてほしいんです。
そのために間口を広くして、色んな方向からビールを飲むきっかけをつくっています。もっとクラフトビールを気軽に楽しんでほしい。そのためにはおいしいビールをつくるだけではなく、もっとみんなが面白いと思えるものをつくりたい。それを自分たちも面白がりたい。ビールは堅苦しさのない自由な飲み物。もっと気楽に楽しんでもらうのが僕たちの目標です。
看板商品の「ねこぱんち~NekoPunch~」は、小麦を使用しほのかな酸味のすっきりとしたビールで、柑橘のようなホップの香りと苦さが感じられます。ちゃんと苦いけどIPAほどのパンチ力はなく、ねこのパンチほど。それでこの名前がつけられました。麦芽を保管する倉庫で穀物を食い荒らすネズミを倒してくれるのがネコ。ビールと麦芽の守り神のような意味もあります。可愛いだけじゃない、いまも飲む人に福を招いてくれています。
僕が個人的に好きなビールは「ダーティオールドマン~Dirty Old Man~」。名前の意味はエロオヤジ! ミルクスタウトというスタイルで、真っ黒になるまで大麦や麦芽を焙煎しているので、見た目も真っ黒です。そしてほのかな甘味があります。しっかりとした肉料理にも合わせやすいですよ。お客さんからは「飲むデザートのよう」とも言われます。チョコレートなどのスイーツと合わせて食べるのもオススメです。デザートの甘味が加わることで麦芽の香ばしさをさらに強く感じるようになるのです。
新宿の醸造所Shinjyuku Beer Brewingにはレストランが併設されていますし、直営レストランが都内に何店舗かあります。店長と一緒に料理との相性を考えたり、お客さんの反応を聞いたりできるのは、Vector Brewingの強みでもあります。直営レストランではロティサリーチキンや牛タン煮込みなどの肉料理が人気なんですよ。お客さんが“とりあえず一杯”にどんなビールを飲みたいか、食事には何をあわせるだろうとか、飲むシーンは常に意識してつくっています。
いまは浅草橋の醸造所には飲食スペースはないのですが、いつかはできたてのビールをその場で飲んでもらえるよう、試飲ができるタップルームやビールにあうフードを出すレストランを併設するというのが僕の夢でもあります。クラフトビールに詳しくない浅草橋の職人さんたちにも、お疲れさまの1杯に飲んでもらいたい。クラフトビールをもっと身近に、気軽な存在にするのが僕らの役目だと思います。
取材・文/コウゴアヤコ
僕は“家飲み派”なので、ビールの縁側の樽サービスは正直嬉しい。お客さんにもサーバーから自分でビールを注ぐ面白さや、雰囲気そのものを楽しんでもらえると思っています。醸造所から直送するので品質は折り紙付きです。クラフトビールの樽が自宅にある生活を、気軽に楽しんでいただけたら嬉しいです。
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