ビールの縁側

高純度のナイトロビールに吟醸ヴァイツェン、出汁エール 素材や人、文化の化学反応でも“発酵”が進むんで…

カフェのバイトで憧れた接客とモノづくり どちらも叶うのがブルーパブでした。

東京都昭島市。
東京都のほぼ中央に位置し、緑豊かな住宅都市として人気の昭島市は、東京都で唯一深層地下水を水源とする水に恵まれたまち。1961年に世界的にも珍しいクジラの全骨格の化石が発掘されたことから、「アキシマクジラ」が市のシンボルになっています。そんな水とクジラのまち、昭島市で2018年に誕生したのがイサナブルーイング。JR青海線昭島駅から徒歩3分の「イサナブルーイング ブルワリー&ロースタリー」では、ビールとともに、自家焙煎のコーヒーも提供しています。代表でブルワーの千田恭弘さんに話を聞きました。

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昭島市では、1961年に河川敷で新種のクジラの全骨格が発掘されたのを機に、シンボルとして市内の各所でクジラが使われているんです。昭島市でブルワリーを起こすからには結びついた名前にしたいと思いましたが、ストレート過ぎるのも面白味がないですよね。そこで「勇魚」にピンときたんです。「イサナ」は、漢字だと「勇魚」と書くクジラのことで、万葉集の和歌で詠まれています。昔の人は、クジラを勇ましい魚だと思ったんでしょうね。ロゴマークは、ビール醸造で使うコニカルタンクとクジラを組み合わせたもの。デザイナーの友人が、僕の意図を汲んでさりげなくレイアウトしてくれました。

昭島市に構えたのは、暮らし慣れた自分のまちで開きたかったことと、おいしい水が決定打です。昭島市は、地下70mより深い層を流れる深層地下水のみを水道に使っている都内で唯一の自治体。蛇口からミネラルウォーターが出てくるようなものです。ビールの品質に関わる水がおいしいこともあって、2017年に会社員を辞め、合同会社を設立しました。それまで1年かけて起業準備を重ねてきたものの、サラリーマンを辞める決断は、ギリギリまで悩みました。安定収入が見込める安心感は大きいですからね。

そもそも僕がビール造りに興味をもったのは、2013年に小樽ビールの醸造所を見学したこと。参加者が僕一人でも、ブルワーさんが丁寧に説明してくださったんです。その後に飲んだ「小樽ヴァイス」のおいしかったこと! そこからビール醸造を考えはじめて、各地のブルーパブやブルワリー巡りへ。伊豆、修善寺のベアードブルーイング、反射炉ビヤ、沼津のRepubrewではヘッドブルワーの畑さんに話を伺うなど、ブルワリーを回って情報を集めました。

モノづくりが好きで、興味の幅が広かったんですよ。

大学では工学部で機械設計を学んで、卒業後からメカニカルエンジニアとして働いていました。10年間、機械メーカーや半導体製造装置メーカーで航空宇宙産業向けのセンサー開発などをしていましたが、一方でカフェにも興味があって、いつか脱サラしておいしいコーヒーを出すカフェを開く夢を抱いていました。きっかけは大学時代のアルバイト経験から。スターバックスで4年間働いて、接客のおもしろさを知って、コーヒーが人をつなぐコミュニケーションツールになることを実感したんです。僕のことを覚えて来店してくださるお客様もいて、やりがいを感じました。とはいえ、実際にカフェだけで生計を立てるのはとても大変で、起業に踏み切る自信が持てませんでした。

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そこで、たどり着いたのがビールという製造業で、ブルーパブという接客業。

コーヒーと同じように、ビールも人との距離を近づける飲み物ですよね。そして、どちらも「苦味」という共通点がある。苦いってネガティブなイメージなのに、コーヒーもビールも気持ちが癒されたり、陽気な気分になったり、笑顔にしてくれる飲み物です。イギリスのパブ文化を深く知るにつれて、接客をしながらビールや食事と一緒にコーヒーも提供できたらやりがいも大きいと思って、ビールとコーヒー、2本柱のブルーパブを目指しました。テーマは「苦い飲み物でみんなを笑顔にするFactory & Laboratory」です。

お店ではビールを飲んだあとの〆でコーヒーを飲む人もいますし、ご夫婦やカップルのどちらかがビールは苦手だったり、ハンドルキーパーで飲めなかったりしても、パートナーがビールを楽しむ間においしいコーヒーをゆっくり味わえます。お二人とも笑顔になれるので、このスタイルにして良かったなぁと思います。

ビールは「変化点」の多い飲み物だから 抽出方法や飲み方ひとつで味が変わる。

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醸造技術は2016年から、奥多摩町のブルワリー「Beer Cafe VERTERE」で習いました。VERTEREのビールが好きだったこと、何より皆さんのビールに向き合う姿勢にも感銘を受けて、ここで学びたいと思ったんです。休日や有休を使って月1~2回、1年ぐらい通って、会社員を続けながらの開業準備です。ロースタリー併設なので、自家焙煎についても地道に勉強しました。こうしてブルワーとして生きる決心がついて会社員を辞めたのが2017年、2018年8月には無事、製造免許が取得できました。

