ビールの縁側

西陣麦酒(京都府)のはなし

西陣織の魅力が多彩な色糸の「色合わせ」であるように、 ここではいろんな人が、いろんな形で、いろんなビールを造る

高級織物ブランド、西陣織の伝統が息づく西陣で2017年に設立された醸造所が「西陣麦酒」です。運営するのは発達障害や自閉症をもつ人たちの生活支援や就労支援に取り組むNPO法人「HEROES(ヒーローズ)」(注)。西陣産業会館の一角に醸造所とタップルームを構えています。200Lというマイクロブルワリーの強みを活かして、個性の異なる2人の醸造責任者、中大路修平さんと林田貴志さんがそれぞれレシピを考案。開業以来、定番ビール5種類をはじめとして次々と多彩なビールをリリースしてきました。今回は醸造責任者の一人、林田貴志さんにお話を聞きました。
(注)2022年より社会福祉法人菊鉾会に変更。

あっつい夏のお昼にちょっと一杯。 そんな場面をイメージした「白夜にレモンエール」

ビアバーの営業は週1回、金曜日の夜しか開けてなかったんですけど(※1)お店はいつも満席状態。ちょっとわかりづらい場所にあるのに、地元の人から外国のお客さんまでたくさんの人でにぎわっていて、すごくありがたいなぁと思っていました。西陣織業界の職人さん達や地域の役員さんも来てくださって、そこで交流が生まれたり、夏祭りや西陣の朝市にも呼んでいただいたりして。うちは2013年から福祉事業に取り組んでいるんですが、ビールを造りはじめてからはさらに地域との交流がさかんになっていきました。

 

西陣麦酒では、障害がある人たちも健常者も、年齢や経歴など関係なく、そういった「枠」をとっぱらってみんながビールに関わっています。

 

もちろん、人には得意不得意があるので役割分担はあります。

 

醸造工程であれば材料の仕分けをしたり、鍋で煮込んだり、充填作業をしたり、ボトルのラベル貼りをしたり。力仕事が苦手な人は営業や配送担当。障害の程度やその人の個性に合わせて、さまざまな形で一緒にビールを造っているんです。群馬県や宮城県の福祉事業所では、大麦やホップの栽培に従事している方々もいます。その原材料を使って、2019年に「ふぞろいの麦たち」というビールを製造販売しました。農福(農業と福祉)連携のビール造りは、全国に広めていきたい取り組みです。

 

 

僕ともう一人の醸造責任者の中大路は、好きなビアスタイルやビール造りにおいてこだわるポイントがまるで違うので、担当したビールもそれぞれの個性がよく表れていておもしろいですよ。たとえば、僕はグラスに鼻を寄せたときのアロマ、第一印象を大切にしています。「室町セゾン」は、西陣ならではの歴史文化を取り入れたくて、京都産の米麴とパッションフルーツのようなトロピカルな香りをもつモザイクというホップを使いました。フルーティで華やかなアロマと米麴由来のうま味、ほのかな酸味のバランスが楽しめると思います。

 

それとよく考えるのは、ビールを飲むシチュエーションですね。

 

どんなときに、どんな場所で飲んでもらいたいかを想像します。

 

「白夜にレモンエール」は、あっつい夏のお昼にちょっと一杯 、そんな場面をイメージして考えたアルコール度数3.5%のアメリカンウィートエールです。すっきりした飲みやすさが特徴で、レモンドロップというレモンやミントのような清涼感を与えるホップを使っています。その年に大ヒットした米津玄師さんの曲『Lemon』にも影響されて(笑)。クラフトビールをテーマにした漫画『琥珀の夢で酔いましょう』(※2)で取り上げていただいた反響もあって、女性のリピーターが多いですね。

 

 

一方で、凝り性で探求心の強い中大路がこだわっているのはバランスです。

 

酵母が作り出すエステル香やフェノール香とのバランス、スタイルに合ったボディや苦味、ホップのバランスをうまく表現したビール。モルトの持ち味を引き出すのも上手ですね。ドライで華やかなものが好きな僕と比べると、飲みごたえがあってインパクトの強いものが多い印象です。ビールの水質調整や品質改良についても彼が積極的にリサーチしています。うちは1回の仕込みが200Lと小ロットなので、こまめに品質を見直すことができるんです。

 

彼が選び抜いた5種類のモルトを使った「Silky Weizen」は、名前の通りシルクのようなやわらかい口当たりが特徴で、ゆっくりまったり飲める滑らかなヘーフェヴァイツェン。生姜が生み出す爽やかな風味と辛味を効かせながらも、しっかりモルトフレーバーを感じられる「Sweet Ginger Ale」もファンの多いビールです。

 

いろんな人が、いろんな形で、いろんな味のビールを造る。

 

個性的で自由なビールの世界だからこそ両立できる魅力ですよね。バラエティに富んだ味わい、個性や多様性を楽しめるのがビールの醍醐味だと思います。

 

※1 2021年9月17日現在は休業中(再開未定)

 

※2 京都を舞台にクラフトビールを通じて3人の若者が成長していく模様を描いた青春群像劇。作中には実在するブルワリーやビールが登場する(原作:村野真朱、作画:依田温、監修:杉村啓、出版社:マッグガーデン)

 

至福の1杯=WELL-BEERを通じてそれぞれの幸せの形、 「WELL-BEERING」を実現したい

 

僕も中大路も、ブルワーになる前はまったく畑違いの仕事をしていました。

 

