カギヤ醸造所(神奈川県)のはなし
この一杯が、世界を少しだけ広げるきっかけに。 人と心を開く「鍵」になると信じて

カギヤ醸造所
神奈川県川崎市
東京都心へのアクセスも良く、多摩川の豊かな自然も感じられる神奈川県川崎市。タワーマンションが立ち並び、近年目覚ましい発展を遂げる武蔵小杉エリアや、古くからの商店街が賑わいを見せる武蔵中原など、さまざまな顔を持っています。そんな川崎市幸区南加瀬に2017年誕生したのがカギヤ醸造所。現在は武蔵中原の工場と2拠点で醸造を行い、武蔵小杉と自由が丘に直営タップルームがあります。代表の佐藤学さんにお話を聞きました。
「音楽」で人を繋ぐ夢が、「ビール」へと姿を変えた
僕がビールの世界に足を踏み入れたきっかけは、実は「パブをやりたい」という思いだったんです。もともと音楽活動をしていて、ロックの本場で勝負したいという気持ちから25歳で渡英。ロンドンに住んで、週末になるとさまざまな街のパブで演奏するという生活でした。
そこで魅了されたのが、「パブ」という空間。
イギリスのパブは、日本のライブハウスとはまったく違う。まさに街の「社交場」なんです。音楽ファンだけが集まる特別な場所というより、もっと生活に密着しています。週末になると老若男女が集まって、分け隔てなくビール片手に語り合う。地元の人が地元の人のために演奏したり、コメディーショーをやったりして、飲みに来るお客さんたちがそれを楽しんでくれる。会話をつまみに、分厚いパイントグラスでビールを飲むのが彼らのスタイル。音楽と生活、そして人と人との距離がものすごく近くてあったかいんですよ。
このパブ文化をそのまま日本に持ち帰りたい、そう現地で強く思いました。
帰国後、2014年に夢だったパブを開いたんですが、音楽で人と人を繋ぐのは日本では簡単なことじゃなかった。住宅街の中にポツンとパブがあって、そこで演奏していると苦情が来て警察騒ぎになっちゃうんですよ。騒音の問題や文化の違い、いろんな壁にぶつかって、音楽で表現するのは無理なんだと痛感しましたね。「じゃあ、何が人と人を繋ぐきっかけになるだろう?」と原点に立ち返って考えたとき、頭に浮かんだのがビールの存在でした。お店のオリジナルのビールがあれば、それが新しい会話のきっかけになるんじゃないか、と。
夢は音楽からビールに姿を変えて、もう一度走り出しました。
人と繋がり、地域と繋がる。ビールは人生のきっかけになる。
こうして2017年に、念願の醸造所を川崎の南加瀬にオープンしました。
ただ、当時は情報もお金もなかったので、機材をどう揃えるか、どうやって営業していくかは本当に試行錯誤の連続でしたね。南加瀬の醸造所は、もともと「風上麦酒製造」というブルワリーだった場所と設備を譲っていただいたんです。ドラム缶で仕込むような手探りのスタートで、醸造技術はほとんど独学。幸い海外で音楽活動をしていた経験から英語が扱えたので、ホームブルーイングが盛んなアメリカの文献やレシピを読み漁って、知識を身につけていきました。
カギヤ醸造所がビールで伝えたいのは「人と人が繋がる」というコンセプト。
そのために何より重視しているのが、「飲みやすさ」と「バランス」です。ビールって、どうしても「苦い」とか「飲みにくい」というイメージを持たれがちですよね。だから普段あまりビールを飲まない人や、レモンサワーやワインが好きな方にも、「これおいしい!」って感じてもらえるような、そんなビールを目指しています。そのために、フルーツやハーブを使ったり、他のジャンルのお酒からレシピのインスピレーションを得たりと、常に新しい切り口を考えています。
もちろん、新しい挑戦には難しさも伴います。
地元の農家さんと一緒に取り組んでいる川崎産の「梨」を使ったビールは、なかなか思うような味や香りを引き出すのが難しい。一方で、「香辛子(こうがらし)」という川崎生まれの新しい野菜を使ったビールは、無事商品化できました。他の唐辛子にはないフルーティな香りが特徴のハーブペッパーです。こうやって、地域との繋がりから新しいビールが生まれるのも「カギヤ醸造所らしさ」だと思っています。
