ビールの縁側

乾杯から焼酎なんてことも珍しくない土地で、農家とともに宮崎の豊かな恵みを醸す

肥料まきや草刈り、収穫や剪定も。畑にいる時間が長いんですよ(笑)

太平洋に面した宮崎県のほぼ中央に位置する高鍋町は、宮崎県で最も面積の小さな自治体で江戸時代には高鍋藩の城下町として栄えたまちです。南北に10キロ以上も続くゆるやかで美しい海岸線には西日本有数のサーフスポットがいくつもあり、シーズンになると多くのサーファーが集まる人気スポットとして知られています。2019年6月に高鍋町の複合施設「blue moon」の一角にオープンしたビアバー「OMG!TAPROOM」と「阿波岐原(あわきはら)クラフトブルワリー」は、地元の豊かな農作物を使ったビール造りで高鍋町の発展を願うブルワリーです。オーナーの河野浩二さんにお話を聞きました。

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初めて醸造したビールでフラッグシップ商品の「Virgin Voyage」には、高鍋町の隣町、宮崎県木城町で採れたゆずを使っています。「Route58」は高鍋町産のゴーヤ、「Knee Deep」には川南町産の生姜、「Cinnamon Girl」は都農町産の安納芋、そして「Fantastic Voyage」には、へべすという日向市産の柑橘類、「Summer Breeze」には日向夏、「Tea For Two」は五ヶ瀬町産の茶葉、「Midas Touch」にはライチ。どのビールにも宮崎県内でとれる野菜や果物を使っています。

2019年4月に製造免許がおりてから、30種類以上は手掛けたでしょうか。

全国トップクラスを誇る日照時間と温暖な気候に恵まれた宮崎県は太陽と緑の国。種類豊富な農作物の宝庫なので、ビールに使う予定の素材がまだまだ控えています。

季節によってラインナップは違いますが、一貫したコンセプトは「Farm to Table」。

畑から食卓へ、地産地消です。地元でとれた季節の野菜や果物をビールに使い、個性豊かなビールを通じて農業を応援することで、地元の活性化につなげたい。そんな思いで私が立ち上げたのが「阿波岐原クラフトブルワリー」です。農業と一体のビールだから、栽培農家さんとのコミュニケーションは欠かせません。肥料まきや草刈り、収穫や剪定の手伝いなど、畑にいる時間が長いんですよ(笑)

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17本のタップを備えた「OMG!TAPROOM」では、ハンバーガーやガーリックシュリンプなど、地元食材を使った料理をビールと一緒に味わうことができます。2020年は新型コロナウイルス感染拡大防止のための休業を余儀なくされましたが、マリンスポーツのついでに寄ってくださるお客様でお店はにぎわっていました。太平洋の海岸線に面した高鍋町は、良い波に恵まれたサーフィンの人気スポットなんです。

2020年から宮崎の地物を扱うブルワリーとして、全国チェーンのスーパーで扱っていただけるようになったり、プロサッカーリーグJ3のチーム「テゲバジャーロ宮崎」とスポンサー契約を結んで、ホーム戦で勝った日には樽生ビールを半額で飲めるキャンペーンを企画したり、地元企業や農家さんと連携してさまざまな切り口でビールの魅力を発信しています。最近では1カ月に2~3件ほど委託醸造で仕込むことも。農家さんや飲食店同士のつながりで、県外からも「この食材をビールに使えないか?」というご相談が増えてきました。醸造規模が小さいので、小ロット製造の相談がしやすいようです。

日本酒や焼酎のように、クラフトビールも「地酒」として宮崎県、この高鍋町に根づかせたい。食事に合わせてビールを選ぶ楽しみを知ってもらいたいと活動してきて、ようやく少しずつですが、まいた種が芽吹き始めた実感を得ています。初めてビールをお披露目したときの反応といったら散々でしたから(笑)。

ご存知の通り、宮崎県は焼酎王国です。

普段飲むお酒といえば焼酎一択。「とりあえずビール」どころか、乾杯から焼酎なんてことも珍しくありません。ですから、慣れない苦みや香りに対する抵抗感も大きいんでしょうね。当初は「にがい」とボロクソに言われたことも……(苦笑)。覚悟していたとはいえ、馴染んでもらえるまでの道のりの長さを思うと気が遠くなりました。

でも裏返せば、それはビジネスとしてチャンスがあるということ。

未開拓で競争相手がいないということですから、自分で文化を作り、育てていくことができるわけです。どうすればお客様の心をつかめるのか、どうすればこのフィールドで勝負していけるのか、それを考えたときに選んだ事業がビールだったんです。

ほふく前進でもしっかりと大地を踏みしめて、地酒としてのビール文化を育てたい

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私が家業のガソリンスタンドを継ぐために、福岡から高鍋町に戻ってきたのが2005年。三代目として経営を任されましたが、高鍋町や周辺地域では1990年代から少子高齢化が進み、人口減少が続く状況でした。住民が少なくなれば、私の商売は成り立ちません。エコカーや低燃費自動車の普及によって年々ガソリン需要が減っているところに、免許返納で車を持つ人も減り続け、このままでは生き残れないことは明らか。学校や病院の統廃合が進み、目に見えて町から活気が失われていきました。仕事がなければ若い世代は町を出るしかない。そうやって人口流出が続けば、町として維持できなくなります。

