Derailleur Brew Works(大阪府)のはなし
スコットランドで学んだ技術に現場経験を重ねて、 新しい“ニシナリ”をビールで表現していく
Derailleur Brew Works
大阪府大阪市西成区
大阪のシンボルタワー、通天閣がそびえたつ新世界と隣り合う西成は、古くから大阪屈指のディープスポットとして知られています。その西成で、2018年に誕生した「Derailleur Brew Works」(ディレイラ ブリュー ワークス)」は、介護福祉事業や障がい者の就労支援事業を行う株式会社シクロが運営するクラフトビール事業です。フランス語で「道を外す者=生き方を自分で選ぶ者」を意味する「ディレイラ」を名に冠し、自由な発想と独自のブランドストーリーで、人情の街“ニシナリ”でビール造りを続ける「Derailleur Brew Works」。2020年9月からブルワーを務める中村託也さんにお話を聞きました。
“ニシナリ”でありながら、クールでカッコいい。 新しい世界観と矜持を込めた「西成ライオットエール」
Derailleur Brew Works(以下、DBW)を運営しているのは、西成で介護事業を営む会社です。西成は日雇い労働者が集まる町として知られていますが、心身に障がいを持つ人も多く、会社でも生活保護や福祉のサポートが必要な人の就労支援を行っていました。サービス利用者の中には薬物依存やアルコール依存という悩みを抱え、働く能力があっても仕事を続けるのが難しい方もいます。彼らの自立支援としてモノやサービスを売る物販作業をお願いしていましたが、単調な作業だとモチベーションも続かない。そこで、あるとき若い頃から西成に住んでいた利用者さんが代表の山崎に言ったんです。
「西成に住む俺らは酒のプロや。酒を用意してくれたら本気で売ったる」
朝からお酒を飲むのが当たり前だった彼らの話を聞くうちに、彼らが盛り上がるのに欠かせなかったお酒なら熱意をもって取り組めるんじゃないか。専門スキルを身につけて自信が持てるよう、働きがいのある仕事としてお酒を造ってみようか。そこから始まったのが、「ニシナリ」を軸にしたビール醸造プロジェクト。そして生まれたのが、かつて酒に酔った労働者の暴動(ライオット)が起こった歴史を逆手にとって、ニシナリでありながらもオシャレでかっこいい新しさを感じられる「西成ライオットエール」です。エミリーという少女を主人公に、90年代の西成を想起させるアメリカンペールエール。西成に住み慣れた人たちが、自分のルーツに誇りをもてる商品としてリリースされました。
DBWのビールには、それぞれオリジナルストーリーとキービジュアルがあって、文章とアートワークで世界観を表現しています。僕がこれからチャレンジしてみたいのが、DBWの世界観で「レプリカントホップ(人造忽布)」と表現している“ホップを使わないビール”。「天然忽布(ノンレプリカントホップ)」がなくなった世界という舞台設定の都市ニシナリで、ホップの代わりにハーブやスパイスを使ったビールですね。実際に、原材料としてホップが主流になる前の中世ヨーロッパの修道院では、香りづけに薬草を配合して造る「グルートビール」というビールが造られていたんです。それを再現したいなと思っています。あとは、スコットランド留学時代の同級生が働くブルワリーとコラボしたビールも造ってみたいですね。
僕は2014年8月から2019年の6月まで、スコットランドのヘリオット-ワット大学でお酒造りを学んでいたんです。エディンバラにある伝統的な技術大学で、Brewing & Distilling(醸造と蒸留)のコースを専攻していました。
醸造と蒸溜を学び、憧れのBrewDog直営バーで働けたことが経験値に
そもそも僕がビールに興味を持ったのは、大学時代のアルバイト先だったワインバーで先輩に教えてもらった「よなよなエール」を飲んだこと。それまで大手メーカーのピルスナーしか知らなかったので、初めて経験したホップアロマと苦味に感動したんです。「これがホップか!」って。
