ビールの縁側

遠野麦酒ZUMONA のはなし

ホップの産地でビールに向き合い15年。 前進する遠野で、農家の思いを伝えるビールをひたむきに

民俗学者、柳田國男の著書『遠野物語』で知られる遠野市は、河童や座敷童子の伝説が息づくまちであると同時に、ホップの栽培面積日本一を誇る「ビールの里」です。半世紀以上に渡りホップを栽培してきた遠野市では、行政と生産者、企業が連携して遠野産ホップを活用した地域振興に取り組んでいます。ビールに合う地元食材のPRやホップ畑見学などツーリズムの展開、ビールイベントの開催など官民一体となった活動で近年注目を集める遠野。「遠野麦酒ZUMONA」ビールを醸造する上閉伊酒造も、その取り組みを支援する遠野市のブルワリーです。2005年からブルワーを務める坪井大亮さんにお話を聞きました。

「公務員はたくさんいるけど、ビールを造れる人は少ないよ」

 

実はTKプロジェクト(※1)が始まる前から遠野産ホップを使ってビールを造っていましたが、それほど注目されることがなくて反応が薄かったんです。遠野の知名度も低かったですし、ホップを栽培していることも知られていませんでした。東日本大震災のときは、震災需要といいますか、需要が増えた時期もありましたが、それも半年間ぐらい。ズモナビールの出荷量としてはずっと低迷していたんです。

 

1789年に創業した上閉伊酒造は、遠野市唯一の酒蔵として200年以上の歴史がある蔵元です。ホップの産地ということで1999年からビール造りを始めましたが、僕が上閉伊酒造に入った2006年は地ビールブームも過ぎ去って、業界は完全に冷え切った状態。90年代に開業したブルワリーが次々と倒産していった時期です。うちも例外ではなくて、外部にコンサルティングを依頼して事業の見直しをしていました。当時入社した僕は、実はビール自体に強い熱意や興味があるわけじゃなかったんです。そもそもあまりお酒も得意じゃなかったですし。

 

 

上閉伊酒造に入ったのは、アルバイト先だった観光客向けのお土産店で偶然募集を知ったから。公務員を目指していた僕は、県外の大学卒業後に実家のある遠野に戻ってアルバイトをしていましたが、地元の酒蔵でビール担当の欠員が出たからと誘われて収まったという感じだったんです。入社後すぐに前任者が退職したので、醸造設備会社のコンサルタントに醸造技術を一から教えてもらって、そこから最近まで15年間、2020年の春にアシスタントが入社するまでほぼひとりで醸造を担当していました。

品質管理には特に苦労しましたよ。ものづくりは好きでしたが、文系だったので醸造発酵の化学的な仕組みや設備機械の扱い方などの知識や経験がまったくありません。手順として一通りの造り方を教わっても細かいところまではわからない。だから想定外のトラブルやオフフレーバーが発生したときは、臨機応変に対応できないんです。

 

 

当時は他のブルワリーとの交流もなかったですし、相談できるのはそのコンサルタントだけ。イレギュラーがあればコンサルタントに相談して、技術的なアドバイスをもらって醸造する日々でした。一人で黙々とビール造りを続けていましたが、当時のズモナビールはいかにもお土産ビールだったので造ってもさっぱり売れません。それでも僕は「継続していれば、いつか良いことがあるだろう」と、ひたすらビールを造り続けていました。ある種の意地というか、そういった忍耐力や粘り強さは、職人に向いていたのかもしれません。それに加えて入社した頃、醸造コンサルタントに言われたことも頭に残っていました。「公務員はたくさんいるけど、ビールが造れる人は少ないよ」って。

 

地道にブルワーを続けようと思った言葉でした。

 

(※1)遠野市のホップ農家と50年以上栽培契約を結ぶキリンビールと遠野市が、ビールを軸とした地域活性化を図るために2007年に立ち上げた協働プロジェクト。日本産ホップの持続的生産体制を確立するために、「ホップの里からビールの里へ」をキャッチフレーズに、地域住民と連携したまちづくりに取り組んでいる。

 

ビールを取り巻く空気が変わって、 周りとの距離がどんどん近くなっていった

 

外に出る余裕がなくて業界内の付き合いがない状態でしたが、10年前に「同じ岩手だから」と、一関で開催されている「全国地ビールフェスティバル in 一関」にお誘いいただきまして。そこから年2回ほど県内のイベントに出るようになりました。

 

イベントは刺激になりますよね。ビールを飲んだお客様と直接接することができますし、横のつながりができたことで業界の動向やトレンドを知ったり、他のブルワーさんにビールに対する意見をもらったりして、品質向上に活かすきっかけになります。それを積み重ねるうちに、少しずつ出荷量も増えてきました。この5年で「地ビール」が「クラフトビール」として再び注目されはじめたことも追い風になったんでしょうね。

 

 

潮目が大きく変わったのは、2015年から始まった「遠野ホップ収穫祭」です。

 

