臥龍醸造(愛媛県)のはなし
希少なシルクを溶かし、生果汁を手搾り。 「うまい!」のためにできることを全てやる

臥龍醸造
愛媛県大洲市
愛媛県の南予地方に位置し、「伊予の小京都」と称される大洲市。街の中心には、400年以上の歴史を誇る大洲城がそびえ、城下には往時の面影を残す古い町並みが広がります。清流・肱川のほとり、明治時代の養蚕業の隆盛を今に伝える赤レンガ倉庫をリノベーションし、2022年春に自家醸造を開始したのが「臥龍醸造」。歴史と文化が息づく場所で、土地の恵みを活かしたビール造りをしています。醸造責任者の梶原玉男さんにお話を聞きました。
「愛媛かんきつ主義」の裏側は、果物との真剣勝負
「果汁を入れ過ぎればジュースになっちゃうし、ホップが強すぎても果物の風味が飛んでしまう」。
フルーツを使う仕込みは、いつもそのギリギリのせめぎ合いですね。
愛媛といえば、柑橘をはじめとした豊かな果物。臥龍醸造ではその恵みを最大限に活かすために「愛媛かんきつ主義」というテーマを掲げているんですが、それは単に果物を使えばいいという簡単な話じゃないんです。目指しているのは、あくまで「ビール」としてのベストバランス。一口飲んで「ああ、うまいビールだな」って感じてもらった上で、その奥にフルーツの個性がふわりと香る。理想のバランスにたどり着くまでに、何度も何度も試行錯誤を繰り返しています。
例えば、愛媛を代表するブランドみかんを使った「八幡浜みかんエール」。
果汁の配合比率はもちろん、どのタイミングでどう投入すれば、香りと味わいが最も華やかに感じられるのか。来る日も来る日も試作を重ねて、ようやく今の絶妙なバランスにたどり着きました。
臥龍醸造らしさでいえば、大洲産の果物の「本物の果汁」を使うこと!
とにかくこれを徹底しています。ピューレは極力使いません。基本的に年に一度しか収穫できない旬の果物を仕入れたら、まずは自分たちの手で搾るところから始めます。「長浜キウイIPA」で使うキウイなんて、完熟したキウイ一個一個の皮をむいて、搾汁機にかけて、丁寧に濾して、低温殺菌して冷凍保存。正直、ものすごく手間がかかります(笑)。でも、この土地の恵みと真剣に向き合うためには、どれも絶対に譲れない工程なんですよね。
その年の天候によって出来が変わる果物を扱うのは、本当に難しい。
去年はゆずが不作で例年より香りが弱くて、いつもより多めに使わないと納得のいく香りが出ませんでした。そんな自然との対話も含めて、臥龍醸造のビール造りだと思っています。
大洲の歴史と実りに敬意を込めて、形に。
なぜ、そこまでして大洲・愛媛産の素材にこだわるのか。
それは、この大洲という土地でビールを造る意味そのものだからです。
臥龍醸造を運営している親会社、株式会社アライは食品容器の製造販売をしています。
同時に障がい者の就労支援事業も長く手がけてきた会社として、事業を通じて社会とどう関わるかという視点を常に持っているんです。ただ、全国で事業展開する一方で、地元に貢献できるものがないという課題意識もずっとありました。このビール事業は、根を下ろした大洲というふるさとのために会社として役立ちたい、という経営者の強い思いから始まったんです。
そんなときに、大洲市が官民一体となった観光開発に乗り出して、2004年に再建された「大洲城」を核として、古い町並みを活かして街全体を盛り上げようという機運がありました。その大きなうねりの中で、いわゆる「地ビール」が新たな大洲市の特産品、観光資源になれるんじゃないかと。ビール造りが障がいを抱える人たちの就労機会にもなると知って、ビール事業の立ち上げがはじまりました。
臥龍醸造がある場所は、明治39年に建てられたレンガ倉庫を改装したものです。
もともとは、この地域で盛んだった養蚕業のための繭の倉庫でした。老朽化が進んでいて取り壊しの話も出ていましたが、ここでビールを造れば、この歴史ある町並みや建物を守りつつ、観光の起爆剤になれるでしょう。こうして大洲繁栄のシンボルであるこの場所をブルワリーの拠点としました。
その思いを形にしたのが、看板商品の「大洲シルクエール」です。