それから下北沢にあるビアバー「うしとら」で、日本やアメリカのクラフトビールやハンドポンプのリアルエール(※1)を飲むようになって、ビールの世界にどんどん引き込まれていきました。特にレシピ、ビールの造り方に興味をひかれるようになって就職活動もビール会社を中心に受けましたが、文系学部だったので醸造に関わる仕事を見つけるのが難しくて……。なかなか内定をもらえず、頓挫しそうになったとき父親にすすめられたのが海外留学だったんです。父も留学経験があったので、2年ぐらい海外で見聞を広めてくればいいって。渡りに船でしたね。
留学先を調べるうちに、ビールとウイスキーの国、スコットランドにあるヘリオット-ワット大学で醸造学を学べることを知りました。卒業生の多くが、世界中のビール会社やウイスキー会社をはじめとする酒造関連企業や、大学や研究機関で活躍している産業分野の名門校です。僕が大好きなスコットランドのブルワリー、BrewDog(ブリュードッグ)の創業者マーティン・ディッキーもヘリオット-ワットの卒業生。僕はここに行くぞ!と決意して、語学の準備講座から猛勉強しました。そして2014年の夏に渡欧して入学。
最初の1~2年は基礎授業でしたが、もちろん授業はすべて英語。
まったく興味がない分野の勉強もしなきゃいけないのがつらかったですが、単位を落さないよう必死についていきました。醸造・蒸溜学のカリキュラムが本格的に始まると授業もおもしろくなってきて、川で汲んできた水に住む微生物を培養したり、グループワークで200Lのタンクでビール造りをしたり、夢中になって学びましたよ。
中でも刺激的だったのは、「BrewDog Edinburgh」で働けたことですね。
憧れのBrewDog直営のバーです。人手は足りていると断られ続けていましたが、何回も履歴書を送り続けて、ようやく雇ってもらえたんです(笑)。アルバイトをしながらブルワリーのコラボイベントを企画したり、BrewDogの工場で研修を受けたり、醸造設備の改善提案をしたり、BrewDogで働けたのは貴重な経験でした。そのままブルワーとして就職したかったのですが、イギリスで外国人が現地就職するのはかなりハードルが高いんです。特殊技能や特別な事情がない限り、基本的に雇用はイギリス人が優先されるので、就労ビザをとることができずに現地就職を断念。帰国後しばらくは南米の酒類を扱うインポーターで働いていましたが、身につけた醸造技術を活かせる場所として縁があったのがDBWだったんです。
現在はブルワー二人体制でビール造りをしていますが、先輩ブルワーの伊藤さんはセンスの塊みたいな人なので、すごく勉強になりますね。大阪・肥後橋のスパイスカレーのお店や京都・伏見のコーヒー店とのコラボビールを造ることも多いので、さまざまな副材料を使った醸造も経験になります。入社して半年ですが、先日レシピ設計から任せてもらい、DBWで僕がはじめてレシピから書いたオリジナルがもうじきリリースされる予定なんです。
DBWの世界観、「西成」という地域と人のつながりを感じながら、新しくておもしろいことにどんどんチャレンジしていく。そんなマインドでビール造りに励む日々が、気づけば僕にとっても生きがいになっています。
(※1)イギリス発祥の伝統的な製法に基づいたビール。酵母が生きたまま木樽で二次発酵させる「カスクコンディションエール」とも呼ばれ、抽出するときは炭酸ガスの圧力を加えず、ハンドポンプと呼ばれる専用サーバーで樽から汲み上げてサービングする。なめらかな口当たりが特徴。
取材・文/山口 紗佳
新工場の建設で醸造量を増やすことができたので、これからはより多くの方にDBWのビールを届けられそうです。看板商品の「西成ライオットエール」は、カラメルモルトの甘さと香ばしさが特徴。時間をかけてじっくり味わってみてください。
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