ビールの縁側

南横浜ビール研究所のはなし

挑まなければ経験値は上がらない。
考えれば考えるだけ、ビールはおいしくなるんですよ。

神奈川県横浜市金沢区。
横浜市の最南端で三浦半島の東側に位置する金沢区は、豊かな自然環境が特徴です。横浜市唯一の自然海浜である野島海岸や海水浴場海の公園など八景島マリーナとともに、マリンアクティビティの場として人気を集めています。蛍も見られる金沢自然動物公園や金沢市民の森など緑も豊富で、海と山の自然が楽しめる地域です。そんな風光明媚な金沢文庫エリアに2016年3月にオープンしたのが「南横浜ビール研究所」、別名「BEER LABO(ビアラボ)」。醸造責任者を務める荒井昭一さんにお話を聞きました。

リヤカーもビールも、モノづくりのアプローチは同じ。

 

たとえば、ビールが苦手な人が真っ先に挙げる「苦味」。苦味はホップを使うことでビールに与えられるものですが、苦味にも“質”があって、なめらかで角がとれた苦味であれば、不快感の少ない心地よいものとして感じられるんです。具体的には、ホップに含まれる苦味成分のフムロンとコフムロンのうち、えぐみのような不快感を与えるコフムロンを抑えて、クリーンで好ましい「フムロン」を優先するための設計をします。そうすると、ホップを大量に使うW-IPAでIBU(※1)が100あっても、飲みやすくてマイルドに感じられるんです。

 

 

ビールの専門用語で言うと、「ドリンカビリティ(飲みやすさ)」の追求ですね。

 

全体のコンセプトとして、“いつ誰が飲んでもわかりやすくおいしいもの”を造るためにビールを設計しています。その「わかりやすいおいしさ」を紐解いていくと、誰でも簡単に感じることのできるおいしさ、何杯でも飲みたくなるドリンカビリティに行き着くんですよ。

 

その完成イメージを具体化するために、どう設計していくか、その再現プロセスを考えるのが楽しいんですよね。目指す味を出せる設計のために必要なもの、不要なものを考えて要素を組み立てていく。根っからの職人気質なんですよ(笑)。モノづくりの仕組みから考えることが体に染みついているんでしょうね。

 

ブルワーになる前に経営していた製造業で、リヤカーの設計から製作をしていた経験も活きています。農作業から災害、救援活動の運搬作業に使える実用性の高い装置を作るために、設計から開発、組み立て、金属部品の溶接までしていましたから。

 

前職の廃業が決まった2014年、高橋から「地元で一緒にクラフトビールを造らないか?」と持ち掛けられたのは、そういった堅実な考え方と趣味嗜好の感覚値が合うところがポイントだったのだと思います。

 

南横浜ビール研究所の経営者は荒井さんの高校の同級生である高橋慎太郎さん。金沢文庫駅東口で2005年から焼き鳥屋を営んでいます。

 

店での話題はたいてい日本酒。高橋のおすすめの銘柄を飲み比べして日本酒談義に花が咲きました。日本酒にハマる前はワインと焼酎。高橋とは好みの感覚が近いことと、経営者としての手腕は信頼できるものでしたから、誘われたときは二つ返事で引き受けました。迷いはゼロです(笑)。地元にしっかり根をはって、地域の人に愛される店を切り盛りする高橋を見て、残りの人生を地元のためになる仕事に生きるのも悪くないと思ったんです。

 

ただ、二人ともクラフトビールに関しては素人。

 

そこで焼き鳥屋を手伝いながら、マイクロブルワリーの起業化支援もしていた大田区の「羽田ブルワリー」で経験を積みました。こうして2016年3月に免許取得、3月20日に初仕込みをして4月にブリューパブとしてオープン。免許と設備、ビールを造れる条件が整ったら、あとはひたすら技術を磨くのみ。

 

リヤカーもビールも、モノづくりの基本的な考え方は同じなんです。

 

作りたいものに必要なものを下調べして、図面の設計をする。その設計に基づいて製品を開発。できた製品を評価・検証して、より良いものをつくるために不具合があればフィードバックする。そのサイクルです。