ふるさとの存続に危機感を抱いた私は、高鍋町の活性化につながるもの、若い人が高鍋町に住みたくなるような新しい資源を探していました。同じように少子高齢化が進む全国の自治体を回り、参考になりそうな取り組みを調べていたところ見つけたのがクラフトビールでした。都市部のビアバーやブリューパブは活気にあふれ、その土地の農産物を使ったローカルブルワリーも雇用の創出や地域産業の発展に役立っていることがわかったんです。農業が盛んな高鍋町なら、地元農家と連携したビール造りができるにちがいない。

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高鍋町の課題解決に希望を見出した私は、町おこしとしてクラフトビール事業を手掛ける方に連絡をとり、島根県の「石見麦酒」を紹介してもらいました。石見麦酒は地元の農作物を活用したビールを小規模製造しているマイクロブルワリーです。私は2018年に5回ほど石見麦酒に通いながら醸造と経営を学び、立ち上げ準備を始めました。こうして2019年春に醸造免許がおり、初仕込みに丸一日かかったのが「Virgin Voyage」です。記念日やお祝い事の席で飲んでもらいたいという思いから、別名「祝目出度(いわいめでた)」と名付けています。とりわけ思い入れの強いビールですね。

ビールは人に感動を与えられるモノづくりだと思います。

自分の手で造ったビールをお客様がおいしそうに飲んで、目の前で笑顔になる様子を見ると励みになりますし、農作物を育てた農家さんに「できましたよ」と、サンプルのビールを持って行くと、初めはその香りや苦味に驚かれながらもすごく喜んでいただけるんです。ふるさと納税の返礼品として選ばれるとPRにもなりますし、相手の反応を近くで見られるのもうれしいですね。

焼酎と比べたらビールの地位はまだまだですが、大事なのはあきらめずに活動を続けること。ほふく前進のような歩みでも、しっかりと大地を踏みしめて、農家さんと宮崎の恵みを活かしたビール造りでビール文化を育てていきたいと思います。

取材・文/山口 紗佳

鈴木オーナー

宮崎の自然の恵みと農家さんの愛情が込められたビールです。キャンプやBBQ、お花見、海水浴やマリンスポーツなど、高鍋町にはアウトドアレジャーを楽しめる場所がたくさんあります。飲ん樽を現地引き取りにして、ぜひ高鍋町の自然を感じながらビールを味わってみてください。

OTHER BREWERIES

その他のブルワリー

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Monterey Brewing

長野県塩尻市

福島のおいしいビールをお届けすることが一番の恩返しになるから、技術を磨き続ける。

みちのく福島路ビールは、福島市郊外の丘陵にあるアンナガーデン内に1997年に創業された家族経営の醸造所。吾妻山系を臨むうつくしいガーデン内で、厳選された原料と地元の果物を使ってつくられるビールにはファンも多くいます。現在醸造長を務める吉田真二さんは、2009年にホテルの仕事からビール醸造の世界に飛び込みました。醸造への不安や、東日本大震災によって何度も壁に当たりますが、その度に手を差し伸べてくれたお客さんやブルワー仲間、家族がいました。多くの人たちとの助け合いの輪が、今のみちのく福島路ビールのおいしさにつながっています。

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福島路ビール(福島県)吉田 真二

福島県福島市

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カルテットブルーイング(長野県)椎名 将

長野県軽井沢町

もっと自由に!もっと面白く!もっと気軽に!クラフトビールを身近なものにしたい

「Vector Brewing」がある東京都台東区浅草橋は、下町の情緒が残るモノづくりの町。2016年に新宿で誕生した醸造所は、2017年に醸造の拠点を浅草橋に移し、常に“面白い”ビールを発信しています。それはクラフトビールをもっと自由で気軽に楽しんでもらうため。ユニークなデザインとネーミング、豊富なラインナップは初心者でも手に取りやく、クラフトビールファンをジワジワと増やしています。元銀行員でラガーマンだという異色の経歴をお持ちのブルワー三木敬介さんにお話を伺いました。

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VECTOR BREWING

東京都大田区

ビール文化が根づいたカナダのように、日本でもおいしいビールを気軽に

北海道の中部、石狩平野の中央にある江別市は、国産小麦の代表格として知られる「ハルユタカ」が生まれた土地。パンや麵、スイーツ、ビール醸造に適した国産品種がいくつも誕生した日本有数の小麦の産地です。札幌市の中心部から近く、空港や港湾へのアクセスも良いことから、生活に便利なベッドタウンでもあります。その江別自慢の「ハルユタカ」を使ってビールを醸造しているのが、2009年から江別市で醸造をしている「NORTH ISLAND BEER」。元ヘッドブルワーで現在は取締役工場長を務める多賀谷壮さんにお話を聞きました。

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NORTH ISLAD BEER(北海道)多賀谷 壮

北海道江別市

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