福島路ビール(福島県)のはなし
福島のおいしいビールをお届けすることが一番の恩返しになるから、技術を磨き続ける。
福島路ビール
福島県福島市
みちのく福島路ビールは、福島市郊外の丘陵にあるアンナガーデン内に1997年に創業された家族経営の醸造所。吾妻山系を臨むうつくしいガーデン内で、厳選された原料と地元の果物を使ってつくられるビールにはファンも多くいます。現在醸造長を務める吉田真二さんは、2009年にホテルの仕事からビール醸造の世界に飛び込みました。醸造への不安や、東日本大震災によって何度も壁に当たりますが、その度に手を差し伸べてくれたお客さんやブルワー仲間、家族がいました。多くの人たちとの助け合いの輪が、今のみちのく福島路ビールのおいしさにつながっています。
うつくしい福島の自然のなかで、最高の原料を贅沢に使って醸す
みちのく福島路ビールがあるアンナガーデンは、カフェやイタリアンレストラン、輸入家具店、雑貨店などのセレクトショップが並ぶ福島市でも有数の観光スポットです。シンボルでもある聖アンナ教会に向かって散策路が敷かれ欧風の建物が点在。200種類以上はある花々は、色彩豊かに四季折々の美しさで私たちを出迎えてくれます。背景の吾妻連峰の青い峰も相まって「チロル地方の村に来たようだ」ともお客さんに言われますね。ガーデンや近所の農園に、醸造の時に出るモルト粕が肥料に使われているというのは、ちょっとした自慢です。
そんなアンナガーデンの一角にあるのが、みちのく福島路ビールの醸造所です。併設の売店PROST(ドイツ語で乾杯の意)からは、ガラス越しに醸造の様子を見学することができます。売店ではボトルビール販売のほかに、6種類の樽生ビールと、骨付きソーセージやエスカルゴ、軽食としてチーズとナッツ等を提供しています。ビールを飲むなら売店脇のテラス席がおススメ。標高2,000メートル級の山が連なる吾妻連峰が一望でき、とても気持ちがいいですよ。
醸造に使う水は吾妻山系の伏流水です。超軟水ですので、ビールの口当たりが滑らかに仕上がります。人の手では作り出すことができない自然の水が、ビールの味を際立ててくれます。
僕が最もこだわっているのは麦芽ですね。これまではヨーロッパ産の麦芽を中心に使っていましたが、今はその年の一番出来が良いものを選んで使用するようになりました。麦芽は農作物なのでその年によって多少の出来が変わります。僕が目指す味わいや水との相性を考慮し、良質な麦芽を2-3種類調合して使うようにしています。もちろん麦芽の魅力を最大に引き出す挽き方や、煮沸時間の調整に心を砕いています。
一番人気のビールは何といっても県産の桃を使用した「桃のラガー」です。福島県は日本指折りのフルーツ王国で、桃の生産量は山梨県に次いで2位。白桃の一種である「あかつき」だけを用いています。あかつきは身が締まった硬い食感の桃で、甘味と酸味が凝縮しています。成育状況の良いものは高級品として取引されているのですよ。そのあかつきを贅沢に主原料の約30%使用。福島市の隣、伊達市にある伊達農園さんで大切に育てられたものの、傷が付くなどで流通に乗せることができなかった桃を使っています。収穫してすぐに搾汁し小分けにして冷凍。新鮮なうちに冷凍保存することで、1年中安定しておいしい桃のビールをお届けすることができるようになりました。口にすればジューシーな桃の風味がいっぱいに広がります。甘味はしっかりと感じながらもほのかな酸味もあり、食前酒や食後のデザートとしてもお勧めですよ。「オトナ女子」をコンセプトにつくり始めたのですが、男性ファンも多いですね。ビールに苦手意識のある方にも飲んでいただきたいフルーツビールです。
もう一つの人気の商品は「米麦酒(マイビール)」ですね。県産米「ひとめぼれ」と県オリジナル清酒酵母「うつくしま夢酵母」を使っています。後味はすっきりしているのですが、まろやかな舌触りと、のどを通り過ぎてからもふわりと漂ってくる吟醸酒の香りが特徴です。実は弊社の社長でもある僕の父のレシピをもとにしたビールなのです。60歳を機に「もう一度勉強をしたい」と、大学院に通うことになりまして。その時の修士論文のテーマが「和食に合うビール」でした。狙い通り和食にも合わせやすいので、日々の食卓にもお勧めです。
仲間がいたから乗り越えることができた。福島のおいしいビールで恩を返したい
