MARCA BREWING(大阪府)のはなし
好きな場所で好きな道具を使い、好きなものをつくる。
私にとって、ビールは理想のモノづくりが叶う職。
MARCA BREWING
大阪市西区
おしゃれなカフェや飲食店、個性的なインテリアショップが並ぶ街として人気の堀江エリア。大阪メトロ西長堀駅からすぐ、住宅街の落ち着いた雰囲気に包まれる場所で、2015年にブルーパブとしてオープンしたのが「MARCA BREWING」です。工場拡張のため2019年3月に飲食営業は終了し、現在は大正区の複合施設「TUGBOAT TAISHO(タグボート大正)」内の「Beer stand MARCA」でMARCAのビールを飲むことができますが、醸造は北堀江の創業地で続けています。ヘッドブルワーの神谷みずきさんにお話を聞きました。
生産プロセスは車もビールも同じ。 でもビールなら、形になるまで携われる
目的をもって商品を企画して、企画に沿ってデザイン案を考えて、具現化するために設計して、(場合によっては試作や評価をして)製造して、販売する。一連の商品開発のプロセスは車もビールも同じです。ただ、部品や工程の多い車の製造では、携わる部署や担当者の数も膨大で、自分で手掛けられる部分はごく一部。カーデザインの仕事もさらに細かく分業されています。大きな組織の中で働くので、基本的には決められたパーツを使い、決められた道具で、決められた仕様に沿ってスタイリングします。
ゼロから最後まで手掛けようと思ったら、自分でメーカーを立ち上げて社長になるしかありません。とても現実的じゃないですよね。でも、ビールなら社長になれる(笑)。自分でブルワリーを立ち上げれば、好きな場所で好きな道具を使って、企画設計から完成まで、商品が形になるまでを見届けられるんです。自由なモノづくりができる。カーデザインの仕事も充実していて好きでしたが、自分にとって「自己完結型のモノづくり」という理想が叶うのが、ビールだったんですよね。
幼い頃から絵を描いたり、工作したり、モノを作ることが好きだった私は、武蔵野美術大学で工業デザインを専攻。卒業後は車好きだったことから、トヨタ自動車のカーデザイナーとして6年半ほど外観・ボディのデザインを担当していました。結婚を機に、愛知から夫の職場のある大阪に引っ越したので、仕事もダイハツ工業に転職。ダイハツでは内装も含めたデザインを6年半ぐらい手掛けていましたね。そして息抜きによくビールを飲んでいました。冷蔵庫に通販で買ったドイツのクロンバッハの5L樽を常備していたんです(笑)。電源や特別な機材がいらず、専用コック付きなので、いつでも好きなときに好きなだけ飲めるんです。切らさないように何個も置いていましたね(笑)。
海外のビールを飲み始めて感動したのはヴァイツェン。
苦味がなくフルーティで、今まで飲んだことがないおいしさだったでした。
それから海外出張でさまざまなビールを飲んでいた夫の影響もあって、ベルギーやアメリカのビール、やがて関西周辺のビアバーやブルワリーで国内のクラフトビールも飲むようになりました。そのうちモノづくりとしてのビールを追求してみたいと思うようになったんです。ブルワーが一連の作業を最後まで行う、自己完結型のモノづくりがやってみたい。こうしてブルワーになることを決めました。
設計はできるけど、営業を知らない。 飲食業までは考えていなかったんです。
醸造技術はどこかの醸造所で働きながら習うことも考えましたが、うまい具合に見つからなくて、なんとか自分でノウハウを身に着けました。品質に定評のあるブルワリーで講習を受けたり、自分で文献を調べたり、仕込みの見学をしたり、ブルワーの諸先輩方からさまざまなフォローをいただいて、3年ぐらいかかったでしょうか。
醸造設備は商業ブルワリーとして、一定の品質が保てるレベルの設備が良いと思っていました。おいしいビールを造るためには、ある程度の設備投資が必要なんです。でも既製品のユニットシステムはとっても高価なんですよ。かといって、最低限の寸銅鍋で造るとなると、作業効率も劣るし衛生管理も難しい。だから、できるだけコストを抑えるために、必要なものを設計して製缶メーカーに発注、中古の設備と合わせて使うことにしました。この限られたスペースを最大限に活用するために、設置場所のサイズを測って、必要な容量や構造、機能などの仕様を決めてケトル一つずつオーダーしたんです。こうして2015年の4月に免許を取得して、ブルーパブとしてオープンしました。
本当は、飲食までやるのは難しいと思っていました。
シンプルにメーカーだけ、醸造所だけで良かった。「売ること」まで考えていなかったんですよね。デザインではお金を使って設計するところまでが仕事だったから、「モノを売って稼ぐ」という経験がなくて。でも、造ったからには、営業して売って稼がなきゃいけない。経営していくために、ビールを料理と合わせて提供することで、よりたくさん飲んでもらえるブルーパブという業態でスタートしました。
よく聞かれるんですが、「MARCA」は、夫の実家にあったみかん収穫用のコンテナにあったマークからヒントをもらいました。丸囲みに「カ」と書かれていたのが、たまたま目に入ったんです。調べたら「MARCA」はスペイン語で「ブランド」という意味があることがわかって、凝り過ぎた名前も避けたいと思っていたので、ちょうどいいやって(笑)。
ビール造りでは「わかりやすさ」とビアスタイルのガイドラインを大切に、スタンダードらしいものにしています。フルーツやコーヒーなど、副原料を使うものは素材のキャラクターが引き立つもの。狙いがわかりやすいものがいいですね。名前もシンプルにして、説明しなくても見てすぐに狙いがわかるものを意識しています。
たとえば定番商品の「コーヒーアンバー」は、コーヒービールとしては珍しいアンバーエールをベースのスタイルにしています。親戚が営むロースターの焙煎したての浅煎りコーヒーがとてもおいしくて、豊かな香りが一番引き立つスタイルを選んだらアンバーだったんです。この「コーヒーアンバー」や、麦芽とコーヒー豆を通常の2倍使った「ダブルコーヒーアンバー」は審査会で受賞することができて、「コーヒーアンバー」はすっかり看板銘柄になりました。オーダーも多いので、すぐに完売することも。
開業から6年目を迎えて引き合いは増えましたが、開業時の設備では製造量に限りがあるので、2019年3月に醸造所での飲食営業は終了。厨房や飲食スペースを潰して、そこに醸造設備を増やしました。直営タップルームは、2020年1月に大正区にオープンした飲食施設内に移転という形で営業しています。工場でも試飲はできますが、あくまで製造がメイン。ようやく「メーカーをやりたい」という私の理想形になったところです(笑)。
それでも手狭なので、もうちょっと拡張したいところですね。今は設備の都合上、他社でボトルビールの充填をお願いしていますが、いずれはボトリングも自社で済ませたい。自分のところで完結できるモノづくりがいいですから。
今でもやっぱり売ることは苦手。
できれば造ることだけを考えていたいです(笑)
取材・文/山口 紗佳
私自身も5Lの樽を買って好きなときに好きなだけ自分で注いで飲んでいたので、「ビールの縁側」にシステムに共感できるんです。樽生の宅配サービスを個人利用できるっていいですよね。おいしい状態のビールを自由に楽しんでもらえたらいいと思います。
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