アーチブルワリー(山口県)のはなし
おもしろいものは、自分たちでつくればいい。ビールの架け橋で岩国に新しいカルチャーを。
アーチブルワリー
山口県岩国市
山口県の最東部、広島県との県境に接する岩国市。
岩国市は、中国地方山間部から瀬戸内海沿岸まで、山口市に次いで県内2番目の広さを誇り、錦帯橋や岩国城、清流錦川に象徴される名勝や史跡に恵まれた中核都市です。広島湾に注ぐ錦川河口には米軍基地があり、アメリカ文化が息づく場所でもあります。世界的な人気を誇る「獺祭」の旭酒造をはじめとした銘酒揃いの地としても知られ、市内には名蔵元が5つも。そんな酒の聖地・岩国初のブルワリーとして2017年11月に設立されたのが、兄弟で営むアーチブルワリー。代表でブルワーの柳昌宏さんにお話を聞きました。
退屈なのは「まち」じゃない。何もしない自分じゃないか?
27歳で岩国に戻って親父の会社を継いだ当初は、「借金を完済したら県外に出ていこう」と思っていたんです。僕は神戸の大学で経営学を学んだものの、在学中に好きだった映画の世界に飛び込んで関西で助監督として働いていました。知人を通して紹介してもらった監督を半年間説得してなんとか弟子入りをして、イベントやライブの撮影をしたり、自主映画を制作したり。アルバイトで生計を立てながら2年半ぐらい好きなことをやってましたね。
あるとき地元でビルメンテナンスの会社を経営していた親父が病に倒れて、「設備投資の借入金を返す間だけでいいから継いでほしい」と頼まれたんです。そこで大阪の大学に通っていた弟の昌仁にも声を掛けて、二人で会社を引き継ぐことにしました。映画は好きでしたが生活基盤になるものではなかったし、親父の会社には従業員もいる。責任を果たす意味でも一旦戻ろうと思ったんです。
こうして大学進学まで生まれ育った岩国にUターンした柳さん。兄弟で家業の営むうちに、ある思いを胸に抱くように。
どこか悶々としていたんです。つまんないなぁって。岩国には大学や専門学校がありません。進学で外に出ていった若い人が戻ってこないせいか、娯楽や文化がない退屈な場所だと思っていました。自分がそういう世界にいたから、文化的な刺激がないまちだと感じていたんです。映画館も潰れてしまって、居酒屋やパチンコ屋はあるけど若い人の感性が刺激されるような場所がない。だから、数年したら出ていこうって。
でも岩国で過ごすうちに気づきました。
「つまらないのはこのまちじゃなくて、自分なんじゃないか」って。
今までに何かを成し遂げた実績もなく、何かを始めるわけでもなく、ただただ不満を漏らすだけの自分が、一番つまらなくしているんだって。それに気づいてから、「岩国を自分たちでおもしろくしよう」と兄弟で新しいことを始める方向に舵を切ったんです。
おもしろいものがないなら、自分たちでつくればいい。若い人もなじみやすい新しいカルチャーをつくろうと考え始めました。岩国に骨をうずめる覚悟をして、新しい事業で岩国に結びつくものにつなげようと思ったんです。
兄弟でアイディアを出し合う中でたどり着いたのが、2014年当時に全国的に盛り上がり始めていた「クラフトビール」。そして「今あるものを活かす」こと。「岩国」で有名なものって知ってます? 1つ目は錦帯橋、2つ目は米軍基地、3つ目は酒蔵、4つ目が白ヘビ、5つ目が「島耕作(※1)」の出身地(笑)。
これ、クラフトビールなら活かせるんです。
たとえば岩国には米軍基地があるから、他の地域よりクラフトビール大国のアメリカの文化となじみやすい下地があるはず。せっかくならアメリカの文化も取り入れてミックスした方がおもしろいし、人間同士もいい関係が築けるんじゃないかと思ったんです。
こうして岩国でブルワリーを立ち上げることに決めた柳さんは、兄弟で西日本や関東のブリューパブを巡って情報収集を始めました。
