一宮ブルワリー(愛知県)のはなし
「一宮のビールを復活させたい!」
一度は諦めかけたブルワーの道が、地域づくりの要になった
一宮ブルワリー
愛知県一宮市
愛知県北西部にある一宮市を中心とする尾張地域は、ウールをはじめとする繊維の一大産地。「毛織物王国」といわれ、古くから繊維産業を中心に発展してきた県内有数の中核都市です。かつて市内には繊維会社が経営する「尾張ブルワリー」がありましたが2006年に製造停止。ヘッドブルワーを務めていた山田文隆さんは、2011年から「一宮ブルワリー」でビール醸造を続けています。ブルワリーは一宮市に拠点を置くNPO法人「志民連いちのみや」が運営し、ビールは工場隣接のコミュニティカフェ&パブ「com-cafe三八屋」で飲むことができます。醸造責任者の山田文隆さんにお話を聞きました。
一宮に再び地ビールを! わずか4坪のビール工房でブルワーに復帰
ビール造りに携わるようになって20年以上になります。
平日はプラスチックの加工会社に勤めているので、ビール工房にいるのは主に土日や平日の夜ですね。前職の「尾張ブルワリー」が製造中止になって、一旦はブルワーの仕事から離れていましたが、一宮で市民活動をしていた星野(※1)から声をかけられて、そこから10年以上もブルワーとのダブルワークなんです(笑)。
どちらも製造業、要はものづくりが好きなんですよね。
僕がビール造りを基礎から学んだ「尾張ブルワリー」は、かつて一宮市にあった地ビールメーカーです。「尾州(※2)ウール」といって、日本有数の毛織物の一大産地として栄えた一宮には今でも繊維関係の会社がたくさんありますが、尾張ブルワリーも大手繊維メーカーが運営していたブルワリーでした。1995年の酒税法改正から始まった第一次地ビールブームの波にのって、1997年に一宮で地ビール事業を立ち上げる際に、従業員を募集していたんです。当時、東京に住んでビールとは関係ない仕事をしていた僕は、将来的には生まれ故郷の一宮に戻りたいと考えていて、ハローワークでその求人を見て「これだ!」と思って応募。26歳のときです。特にビールに強い思い入れがあったわけではなくて、地元の新規事業に興味をひかれたんですよね。
醸造スキルはビール事業のコンサルサービルを展開していたサッポロビールの川口工場で3カ月ぐらい学んで、研修後もトータルで1年ぐらい技術指導を受けました。大きなブルワリーレストランがあったので、レストラン消費を目的としたビールを造っていたんですが、2006年に会社がビール事業から撤退。ビール自体はそれなりに人気があっただけに残念でしたね。9年間勤めたそのタイミングで退職して、4~5年ほど他の仕事をしていたんです。
こうした尾張ブルワリー勤務時代に、一宮で市民活動をしていた星野と知り合いました。星野が代表を務めるNPO法人「志民連いちのみや」は、一宮を中心とした地域の活性化のためにさまざまなイベントを運営したり、まちづくりに関わる市民活動をサポートしたりするボランティア団体です。尾張ブルワリーは一宮にあった唯一の地ビールメーカーだったので、ブルワリー再建を願う星野と「地元のビールを復活させたい」という話で意気投合。今度は地元の人が気軽に飲めるような場所もつくって、地域コミュニティの中心になるようなアットホームなブルワリーを目指すことにしました。
当時星野が経営していた日替わり店主の店「三八屋」の隣の倉庫スペースを改装してブルワリーを設立。わずか4坪の醸造スペースに2011年の開業当時は100Lの寸胴鍋という最小システムのマイクロブルワリーでしたが、一度は諦めかけたビール造りを一宮ブルワリーで続けることができたんです。尾張ブルワリーで培った醸造技術を活かして、地道にコツコツと、地元に人に愛されるビールを造りたいと思いました。
※1 一宮ブルワリーを経営する星野博さん。愛知県一宮市を拠点にまちづくり活動を行うNPO法人「志民連いちのみや」の理事長も務めている。
※2 昔の尾張国の通称。愛知県尾張西部地域から岐阜県西濃地域を示す。
ブルワー歴20年を越えても成長途中。挑戦しがいがあるビール造り
一宮ブルワリーのビールは、併設のカフェ「com-cafe三八屋」で飲むことができます。それか、市内や周辺地域で開催されるイベントですね。製造量がかなり少ないので、他に販売する余裕がありません。ありがたいことにカフェを訪れる常連さんや、遠方から足を運んでくれるビールファンに愛されたおかげで、お店で出すビールは週1回の仕込みでギリギリ。そこで、長野県のマイクロブルワリーを見学させてもらい、2019年の夏に200Lのタンクに拡張しました。
設備の切り替え後はしばらく品質コントロールに苦労しましたね。
アナログの仕込み釜からタンクに変わったことで、造れるビールの種類や製造量が上がった反面、温度管理が難しくなったので、これまでの味を再現するためにレシピの調整や改良を行っています。パウダー状の乾燥酵母から生酵母に切り替えたこともあって、酵母の働きを見極める発酵管理も今までにない苦労でした。常に一定ではないので、今でもベストコンディションを追求しているところです。
そういう意味ではまだ試行錯誤の最中なんですが、一宮ブルワリーのおすすめ商品としては「138ブレントいちのみや珈琲スタウト」と「スパイシーヴァイツェン」です。「138ブレントいちのみや珈琲スタウト」は、副原料として三八屋で提供している「いちのみや珈琲」の豆を使った黒ビール。僕は「ギネスビール」が好きなので、昔のギネスにあった熟成したレーズンのような濃厚な香りを感じられるように仕上げています。「スパイシーヴァイツェン」は、小麦麦芽のフルーティな香りをナツメグやコリアンダーなどのスパイスで引き締めながら、味わい深さとボディ感も大切にしています。モルト化していない大麦を使ってまろやかな口当たりも意識しています。
僕は試飲するときが一番の楽しみで、ブルワーの醍醐味だと思っています。
ビールが目指す味になったとき、飲んだお客さんがおいしいと言ってくれたときはもちろんうれしいものですが、それ以上にダメだったとき、表現したい味にならなかったときに意欲が湧くんです。原因を探るために考えながら何度も試飲して、次の仕込みで改良したり、フィードバックするんです。挑戦しがいがありますよね。20年ビール造りをしていても、まだまだ成長途中なんですよ。
僕がビール造りをはじめた頃からビールを取り巻く環境が大きく変わって、今はお客さんの情報量がすごい。醸造技術が発達して次々と新しいビールが世に出てくるし、お客さんの舌も肥えています。ですから、僕が教わってきた古き良き時代のセオリーを大切にしながらも、どんどん新しい考えを取り込んでいきたいと思っています。
コロナ禍でしばらくお店の休業やイベントの中止が続いていましたが、例年ではクラフトビアパーティ、杜の宮市、一宮七夕まつりなど、毎月のようにイベントに出店しています。市民イベントを通して一宮を盛り上げていく中で、地域資源のひとつとして一宮ブルワリーのビールを地域づくりに活用していきたいですね。
一宮で皆さんをお待ちしています!
取材・文/山口 紗佳
一宮ブルワリー初の全国デビューです!製造量がとても少ないので、これまではcom-cafe三八屋かイベントでしか飲むことができませんでしたが、「ビールの縁側」を利用すれば全国どこでも一宮ブルワリーの樽生ビールが飲めます。とはいえ、ビールは生まれた場所で味わうのが一番! 「ビールの縁側」をきっかけに、ぜひ一宮まで遊びに来てください。
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