赤レンガ倉庫「旧程野製糸繭倉庫跡」の歴史に敬意を払い、今も作られている大洲シルクのパウダーを使ってみよう、と。希少価値の高い大洲産シルクをあえてビールに活用しています。シルク自体は無味無臭で味はありませんが、動物性たんぱく質がもたらすまろやかな口当たりが、きっとビールの味わいを豊かにしてくれるはず。そう考えて、シルクの滑らかなイメージに合うように、ベルジャンホワイトをベースにオーツ麦などを配合し、シルキーな飲み口を目指してレシピを設計しました。
大洲シルクエールは今や臥龍醸造の代表作のひとつ。
国際的な審査会「インターナショナル・ビアカップ」で金賞を受賞するまでになりました。僕らにとって、単なるビールではなく、大洲の歴史と先人への敬意を表した一杯です。
もちろん、品評会での評価は一朝一夕で得られるものではありません。
醸造技術は東京・両国にあるビアバーの草分け的存在「麦酒倶楽部ポパイ」が立ち上げた、新潟県の「Strange Brewing」で基礎から修行を積ませてもらいました。Strange Brewingが閉業した後も、元ヘッドブルワーが立ち上げた「HEISEI BREWING」にアドバイスをいただいて、品質をブラッシュアップしてきました。そうやって先人が築き上げた技術と哲学をリスペクトし、その上で僕らなりの個性を表現していく。
臥龍醸造のオリジナリティは、その積み重ねだと思います。
「一番うまい!」その一言が、つくり手の原動力
僕がこんなにもビールの世界に夢中になった原点。
それもはう30年も前、20代の頃の話ですが、2年間ドイツに赴任していたときに味わったビールの衝撃的なうまさ。水よりも安くて、街ごとに違うブルワリーのビールが当たり前に飲まれているドイツのビール文化。ピルスナーにスタウト、ヴァイツェンにベルギービール、僕がそれまで知っていたビールとはまるで違う、多彩で豊かなビールの世界を目の当たりにしました。あの頃の「ビールってこんなにすごいのか!」という感動が、僕の根っこにずっとあったんです。だから、ビール事業をはじめると知ったときは心の中でガッツポーズでしたね!
造るからには中途半端なものは造りたくない。
特にその情熱が注ぎ込まれているのが、「臥龍 アメリカンレッドIPA(レッドブリックIPA)」です。赤いレンガ倉庫をイメージして開発した自信作。アロマホップとして白ブドウのような香りを持つ、ネルソンソーヴィンを贅沢に使っています。ローストモルトの香ばしさと、ベリーのような程よい酸味を感じさせるレッドIPAで、こちらも「インターナショナル・ビアカップ」で金賞を獲得!試飲イベントに出したとき、とあるビアジャッジ(ビールの審査員)から「いろいろ飲み比べたけど、ここが一番うまいよ!」と言ってもらえたのが自信になりましたね。
あるお客さんなんて、僕らのIPAがえらく気に入ってくれたみたいで、他のブースを一周したあとに戻ってきて、結局10杯ぐらいおかわりしてくれたんです(笑)。「他のもいろいろ飲んでみてくださいね」って言ったんですけど、「いや、ここのビールを飲みに来たんだ」って。臥龍醸造のビールが誰かの心を動かす瞬間に立ち会えるなんて、つくり手としては最高にうれしいんですよ。
地元での反響も本当にありがたいですね。
年末にお土産屋さんから「梶原さん、ビールの在庫がなくなりそうなんです!」って電話がきて、急いでありったけの在庫を届けました。旅行や帰省で大洲に来た人が、地元のビールを大量にまとめ買いしてくださるそうなんです。年2回開催している「大洲肉フェス!」も毎回大盛況。臥龍醸造のビールと和洋中さまざまな肉料理が楽しめると大好評です。
臥龍醸造が、大洲の暮らしの中にささやかな楽しみとして存在できている。
そう実感できることが、何よりのやりがいですよね。全国的な知名度はまだまだですが、地元から全国に。そしていつかは世界へ!
大洲に伝わる伝説の竜のように、天を目指して駆け上がります。
取材・文/山口 紗佳
【公式HP】https://www.garyu-brewing.com/
【facebook】https://www.facebook.com/garyubrewing/
【Instagram】https://www.instagram.com/garyu_brewing/

柑橘を使ったビールならフレッシュなサラダや白身魚のカルパッチョと。「臥龍 アメリカンレッドIPA」は、ぜひジューシーな肉料理と一緒に楽しんでみてください。一口飲めば、大洲の風を感じてもらえるはず!
OTHER BREWERIES