コンセプトに「Laboratory」(実験室)とあるのは、ビール醸造は実験要素もある飲み物だから。ビールは味に影響する「変化点」が多い飲み物です。使う材料から設備環境、製造工程でも温度や時間が変わると、味もガラリと変わります。それだけ繊細な反面、遊べることも多いので、大人が真面目に遊ぶ場にしたいと思ったんです。

たとえば、イサナの代名詞でもあるナイトロビール(※1)

初めて飲んたときにおいしさに衝撃を受けて、自分でもできないかとガス屋さんに相談してみると、通常ナイトロビールで使う二酸化炭素と窒素の混合ガスではなく、高純度の窒素ガスが使えることがわかったんです。さらに、スタウトやポーターの黒ビールで提供するイメージのあるナイトロですが、他のスタイルのビールを抽出してみたらこれがおもしろくて! 今では4タップがナイトロ用です。特にハイアルコールとの相性が良いですね。例えばW-IPAのナイトロ版だと、口当たりはやさしいのに後からガツンとアルコール感やモルトの甘味が追いかけてくるんです。通常版とナイトロ版の飲み比べもおもしろいんですよ。

独創的なものだと、田村酒造とコラボした「吟醸ヴァイツェン」も。

福生市にある蔵元の純米吟醸用の米麴を使って発酵したヴァイツェンで、酵母由来のフルーティな香りに日本酒らしい風味も加わって、とてもまろやかで良い香りなんです。さらにこれを日本酒で割るハーフ&ハーフもおすすめ。イサナでは日本酒割りで飲むビールもあるんですよ(笑)。

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最近では、ビアジャーナリストでうどん職人でもある服部貴さんと「うどん出汁エール」を造りました。実際に煮沸釜で利尻昆布と片口いわし、鰹節で本格的に出汁とってベルジャン酵母で発酵させたんです。麦汁の段階では強烈な生臭さを放っていてこれは失敗かと思ったんですが、発酵温度を下げたら香りも落ち着き、すっきりした味に。想像以上に、おいしいビールに仕上がりました(笑)。焼きあごなど、だしの素材を変えたら味わいも変わりますし、出汁エールのナイトロバージョンという楽しみも。

さまざまな人や素材、新しいカルチャーが出会うことで、ブルワーの自分一人では到底考えつかないようなビールが次々と誕生するんです。そういった化学反応を形にするのがこのイサナブルーイング。予想を超えた、苦い飲み物が生まれる場所です(笑)。

(※1)ビールを抽出する際に、二酸化炭素の代わりに窒素ガスを高圧で溶け込ませたビール。クリーミーな泡と滑らかな飲み心地が特徴。

 

 

取材・文/山口 紗佳

鈴木オーナー

アルコール度数が低くて炭酸と苦味も控えめな「オーディナリービター」といった伝統的なスタイルと、
「吟醸ヴァイツェン」のようなオリジナリティを追求したものを造っています。
飲み方で味わいが変わるのもビールのおもしろいところ。お店自慢のナイトロビール版も、ぜひ飲みに来てください!

OTHER BREWERIES

その他のブルワリー

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Monterey Brewing

長野県塩尻市

福島のおいしいビールをお届けすることが一番の恩返しになるから、技術を磨き続ける。

みちのく福島路ビールは、福島市郊外の丘陵にあるアンナガーデン内に1997年に創業された家族経営の醸造所。吾妻山系を臨むうつくしいガーデン内で、厳選された原料と地元の果物を使ってつくられるビールにはファンも多くいます。現在醸造長を務める吉田真二さんは、2009年にホテルの仕事からビール醸造の世界に飛び込みました。醸造への不安や、東日本大震災によって何度も壁に当たりますが、その度に手を差し伸べてくれたお客さんやブルワー仲間、家族がいました。多くの人たちとの助け合いの輪が、今のみちのく福島路ビールのおいしさにつながっています。

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福島路ビール(福島県)吉田 真二

福島県福島市

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カルテットブルーイング(長野県)椎名 将

長野県軽井沢町

もっと自由に!もっと面白く!もっと気軽に!クラフトビールを身近なものにしたい

「Vector Brewing」がある東京都台東区浅草橋は、下町の情緒が残るモノづくりの町。2016年に新宿で誕生した醸造所は、2017年に醸造の拠点を浅草橋に移し、常に“面白い”ビールを発信しています。それはクラフトビールをもっと自由で気軽に楽しんでもらうため。ユニークなデザインとネーミング、豊富なラインナップは初心者でも手に取りやく、クラフトビールファンをジワジワと増やしています。元銀行員でラガーマンだという異色の経歴をお持ちのブルワー三木敬介さんにお話を伺いました。

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VECTOR BREWING

東京都大田区

ビール文化が根づいたカナダのように、日本でもおいしいビールを気軽に

北海道の中部、石狩平野の中央にある江別市は、国産小麦の代表格として知られる「ハルユタカ」が生まれた土地。パンや麵、スイーツ、ビール醸造に適した国産品種がいくつも誕生した日本有数の小麦の産地です。札幌市の中心部から近く、空港や港湾へのアクセスも良いことから、生活に便利なベッドタウンでもあります。その江別自慢の「ハルユタカ」を使ってビールを醸造しているのが、2009年から江別市で醸造をしている「NORTH ISLAND BEER」。元ヘッドブルワーで現在は取締役工場長を務める多賀谷壮さんにお話を聞きました。

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NORTH ISLAD BEER(北海道)多賀谷 壮

北海道江別市

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