ビールの縁側

たった一度でも死ぬまでに「完璧」と思えるビールが造れたら、 ブルワーとして幸せなんじゃないかな。

「これでビールが造れない?」 食の宝庫、道の駅のつながりで委託醸造が急増

2018年、JR浜松駅から徒歩8分程の飲食店が集まるエリアにオープンしたのが「Octagon Brewing」です。運営するのは、地元浜松を中心に不動産事業や複合娯楽施設を経営する丸八不動産グループ。古いビルや空き家のリノベーションを通じて中心市街地の活性化に取り組む中で、地域のコミュニティや新たな文化が生まれる都市型ブリューパブにたどり着きました。浜松に活気を取り戻すべく、浜松初のビールイベント「浜松クラフトビールフェス」を立ち上げるなど、静岡県西部のビール文化発展を目指すブルワリーです。ヘッドブルワーの千葉恭広さんにお話を聞きました。

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2020年3月から11月まで、コロナ禍でパブ営業は休業せざるを得ませんでしたが、ありがたいことに醸造は続けられる状況で、むしろ大忙しでした(笑)。最初は飲食店用に樽詰めしていたビールをボトルに詰め直したり、ECサイトを開設したりして、ボトルビールの販売先を広げていましたが、最近はOEM(委託醸造)にタンクが占領されている状態です。最近多いのは道の駅用のビールですね。

2019年から、愛知県豊橋市のお米やレモンを使ったオリジナルビールを「道の駅とよはし」で販売していますが、それをきっかけに生産者の方々とつながっていきました。農家も新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を受けて、野菜や果物など農作物の販売先を失った状態です。そこで「これでビールが造れない?」って。農産物を使ったビールのご相談は多いですね。他にも飲食店のオリジナルビールやアスリートとコラボしたハードセルツァー(※1)など、数々のOEMを造ってきました。委託醸造は毎回勉強になりますし、副原料のバラエティが増えるだけ経験値も上がります。でもアレだけは二度とやりたくないですね。――うなぎパイ(笑)。うなぎパイのヘイジーIPAは、ろ過工程だけで8時間もかかってグッタリしました。うなぎパイの香ばしさや風味は再現できたんですけどね……(苦笑)。

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ビールと意外な相性を見せてくれたのが「クロモジ(黒文字)」という木の枝。

独特の爽やかな香りがあって、アロマオイルの原料や和菓子に沿える爪楊枝として使われる香木です。浜松北部の天竜地区で林業を営む方からいただいたクロモジのチップをビールに漬け込んでみたんです。スギやヒノキはビールに使われることが増えてきましたが、クロモジは珍しくておもしろそうだと思って。するとビールにすごくきれいなアロマがついた。「こんなに合うんだ!」と新鮮な驚きでしたね。日本にはビールと相性の良い素材がたくさんあると思います。

個性的な素材を使ったり、新しいビアスタイルにチャレンジしたり、さまざまな商品をリリースする中でも一貫して目指しているのは「きれいなビール」です。雑味や引っ掛かりなど味に悪影響を及ぼすものを徹底的に排除して、スムーズに飲めるクリーンなビール。それが私の理想です。

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その理想を100とすると、まだ一度もベストに到達したことはないですね。

最も近づいたのは、「ブレイクアウェイIPA」のファーストバッチ。最初に仕込んだブレイクアウェイIPAが最高点でした。もちろん、ベストに近づけるために日々ブラッシュアップしていますが、正直まだあのときの感動には届かないです。経験を重ねるたびに下ブレが減って一定の品質はキープできていますが、自分が心底“ 完璧 ”と思えるものはまだ先ですね。ブルワーとして、死ぬまでに一度はそう思えるビールが造ってみたいものです。いや、たった一度でも造れたら幸せなんじゃないかな。

それだけビールは繊細なものですし、とてもデリケートです。

まだまだ力不足を感じていますが、Octagn Brewingでビールを造るようになって4年。クラフトビールの認知度が上がってきたという肌感覚はあります。静岡県の中でも1990年代から続く醸造所が多い伊豆半島や、商業の中心地の静岡市がある県中部と違って、県西部の浜松ではクラフトビールがあまり知られていませんでした。そんな状況から見てきたので、オクタゴンのビールをきっかけにビール好きになってくれた人や、クラフトビールの魅力を知ってくれた人がいるのは本当にうれしいです。私がブルワーを目指して2002年にドイツに渡ったきっかけが、「ビールの多様性やおもしろさを日本で広めたい」という思いだったので。浜松でオクタゴンを立ち上げた目的=クラフトビールを軸にして浜松のまちを盛り上げたい、という願いが少しずつ形になってきたのを実感しています。

※1 フレーバー付きのアルコール入り炭酸飲料。低アルコールかつ低カロリーのドリンクで、近年アメリカを中心に世界的な人気を呼んでいる。

クラフトビールを軸にした浜松の再生計画。 ここなら!と、理念に共感しました。

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2011年にドイツで取得した「Diplom Braumeister(ディプロム ブラウマイスター)」は、ビール醸造の国家資格です。