(※1)漫画家 弘兼憲史 氏の代表作『島耕作』シリーズの主人公。作者の出身地も山口県岩国市。
小回りの良さをいかして、ビールで新しい流れをつくろう。
業界のことや設備のこと、資金のこと、皆さん突然やって来た僕にも快く教えてくださって。話を聞くうちに、岩国でやるなら最初は飲食営業まで手を広げずスモールスタートで走らせることにしたんです。そこで最小限のコストでできるノウハウも教えてもらえる島根県の「石見麦酒」に醸造修行に行きました。
平日は島根に通い、土日は岩国に戻ってビルメンテナンス会社の仕事をして、2017年は一気に駆け抜けましたよ。市街地の大通りに近い場所に物件を探して、醸造所の準備をしながら酒造免許取得に奔走。とにかく時間がもったいなかったので、税務署に出す書類は車で1時間半かけて管轄の税務署まで直接提出しに行きました。当時のことは忙しすぎてもう覚えてないぐらい……(笑)。
そして2018年3月27日に念願の醸造免許を取得しました。
兄弟で父親から受け継いだ会社を切り盛りしつつ、アーチブルワリーではどんどん新しいことにチャレンジしようと思っています。まず、岩国に興味をもってもらいたい。若い人にも、海外の人にも、おもしろいと思ってもらえるように、ビールはアメリカンスタイルを基本としながら地元の素材を取り入れてアレンジしています。
瀬戸内海に浮かぶ周防大島は「みかん島」といわれるほど柑橘が名産なので、定番の「ARCH PALE ALE」「ARCH IPA」「ARCH BELGIAN WHITE」には温州みかんや不知火(しらぬい)などの柑橘類を使って爽やかに仕上げています。さらに周防大島の多彩な柑橘の蜜からとれたはちみつを「ARCH STOUT」に入れています。「瀬戸内タカノスファーム」のおいしいはちみつに惚れ込んで、ぜひ使ってみたいと思ったんです。黒いビールって、ビール好きでも苦手な人が多いですが、嫌いな人にこそ飲んでもらいたいので、苦みはできるだけ控えめにして、ロースト感も強く出し過ぎず飲みやすくしています。スタウトにはちみつというユニークさもフックになると期待して。まずは興味を持ってもらえないと手に取ってもらえませんから。
米軍基地のイベントで淹れ立てのエスプレッソで抽出したインペリアルスタウトを出した際は、アルコール度数が10%もあるのに「樽ごと買いたい」と何杯もおかわりする人がいて、これはうれしかったですね。
1回の仕込みが60L~130Lと少ないから、どんどん新しいビールにチャレンジできるし、地元の声を拾いやすいんです。小回りの良さを生かして、地域の食材や企業、人とコラボすることで新しい価値や流れ、カルチャーが生み出せます。岩国「架け橋」になるアーチブルワリーですから(笑)。
それに「おもしろくしたい」人が集まれば、できることが大きくなる。
コロナ渦でますます娯楽が奪われてしまいましたが、今年は夏に屋外で映画を楽しめる「ドライブインシアター」を開催したんです。準備で地域の人に協力してもらって、今まで以上に岩国に溶け込めました。今回は叶いませんでしたが、いつか定期上映会としてビールも一緒に楽しめるスタイルにしたいですね。自分も楽しみたいから(笑)。
映画もビールも「心を豊かにする」ものです。決して生活必需品ではないけれど、これからの時代にこそ、そういった豊かさが必要なんじゃないかな。
取材・文/山口 紗佳
クラフトビールがさかんなポートランドのように、アメリカになじみ深い岩国はクリエイターが集う「クラフトの町」になれるはず。そのための出発点を目指すブルワリーです。架け橋のアーチブルワリーを介して、岩国や周防大島の魅力を味わってください。
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