ビールの縁側

HINO BREWING(滋賀県)のはなし

国籍や世代を超えた絆をつむぐ「ビールと祭り」 祭りの個性と地域色をビールに込めたい。

滋賀県南東部、鈴鹿山脈の麓から西に広がる湖東平野に位置する日野町は、江戸時代に活躍した近江日野商人発祥の地。「売り手よし・買い手よし・世間よし」の「三方よし」の商い精神が町民の心に息づく町です日野町で有名なのが、毎年5月2日~3日に開催され、850年の歴史を誇る馬見岡綿向神社の春祭「日野祭」。祭囃子に合わせて江戸時代に造られた豪華絢爛な神輿と曳山が町を巡行する、湖東最大のお祭りです。その日野祭に惚れ込んだ3人が2018年に立ち上げたのが「HINO BREWING」。代表の田中宏明さんにお話を聞きました。

地の恵みに感謝するための「御神酒」 それなら地域のビールでも意義があるはず。

 

もともと日野祭は五穀豊穣や繁栄を神様にお祈りして、収穫に感謝するために行われているもの。御神酒は日本人にとって欠かせないお米から造られる最上級の捧げものとしてお供えされています。御神酒は昔からの習わしで日本酒が多いですが、地の恵みを神様に感謝するという意味では、地元でとれたものを捧げるのが本来の考え方。それならその土地のビールでもいいですよね。

 

日野祭の由来を神社の神主さんから聞いて、五穀豊穣を祈るのであればビールでもお祭りの意義が果たせると考えたんです。お祭りの日は朝から晩まで飲んでいることが多いので、低アルコールのビールは飲み疲れしづらいですし、お祭りのシーンに合わせた味わいがあってもおもしろいと思って。だから定番4種類は日野祭のさまざまなシーンをイメージしています。

 

「ヤレヤレエール」はおみこしを担ぐ際の掛け声「ヤ~レヤ~レ!ドントヤ~レ!」から名づけたゴクゴク飲めるすっきりしたペールエール。「クダリスタウト」は、日野祭の最後に集まった曳山(※1)が町内へ帰るときに奏でるお囃子「下り」をテーマに。テンポを落したお囃子なので、締めのコーヒー感覚でゆっくり飲める黒ビールにしました。

 

 

HINO BREWINGの由来になっている日野祭は馬見岡綿向神社の春のお祭り。町内各地から華やかなお神輿や曳山が集まって町を練り歩く、湖東最大のお祭りです。実家が日野町で代々「酢屋忠本店」という酒屋を営んでいたのでお祭りにも深くかかわっていましたが、僕は大学卒業後に県外で就職。住宅設計や町屋の再生事業などを経験して、30歳を機に地元に戻って家業を継ぐと、酒販業も日野祭も課題を抱えていることを知ったんです。

 

まず家業はお酒の卸売りだけを続けていても難しい、自分で新しい価値を生み出さないと生き残っていけないという危機感。そして日野祭は人手不足と資金不足です。これは全国各地の祭りで共通の問題だと思いますが、自治会で運営するお祭りの多くは、高齢化による人手不足や運営資金不足で存続自体が難しくなっています。準備や練習の負担から参加しない若い世代も増えているので、お金を払ってお神輿を担ぐ助っ人を雇うこともザラ。どちらも新しい枠組みを考えないとこの先の未来がない。多くの人に興味を持ってもらえるように、祭りのイメージを変えたいと思っていたところにショーンとトムに出会いました。

 

HINO BREWINGは日本人の僕とポーランド人のショーン・フミエンツキ、イギリス人のトム・ヴィンセント、日野町在住の3人で立ち上げたブルワリーです。

 

国籍も世代もバラバラの3人を繋いだのはもちろん、日野祭です。

 

(※1)日本の祭礼の際に引いたり担いだりする出し物。地域によって呼び方や形式が異なり、曳山(ひきやま)・祭屋台(まつりやたい、やたい)などと呼ばれる。

 

“ビールを造るためだけのビール会社”では続かない。 会社の「ミッション」を何度も話し合いました。

 