ビールの世界に入るきっかけは、学生時代に出合ったベルギービール。

味の多様性や奥深い世界にすっかり魅了されて、卒業後に働きながら渡航資金を貯めてドイツのミュンヘン工科大学の醸造飲料工学科に留学しました。日本もそうですが、学問としてビールをきちんと学べる教育機関というのがとても少ないんです。

ご存知のようにドイツはビール大国。

どの街や村にもローカルブルワリーがあって、みんな自分が暮らす土地のビールを好んで飲んでいます。日常に当たり前のようにビールがある環境で約5年間、一時帰国した時期もあったので通算で8年ぐらい学びました。大学のカリキュラム修了後は、ドイツ国内のフライベルガー醸造所やヴァイエンシュテファン研究醸造所で実地研修生として勤務しています。留学中はドイツ語に苦労しましたが、専門機関で基礎から醸造知識や技術を学べたことはとても貴重な経験です。醸造の技術的なことは難しくても興味があったので楽しかったんですが、授業もテストも論文も当然ドイツ語なので、それがしんどかったですね(笑)。

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Octagn Brewingの代表 平野からメールをもらったのは、東京で2年ほどブルーパブの立ち上げや若手ブルワーの技術アドバイザーをしていたときです。浜松のまちづくりに掛ける思いやクラフトビールに期待する未来の話にとても共感して、「ここなら自分の経験を活かすことができて、表現したいビールが造れそうだ」と、ピンときたんです。

クラフトビールがさかんな海外のように、ビールを軸として浜松のまちににぎわいが戻って、それが日本のビール業界を盛り上げるフックになるなら、と。ビールを通じて自分がやりたかったことが実現そうだと思って、2017年に浜松に拠点を移しました。

同時期に県内で数か所の醸造所が立ち上がり、浜松で初めてのビールイベントも開催されるなど、ここ数年で静岡のビール文化が勢いを増してきています。ワクワクしますよね。

今、私が個人的に興味を抱いているのが、大麦の麹と発芽させない大麦を使ったビール。

つまりモルトを使わないビールです。実はドイツ留学中に試してみたことがあるんですが、そのときはうまくいきませんでした。ビール造りに日本独自の発酵文化を取り入れて、日本らしさを追求したビールに挑戦してみたいと思っています。新しいことにはリスクも伴いますが、なによりも楽しみですね!

取材・文/山口 紗佳

鈴木オーナー

ビールはコミュニケーションの潤滑油。できれば誰かと一緒にオクタゴンのビールを共有してもらえたらうれしいですね。個人的には「ブレイクアウェイIPA」がおすすめ。ホップの香りをしっかり感じつつも苦味は控えめで、何杯飲んでも飲み疲れしませんよ!

OTHER BREWERIES

その他のブルワリー

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Monterey Brewing

長野県塩尻市

福島のおいしいビールをお届けすることが一番の恩返しになるから、技術を磨き続ける。

みちのく福島路ビールは、福島市郊外の丘陵にあるアンナガーデン内に1997年に創業された家族経営の醸造所。吾妻山系を臨むうつくしいガーデン内で、厳選された原料と地元の果物を使ってつくられるビールにはファンも多くいます。現在醸造長を務める吉田真二さんは、2009年にホテルの仕事からビール醸造の世界に飛び込みました。醸造への不安や、東日本大震災によって何度も壁に当たりますが、その度に手を差し伸べてくれたお客さんやブルワー仲間、家族がいました。多くの人たちとの助け合いの輪が、今のみちのく福島路ビールのおいしさにつながっています。

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福島路ビール(福島県)吉田 真二

福島県福島市

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カルテットブルーイング(長野県)椎名 将

長野県軽井沢町

もっと自由に!もっと面白く!もっと気軽に!クラフトビールを身近なものにしたい

「Vector Brewing」がある東京都台東区浅草橋は、下町の情緒が残るモノづくりの町。2016年に新宿で誕生した醸造所は、2017年に醸造の拠点を浅草橋に移し、常に“面白い”ビールを発信しています。それはクラフトビールをもっと自由で気軽に楽しんでもらうため。ユニークなデザインとネーミング、豊富なラインナップは初心者でも手に取りやく、クラフトビールファンをジワジワと増やしています。元銀行員でラガーマンだという異色の経歴をお持ちのブルワー三木敬介さんにお話を伺いました。

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VECTOR BREWING

東京都大田区

ビール文化が根づいたカナダのように、日本でもおいしいビールを気軽に

北海道の中部、石狩平野の中央にある江別市は、国産小麦の代表格として知られる「ハルユタカ」が生まれた土地。パンや麵、スイーツ、ビール醸造に適した国産品種がいくつも誕生した日本有数の小麦の産地です。札幌市の中心部から近く、空港や港湾へのアクセスも良いことから、生活に便利なベッドタウンでもあります。その江別自慢の「ハルユタカ」を使ってビールを醸造しているのが、2009年から江別市で醸造をしている「NORTH ISLAND BEER」。元ヘッドブルワーで現在は取締役工場長を務める多賀谷壮さんにお話を聞きました。

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NORTH ISLAD BEER(北海道)多賀谷 壮

北海道江別市

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