みちのく福島路ビールは1997年に僕の叔父が創業し、現在は父が社長を引き継いでいます。創業当時は大手ビールメーカーOBのベテランブルワーと僕の双子の兄・真也が醸造を担当していました。僕はホテルに勤め、いちビールファンとして弊社のビールを愛飲していましたが、知れば知るほどビールの世界が面白くなって2009年に醸造所の仕事に飛び込むことに。力仕事は想像以上に大変で、100キロあった体重がみるみる激減していきましたね。お陰で健康体になりました(笑)。
でもなかなか自分がつくるビールに自信が持てなかった。先輩ブルワーは色々と指導してくれましたし、自分で文献を読み漁ったりもしたのですが確証が持てなかったのです。そこで、広島にある酒類総合研究所(※1)で約4週間の研修を受けさせてもらうことに。合宿所で共同生活を送り、朝起きてから床に就くまでビール漬けの日々。それが僕を成長させてくれました。切磋琢磨できる仲間もできた。それで不安は一掃されましたね。
ビールづくりが楽しくなってきた2011年、東日本大震災がおこりました。激しい揺れに襲われたとき僕は趣味であるゴルフの練習場にいました。背の高い支柱がグネグネとうねり、窓ガラスが割れ、立っていることもできない状態でした。急いで家路についたのですが、道路が陥没し渋滞で車が進まない。ようやく家に着くと、妻が生まれたばかりの赤ん坊を抱いて呆然と家の前に立っていた。これは大変なことがおこったのだとようやく恐ろしさが湧きあがってきました。電話などの通信手段が遮断されていたので、友人や家族の安否が確認できるまでが不安で仕方なかった。電話をかけても「プープープー」の音ばかり。幸いにも僕の家族はみな無事でしたが、醸造所は設備の一部がずれ修復が必要な状態でした。何より困ったのは電気がなかなか復旧しなかったこと。地下水をくみ上げるのにも電気が必要ですし、冷蔵室で出荷を待つばかりのビールは暑いと劣化してしまう。
でもそんなときに手を差し伸べてくれたのは古くから付き合いのあるお客さんや、ビアバー、ブルワー仲間でした。貯蔵してあったビールを積極的に購入してくれたり、なかには子どものためのミルクやオムツを届けてくれた人もいました。人との繋がりがあったから震災を乗り越えることができたのだと思います。
もうひとつ大きな支えが「東北魂ビールプロジェクト」での交流でした。このプロジェクトは、僕も含め東北の醸造所は東日本大震災時に多く方に支援をしていただいたことから、「品質を向上して、おいしいビールでお返ししよう」と、2012年にいわて蔵ビール(岩手県)、秋田あくらビール(秋田県)、みちのく福島路ビール(福島県)の3つのブルワリーで立ち上げました。年を追うごとに参加ブルワリーが増えています。東北のクラフトビールのブルワーが集まり、合同でビールの仕込みを行うことで、技術を交換しお互いに高め合います。わからないことがあれば他のブルワーに質問し、勉強することができる。技術をブラッシュアップすることができました。
地域の役に立ちたいと、地元のイベントにも積極的に参加しています。ある日、坂本龍一さんの震災復興の音楽イベントで、たまたま隣のブースになったのが現在フルーツを使わせてもらっている伊達農園でした。その農園は果実の栽培と苗の販売していたのですが、流通の停滞や風評被害で、苦労して作った作物が売れずに破棄することが多くなっていた。それならば弊社で活用して地域の経済を循環させようと考え、生まれたのがフルーツビールです。それが今では人気ナンバーワンビールですから、僕にとってもありがたい出会いでした。
僕は色んな人に支えられてきました。家族やお客さん、地元の人たち、研修の仲間、東北魂ビールとブルワー仲間。福島県のブルワーとしておいしいビールを丁寧につくることが、その恩に報いることになると考えています。東北から「世界にも通用するビールづくり」を目指しています。
※1独立行政法人 酒類総合研究所。ビール醸造技術者を養成するため、全国地ビール醸造者協議会との共催で酒類醸造講習ビールコースを原則3年に1回開催している
取材・文/コウゴアヤコ
四季折々の福島の自然を感じることができるアンナガーデンですが、惜しいのは車でしか来ることができないこと。ドライバーさんに飲んでいただくことができません。その代わり、ボトルや「ビールの縁側」の樽に福島の自然を詰め込みましたので、ご自宅でも楽しんでいただければ嬉しいです。スタンダードなビールだけでなく、福島県の恵みを生かした新しい味にも挑戦しています。
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