醸造担当のショーンは日野町出身の奥様と結婚して2006年に来日、英会話教室を営んでいます。ショーンが日野町に越して来た当時は外国人に馴染みのない町民が多くて、最初は距離感がわからない付き合いになりがちでしたが、日野祭に積極的に参加するうちにすっかり町に溶け込みました。

 

主にブランディング担当のトムは、長年日本で海外向け商品のPRや広告戦略などのコンサルティング業に携わっていて、国や地方自治体から依頼を受けて幅広くブランディング支援をしています。日野町にある近江商人の古民家を気に入って、2017年に引っ越してきたのをきっかけに日野祭に参加するようになりましたが、早々にお囃子の篠笛をマスターしたことに町民はびっくり。「すごい!」と絶賛されています(笑)。

 

トムもショーンも熱心に日野祭に参加していて、その姿を見て日本人の僕たちの方が元気をもらったというか、仲間意識が強くなったんです。そして日野祭を通じて意気投合した僕たち3人で祭りや将来のことを話すうちに、「祭り」と「ビール」が結びつきました。ショーンの海外でのホームブルーイング経験や、ブランディングを得意とするトムの後押しもあって、「祭り」のためのブルワリー計画がスタート。幸運にも醸造休止中だった日野町の「滋賀農業公園 ブルーメの丘」の醸造設備を引き継げることになり、2018年8月に醸造開始しました。仕込みにはドイツ式の伝統的な手動設備で日本では数少ない「オープンファーメンター」という開放式のタンクを使っています。特に設備との相性が良いのがラガースタイル。圧力をかけない自然な環境で発酵させるので、酵母が元気よく働いて豊かな香りと味の奥行きを生み出してくれるんです。伝統を引き継ぎつつ最新を取り入れていく、これも祭りをテーマとする僕たちにはぴったりです。

 

 

事業として取り組むためによく話し合ったのが会社の「ミッション」。

 

本気でお祭りに関わるこの3人だからこそできる「強み」を探しました。地域色のあるお祭りの雰囲気をビールで再現することで、伝統芸能としてのお祭りを伝えること、ビールで興味を持ってくれた人が「こんなお祭りがあるんだ」「お祭りに参加してみたい」と思ってくれるようなビール造りです。お祭りには地域ごとのルーツがあり、キャラクターもさまざま。にぎやかでエネルギッシュな祭りもあれば、ゆったりと優雅な祭事もあります。HINO BREWINGが目指すのは、各地の祭りストーリーを軸にして、祭りを応援するフェスティバルビールです。

 

たとえば最近仕込んだのは、滋賀県庁や滋賀県江州音頭協会と協力して、近畿地方の盆踊りで使われる「江州音頭」をイメージした「ドッコイサワーエール」。スタイルは酸味のあるさっぱりとしたベルリーナヴァイセです(※2)。江州音頭を踊って汗をかいた後にリフレッシュできるビールを目指しました。

 

収益の一部は祭りの活動費に寄付することにしています。

 

でも開業翌年の2019年は寄付できるほどの利益は立ちませんでした。ところが、東京のビアバーで開いたイベントをきっかけに、東京や大阪から8名の方が日野祭に来てくださったんです。祭りを盛り上げるためのビールですから、地域に少しでも貢献できたことは本当にうれしかったですね。改めて日野祭を誇りに思いましたし、より愛着が強くなりました。

 

国籍や世代を超えて、みんながひとつになれるもの。

 

お祭りとビールには、そんな力が備わっていると思います。

 

(※2)ドイツのベルリンで伝統的に造られているサワービール。小麦を使って乳酸菌で発酵させるため、強い酸味が特徴。

 

取材・文/山口 紗佳

鈴木オーナー

生粋の祭り好き3人が手掛ける祭りのためのビールです。伝統的な設備に新しい製法や地域の素材を取り入れて、国籍も世代も超えてみんなに愛される1杯を目指しています。お祭りに合うドリンカブルなビールをぜひ味わってみてください。