創業当時から造り続けている定番ビールに「ブリティッシュビター」があるんですが、これは自信作の一つ。 ほのかな甘みとモルトの豊かな風味があって、まさにパイントグラスで会話を楽しみながら、だらだらと飲むのにぴったり!このビールをきっかけに、僕たちのパブのファンになってくれた方もたくさんいます。
もっと気軽に。その思いで導入した「セルフタッピング」
「人と人を繋ぐ」というコンセプトを掲げてブルワリーを始めてから、うれしい瞬間がたくさんありました。うちのパブは一人で来るお客さんも多いですが、ビールをきっかけにお客さん同士が仲良くなって、一緒にイベントに遊びに来てくれたり、うちの店で出会ってご結婚された方までいらっしゃるんですよ。カギヤ醸造所のビールが、この場所が、誰かの人生の大事なワンシーンになった。こういう話を聞くと、ビールを造ってきて本当によかったと思いますね。
創業当初は、正直に言うと自分が造りたいもの、飲みたいものを造っていました。
甘くて重たい、複雑なハイアルコールとか。でも、スタッフも増えて、ブルワリーが成長していく中で、だんだんとお客さん目線で考えることの重要性を感じるようになってきたんです。中には飲みごたえのあるビールも造りますが、それだけに偏らず、スッキリしたタイプやバランスのいいものを意識してラインナップに加えるようになりました。
2023年に武蔵中原にメイン工場ができて、ビールの生産量がぐっと増えました。
それまでは1店舗で提供するのがやっとだったんですが、もっと多くの人に僕たちのビールを飲んでもらえる場所を作りたいと思い、2024年に武蔵小杉と自由が丘にタップルームをオープンしたんです。
この2店舗では、お客さん自身がタップから好きなビールを好きなだけ注げる「セルフタッピング」という提供方法を導入しています。クラフトビールって、決して安くはないですよね。勇気を出して頼んでみた一杯が、もし自分の好みに合わなかったら……。そのがっかり感が、クラフトビール全体への苦手意識になっちゃうかもしれない。そういう悲しいミスマッチを防ぐためにも、ビールをもっと気軽に試せるようにしたかった。
セルフタッピングなら、グラスになみなみ注がなくてもいい。
ほんの少しずつ、たくさんの種類を飲み比べできる。いろんな種類のビールを飲み比べて、自分の「好き」を見つけてほしいんです。自分で注ぐという体験そのものも楽しんでもらいながら、奥深いビールの世界の扉を開くきっかけになれたらと。
これからもっと多くの人に僕たちのビールを届けるために、缶の販売も始めたいですし、将来的には価格を抑えて、もっと手に取りやすいものにしていきたい。それがビールという入口の敷居を下げて、ビール文化の裾野を広げる一歩になると思います。僕たちのビールが、誰かが新しいことに挑戦したり、一歩踏み出したりする、そんな勇気を後押しできるような存在であれたら最高ですね。
この一杯が、どうかあなたの世界を少しだけ広げるきっかけになりますように!
取材・文/山口 紗佳
【公式HP】https://www.keycorporation.co.jp/
【Instagram】https://www.instagram.com/caghiyabrewery/
【Facebook】https://www.facebook.com/caghiyabrewery/

「カギヤ」には、僕たちのビールが、誰かの心の扉を開ける「鍵」になってほしいという思いを込めています。新しいことに挑戦する、新しい一歩を踏み出す。そんなときに、そっと背中を押して勇気づけられるような、そんなビールを届けたいですね。
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