TKプロジェクトが中心となって遠野産ホップのPRに力を入れ始めたことから、毎年8月に開催されているホップ収穫祭は年を重ねるごとに参加者が増え、遠野の知名度が一気に広がりました。ホップ農家やブルワリーをはじめとして、地元の企業や行政関係、地域の人たちが一緒になって取り組んできた活動が実を結んで、「ビールの里」として知られるようになったんです。さまざまな立場からホップやビール、遠野に関わる人たちの地道な努力によって空気が変わっていくのを肌で感じました。その中でホップの産地にあるブルワリーとして、ビールの魂を育む農家の思いをしっかりと伝えられるビールを造りたいと思うようになったんです。

 

それからは、海外産のホップとブレンドして使っていた国産ホップの比率を徐々に高めて、ホップの特徴を引き出す使い方を研究するようになりました。今では年間を通してほぼ100%遠野産ホップを使っています。15年前は2種類しかなかったラインナップも見直して、今はピルスナー、ヴァイツェン、アルトの定番3種類に加えて季節限定のビールも増やしました。特にホップの時期は「フレッシュホップピルスナー」「遠野雪華 HOPPY WEIZEN」「遠野の華」「Fresh Hop Harvest」と、遠野産ホップをさまざまなスタイルで楽しんでもらえるように充実させています。2019年からはJR東日本盛岡支社とのコラボで、遠野産ホップと釜石線沿線でとれる素材――大槌町の復興米や遠野産の小麦、住田町のイチゴを使ったビールを開発して、遠野エリアに足を運んでもらえるきっかけづくりも。さまざまな事業者が連携して、今ではみんなで遠野を盛り上げようとしています。

 

おかげさまでここ数年、遠野の結びつきは強くなりました。

 

お互いの距離がぐっと近くなったと思います。それでも遠野産ホップの人気とは逆に、栽培農家の数は減り、高齢化が進む遠野の街なかはシャッターの店が増えているのが現状です。進学や就職で県外に出て行った人は田舎に戻りません。遠野を本当の意味で盛り上げるためには、遠野に来て仲間になってもらう、移住者を増やすことが課題になってきます。そのためにブルワーとしてできることは、おいしい遠野産ホップのビールを造ること。

 

だから今日も明日も、僕はビールと向き合うんです。

 

取材・文/山口 紗佳

鈴木オーナー

ズモナビールを味わうときは、ぜひ遠野名物と一緒にどうぞ。ビールのおつまみ野菜「パドロン」や、国産ホップの若芽を練り込んだホップソーセージなど、同じふるさとの食と合わせて味わうと、ビールの里、遠野をより深く感じていただけると思います。

OTHER BREWERIES

その他のブルワリー

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Monterey Brewing

長野県塩尻市

福島のおいしいビールをお届けすることが一番の恩返しになるから、技術を磨き続ける。

みちのく福島路ビールは、福島市郊外の丘陵にあるアンナガーデン内に1997年に創業された家族経営の醸造所。吾妻山系を臨むうつくしいガーデン内で、厳選された原料と地元の果物を使ってつくられるビールにはファンも多くいます。現在醸造長を務める吉田真二さんは、2009年にホテルの仕事からビール醸造の世界に飛び込みました。醸造への不安や、東日本大震災によって何度も壁に当たりますが、その度に手を差し伸べてくれたお客さんやブルワー仲間、家族がいました。多くの人たちとの助け合いの輪が、今のみちのく福島路ビールのおいしさにつながっています。

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福島路ビール(福島県)吉田 真二

福島県福島市

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カルテットブルーイング(長野県)椎名 将

長野県軽井沢町

もっと自由に!もっと面白く!もっと気軽に!クラフトビールを身近なものにしたい

「Vector Brewing」がある東京都台東区浅草橋は、下町の情緒が残るモノづくりの町。2016年に新宿で誕生した醸造所は、2017年に醸造の拠点を浅草橋に移し、常に“面白い”ビールを発信しています。それはクラフトビールをもっと自由で気軽に楽しんでもらうため。ユニークなデザインとネーミング、豊富なラインナップは初心者でも手に取りやく、クラフトビールファンをジワジワと増やしています。元銀行員でラガーマンだという異色の経歴をお持ちのブルワー三木敬介さんにお話を伺いました。

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VECTOR BREWING

東京都大田区

ビール文化が根づいたカナダのように、日本でもおいしいビールを気軽に

北海道の中部、石狩平野の中央にある江別市は、国産小麦の代表格として知られる「ハルユタカ」が生まれた土地。パンや麵、スイーツ、ビール醸造に適した国産品種がいくつも誕生した日本有数の小麦の産地です。札幌市の中心部から近く、空港や港湾へのアクセスも良いことから、生活に便利なベッドタウンでもあります。その江別自慢の「ハルユタカ」を使ってビールを醸造しているのが、2009年から江別市で醸造をしている「NORTH ISLAND BEER」。元ヘッドブルワーで現在は取締役工場長を務める多賀谷壮さんにお話を聞きました。

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NORTH ISLAD BEER(北海道)多賀谷 壮

北海道江別市

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