OTHER BREWERIES

その他のブルワリー

福島のおいしいビールをお届けすることが一番の恩返しになるから、技術を磨き続ける。

みちのく福島路ビールは、福島市郊外の丘陵にあるアンナガーデン内に1997年に創業された家族経営の醸造所。吾妻山系を臨むうつくしいガーデン内で、厳選された原料と地元の果物を使ってつくられるビールにはファンも多くいます。現在醸造長を務める吉田真二さんは、2009年にホテルの仕事からビール醸造の世界に飛び込みました。醸造への不安や、東日本大震災によって何度も壁に当たりますが、その度に手を差し伸べてくれたお客さんやブルワー仲間、家族がいました。多くの人たちとの助け合いの輪が、今のみちのく福島路ビールのおいしさにつながっています。

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福島路ビール

福島県福島市

もっと自由に!もっと面白く!もっと気軽に!クラフトビールを身近なものにしたい

「Vector Brewing」がある東京都台東区浅草橋は、下町の情緒が残るモノづくりの町。2016年に新宿で誕生した醸造所は、2017年に醸造の拠点を浅草橋に移し、常に“面白い”ビールを発信しています。それはクラフトビールをもっと自由で気軽に楽しんでもらうため。ユニークなデザインとネーミング、豊富なラインナップは初心者でも手に取りやく、クラフトビールファンをジワジワと増やしています。元銀行員でラガーマンだという異色の経歴をお持ちのブルワー三木敬介さんにお話を伺いました。

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VECTOR BREWING

東京都大田区

「Beer is Art」を胸に、北海道・江別ならではのビールを育みたい

北海道の中部、石狩平野の中央にある江別市は、国産小麦の代表格として知られる「ハルユタカ」が生まれた土地。パンや麵、スイーツ、ビール醸造に適した国産品種がいくつも誕生した日本有数の小麦の産地です。札幌市の中心部から近く、空港や港湾へのアクセスも良いことから、生活に便利なベッドタウンでもあります。その江別自慢の「ハルユタカ」を使ってビールを醸造しているのが、2009年から江別市で醸造をしている「NORTH ISLAND BEER」。元ヘッドブルワーで現在は取締役工場長を務める多賀谷壮さんにお話を聞きました。

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NORTH ISLAND BEER

北海道江別市

尖った味ではないかもしれない。 その分、どれを飲んでも外さない安心感と質の高さは世界に誇れるもの

滋賀県北東部、琵琶湖のほとりにあり長浜城の城下町として栄えた長浜市は、伝統的な建築物が集まる県内有数の観光スポット「黒壁スクエア」など、現在でも当時に面影を残す情緒ある町並みが広がっています。そのレトロモダンな風景にとけ込むように佇むのが、米川に面した「長濱浪漫ビール」のブルワリーレストランです。江戸時代から続く築100年以上の米蔵を改築した醸造所は1996年にビール醸造を開始。2016年からは施設内に「長濱蒸溜所」を開設して、クラフトウイスキーの製造もしています。ブルワーの上村雄大さんにお話を聞きました。

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長濱浪漫ビール

滋賀県長浜市

ベルギーと日本、そして世界中へ。
ビールでつなぐ人の円が、広がりのある未来を見せてくれる

「RIO BREWING&CO.(リオ・ブルーイング・コー)」は、ベルギービール名誉騎士である菅原亮平さんが2015年にベルギー現地法人にて設立したブランド。特定の醸造所を持たないファントムブルワリーを経て、2018年に東京・五反田に自社醸造所を構え、2021年に千葉県柏市に拡大移転しました。運営するEVER BREW株式会社は、「デリリウムカフェ」「ベル・オーブ」「ブラッスリー セント・ベルナルデュス」「ブラッスリーMUH」「ウルビアマン」「ブッチャー・リパブリック」等、ベルギービールやクラフトビールを主軸とした飲食店を多数展開しています。RIO BREWING.COの代表、菅原亮平さんにお話を聞きました。

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RIO BREWING & CO.

千葉県柏市

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