僕は元金融マン。新卒から10年間、金融の仕事をしていましたが、「人生このままでいいのか?」という疑問を抱えていたときに祖母が亡くなったんです。2週間前に会ったばかりで、これをきっかけに死生観というか人生観が変わりました。限りある時間ですから、もっと情熱を注げることを考えるようになったんです。思い立ったらいても立ってもいられず退職(笑)。次の仕事は決まっていませんでしたが、発酵関係の仕事をしてみたいとは思っていました。漫画『もやしもん』(※3)ですっかり「発酵」にハマって、自分で塩麴や味噌を仕込んでいたので発酵の世界に興味があったんです。

 

ブルワーの話は、退職後にSNSを通じて知人から法人代表の松尾を紹介していただきました。松尾が代表を務めるNPO法人「HEROES」では、発達障害や自閉症の人たちが活躍できる場として醸造所を計画していたところで、僕は発酵の世界に飛び込むことを決意。ビール好きな妻もこの決断を応援してくれました。ビールはどちらかと言えば私より妻の方が好きで、ビールとチーズがあれば生きていける人(笑)。実は『もやしもん』も妻の実家にあったコミックでしたから(笑)。

 

醸造経験は他県のブルワリーなどで積み、開業後しばらくはフラッグシップの「柚子無碍」をひたすら仕込んでいました。「柚子無碍」は、国産ゆずを使ったアメリカンIPAです。名前の由来は「自由で何ごとにもとらわれない」という意味の四字熟語「融通無碍」から。

 

 

西陣麦酒では、固定概念や ”枠” に縛られることなく、垣根を飛び越えて、みんなが活躍する世界を願う言葉として、「WELL-BEERING(ウェルビアリング)」を掲げています。WELL-BEERINGは、「Well Beer」と「Well-Being(ウェルビーイング)」をかけあわせたオリジナルの言葉です。ウェルビーイングは、身体的、精神的、社会的に健康であることを意味する概念で「幸福」とも訳されます。もともとは福祉用語として使われていましたが、最近では多くの業界で耳にする言葉です。

 

僕たちは、いろんなメンバーが集まって造られる至福の1杯=WELL-BEERを通じて、それぞれの幸せの形として、WELL-BEERINGを実現したいと思っています。

 

西陣織の魅力が色合わせの妙といわれるように、京都のモノづくりの中心・西陣で、いろんな人がもつ色味から紡ぎ出されるのが西陣麦酒のビールです。

 

※3 菌を肉眼で見ることができる能力をもつ主人公を中心に、菌やウイルス、発酵にまつわる農業大学の学生生活を描いた物語(原作:石川雅之 出版社:講談社)

 

取材・文/山口 紗佳

鈴木オーナー

世の中が大きく変わって不安やストレスを抱えてしまいがちですが、ビールは心と体を癒してくれる魔法の飲みもの。ビールタイムにはリラックスしてもらいたいと思います。そんなとき、皆さんの隣にあるのが西陣麦酒のビールなら、こんなにうれしいことはありません。

OTHER BREWERIES

その他のブルワリー

画像
日光

Monterey Brewing

長野県塩尻市

福島のおいしいビールをお届けすることが一番の恩返しになるから、技術を磨き続ける。

みちのく福島路ビールは、福島市郊外の丘陵にあるアンナガーデン内に1997年に創業された家族経営の醸造所。吾妻山系を臨むうつくしいガーデン内で、厳選された原料と地元の果物を使ってつくられるビールにはファンも多くいます。現在醸造長を務める吉田真二さんは、2009年にホテルの仕事からビール醸造の世界に飛び込みました。醸造への不安や、東日本大震災によって何度も壁に当たりますが、その度に手を差し伸べてくれたお客さんやブルワー仲間、家族がいました。多くの人たちとの助け合いの輪が、今のみちのく福島路ビールのおいしさにつながっています。

画像
日光

福島路ビール(福島県)吉田 真二

福島県福島市

画像
日光

カルテットブルーイング(長野県)椎名 将

長野県軽井沢町

もっと自由に!もっと面白く!もっと気軽に!クラフトビールを身近なものにしたい

「Vector Brewing」がある東京都台東区浅草橋は、下町の情緒が残るモノづくりの町。2016年に新宿で誕生した醸造所は、2017年に醸造の拠点を浅草橋に移し、常に“面白い”ビールを発信しています。それはクラフトビールをもっと自由で気軽に楽しんでもらうため。ユニークなデザインとネーミング、豊富なラインナップは初心者でも手に取りやく、クラフトビールファンをジワジワと増やしています。元銀行員でラガーマンだという異色の経歴をお持ちのブルワー三木敬介さんにお話を伺いました。

画像
日光

VECTOR BREWING

東京都大田区

ビール文化が根づいたカナダのように、日本でもおいしいビールを気軽に

北海道の中部、石狩平野の中央にある江別市は、国産小麦の代表格として知られる「ハルユタカ」が生まれた土地。パンや麵、スイーツ、ビール醸造に適した国産品種がいくつも誕生した日本有数の小麦の産地です。札幌市の中心部から近く、空港や港湾へのアクセスも良いことから、生活に便利なベッドタウンでもあります。その江別自慢の「ハルユタカ」を使ってビールを醸造しているのが、2009年から江別市で醸造をしている「NORTH ISLAND BEER」。元ヘッドブルワーで現在は取締役工場長を務める多賀谷壮さんにお話を聞きました。

画像
日光

NORTH ISLAD BEER(北海道)多賀谷 壮

北海道江別市

ロゴ画像
ロゴ画像
ロゴ画像
ロゴ画像
ロゴ画像
×

ACT ON SPECIFIED COMMERCIAL TRANSACTIONS

特定商取引法

×

Privacy Policy

プライバシーポリシー