 

不安定な要素をひとつずつ潰していく。

 

うちの醸造設備はアナログでシンプル。

 

高度に複雑化した設備じゃないからこそ、仕組みを理解していればトラブルが発生したときも対処しやすいんです。そして新しいものを造るときは、素材や工程をしっかり分析して、仕込み前に何度も計算してシミュレーションします。

 

準備と計算に基づく計画が功を奏したのか、今まで400回ほど仕込みをした中で大きく外したのは2回。乳酸菌が混入して汚染してしまったことと、ポーターに香りを与えるために使ったカカオニブで想定以上の鉄臭さが出たこと、失敗はこの2回です。

 

そこで雑菌混入の失敗をきっかけに、ガラッと手法を変えました。

 

通常、ビール酵母は何回も繰り返し使うので発酵が終わるとタンクから回収します。その酵母を回収せず、新しい酵母を使うことにしたんです。つまり一回使い切り。デリケートでコントロールの難しい酵母を扱わないことで、事故が起こりうる可能性を取り除きました。コストはかかりますが、常に同じ状態・条件の酵母を使うことで活性化したときの発酵状況も予測しやすくなります。

 

こうして新しい試みが成功すると、ワンランクレベルアップするんです。

 

それが品質向上につながって、ジャパンブルワーズカップ(※2)やジャパン・グレートビア・アワーズ(※3)で入賞するようになりました。ビールの評価はお客様の感想も参考にしますが、醸造技術を確かめる指標として、客観的な視点で審査するコンテストは大きな目安です。磨いてきた技術力で勝負を挑みたいという気持ちもありますよ。権威あるコンテストでの成果は、「現状に満足せず、さらなる高みを求めて技術を磨きなさい」と、受賞者として義務を負ったものと考えています。

 

ビールは考えれば考えるほど、おいしくなるんです。

 

最初こそ先輩や先人の指導を受けてスタートしても、試行錯誤を重ねてアレンジや改善を加えていかないと、いつまでたっても経験値は上がらない。教えてもらうだけじゃ自分たちのビールは造れないんです。トライ&エラーを繰り返した結果がビールに表れるのがおもしろいし、それが実力と自信につながっていく。

 

この1年で特にそれを感じました。

 

おかげさまで、2020年はコロナ渦でも大きく売上は落ち込まず、むしろ引き合いが増えています。在宅勤務が増えたせいか、ネット通販でボトルビールを購入した地元のお客様が気にいって来店してくださるなど、新規のお客様やリピーターも増えました。地元の人が親しみやすいビールを目指していたので、それは大いに励みになりますね。

 

うちは名前の通り「研究所」ですから、今の設備でどこまで世界に通用するのか、モノづくりの技術者として挑み続けたいです。

 

(※1)International Bitterness Units(国際苦味単位)の略。ビールの苦味を表す指標でホップの成分から算出される計算上の数値。IBUの数値が高いほど苦味が強いとされるが、甘みが強いと苦味が感じにくくなるため、実際の感じ方とは異なる。

 

(※2)ブルワーによるブラインドテイスティングで審査するビール審査会。

 

(※3)日本国内で醸造されるビールに特化した日本地ビール協会主催の審査会

 

取材・文/山口 紗佳

鈴木オーナー

毎回工程ごとにひとつひとつ不安要素を取り除いて、おいしくなる要素を組み立てていく。そういった地道なモノづくりで、おいしさを追求しています。計画通りのビールができたときの達成感はひとしお。でも、それも現時点での到達点です。さらなる完成形を目指して研究を重ねていくので、皆さんのビールの感想をぜひ聞かせてください。

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Monterey Brewing

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福島のおいしいビールをお届けすることが一番の恩返しになるから、技術を磨き続ける。

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もっと自由に!もっと面白く!もっと気軽に!クラフトビールを身近なものにしたい

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ビール文化が根づいたカナダのように、日本でもおいしいビールを気軽に

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NORTH ISLAD BEER(北海道)多賀谷 壮

北海道江別市

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