石川酒造(東京都)のはなし
生き物だから愛情を注げば“おいしさ”として返ってきます。
私の仕事は、そんな酵母が働きやすい環境を整えること。
石川酒造
東京都福生市
東京駅から西に約40km離れた多摩地域西部にある福生市は、南北に多摩川が流れる自然豊かな地域。中心を通る国道16号沿いには米軍横田基地があることから、アメリカンカルチャーの影響を受けた個性的な店が並びます。市の西部にあり、清酒「多満自慢」で知られる「石川酒造」は、1863(文久3)年の創業以来、昔ながらの酒を造り続ける老舗蔵元。1998年からビール醸造もはじめ、「多摩の恵」「TOKYO BLUES」シリーズを製造しています。2014年からブルワーを務める土屋朋樹さんにお話を聞きました。
同じ設備、同じレシピでも同じものができなくて、 現場で知ったのは、微生物を扱う難しさでした。
もともとは環境問題に興味があって、高校時代も化学コースを専攻していたことから、環境破壊や大気汚染を防ぐ分析や研究の道に進みたいなぁと思っていたんです。そこで「東京バイオテクノロジー専門学校」に入学して、興味をひかれたのが生物、微生物の世界でした。1年次の基礎学習で、これまで知らなかった微生物について学ぶうちに、奥深さにどんどんハマっていったんです。糖分を食べてアルコールを産み出すという、人間ではできないことを微生物はやってのけるじゃないですか。その原理がおもしろいですよね。発酵食品の中でもアルコール飲料は免許がないと造れないですし、自分にとって未知の世界。お酒好きな両親をみていたこともあって、飲むと明るい気分にさせるお酒、「醸造」の道に進みたいと思って2年次から醸造発酵コースに進んだのです。
醸造の中で興味深かったのがビールでした。
同期の多くはワインや日本酒メーカーへの就職を希望していましたが、私はいわゆる“吟醸香”といわれる甘い香り成分「カプロン酸エチル」が苦手だったこともあって、ビールメーカーで働きたいと思っていました。ところが2012~2013年当時は、クラフトビールが再び盛り上がり始める直前で、ブルワーは欠員がないと募集がないので求人はゼロに近い状態。ビール醸造に携われるなら全国どこにでも行こうと覚悟していたところ、インターンシップ先として紹介されたのが福生市の石川酒造だったんです。
まずは瓶詰め作業や、醸造設備の洗浄、掃除など醸造周りの作業から習い始めて、やがて前任者から指導を受けながら、ブルワー人生がスタートしました。現場で醸造に携わるようになって痛感したのが、仕事としてのモノづくりの厳しさでした。講義や演習と違って、理論通りにはいかない製造現場の難しさです。同じレシピで仕込んでも、なかなか思い描く味にはならなくて、品質を維持することがいかに難しいか、身に染みましたね。
微生物という生き物相手なので目が離せないんです。
毎回同じ醸造設備を使っても、粉砕する麦芽の粒の大きさや、ちょっとした原材料の量と種類の違いから、仕込むときの気温や湿度、管理する温度や時間、酵母の状態、発酵する間の温度管理まで、あらゆる工程が味に影響してくるので気が抜けないんですよね。酵母が元気よく働ける環境を整えてあげないとビールがおいしくなりませんから、こまめに自分の目で見て、様子をチェックしないといけない。麦汁を測定、分析する際に扱う検査機器に慣れていたことは幸いで、専門学校で積んだ経験が下地になっています。醸造原理についての理解や、機械などメカニカルな仕組みに対する苦手意識がないことも、ブルワーの仕事をする上ではポイントだと思うので。
さらに、完成後の品質管理にも気を遣います。
特に気をつけているのは衛生管理。ビール醸造の大敵は雑菌汚染と酸化ですから、使ったタンクや樽、ホースや機器などの細かい仕込み装置まで毎回徹底的に洗って雑菌が繁殖しないように気をつけています。せっかく仕込みがうまくいっても、管理するタンクが少しでも汚れていたら意味がないですから、洗浄作業の際に使う薬品も残らないように徹底しています。重たいものを運ぶことも多いですし、毎日何かしらゴシゴシ洗っているのですぐに腕がパンパンになりますよ(笑)。まさに醸造は体力仕事なんです。
コンテストは手掛けたビールの水準を知る機会。 うちのデュンケルは苦手な人にこそ飲んでもらいたい
酵母が働きやすい環境を整えてあげるのがブルワーの仕事ですから、洗浄や衛生管理まで通して、ずっと生き物の面倒をみている感じです(笑)。そんなデリケートな生き物の世話をするために、自分のコンディションも整えておかないと体がもたないので、健康維持も大切な仕事なんです。これを何年も繰り返して、ヘッドブルワーとしてレシピを設計するようになっても、納得できるものを造るのは難しい……。6年経っても試行錯誤の毎日ですよ。
ですから、「おいしい」と言ってもらえるとうれしいですね。
一番印象に残っているのが、「地ビールはまずい」というイメージが強かった叔父が、自分が造ったビールを飲んで「今まで飲んだ中で一番おいしい!」と褒めてくれたときでした。コンテストに出品したビールが受賞するのも励みになります。
品質向上のためにも、ビールの審査会は定期的に出品するようにしているんです。
客観的にビールを評価されることで自社商品の立ち位置を知ることができますし、フィードバックをもとに改善に取り組めば品質向上につなげられるチャンスです。最近では2019年に、世界的権威のあるビールの審査会、「ワールド・ビア・アワード(WBA)」で「多摩の恵」のペールエールと、デュンケル、「TOKYO BLUES」のシングルホップウィートが日本代表銘柄としてCOUNTRY WINNERを獲得しました。
これは数十種類におよぶビールのスタイルごとに出品された中から、ブラインドテイスティングで審査を行い、各国の代表銘柄として選ばれたものです。一番思い入れのあるデュンケルが世界的に認められたのは、胸にぐっと来るものがありましたね。飲みづらい印象をもたれるダークビールですが、石川酒造のデュンケルはローストした麦芽の香りやコクがありながらも苦味が控えめで、全体的にまるくてやわらか。私自身がここのデュンケルに惚れ込んで醸造担当を希望したんです。黒ビールが苦手という方は、ぜひ試していただきたいですね。
石川酒造では日本酒に使っている多摩の地下水でビールも仕込んでいます。
ビールの仕上がりを大きく左右する水質は、適度なミネラルを含んだ中硬水。これは柑橘系ホップの香りが豊かなペールエールにも、すっきりとした爽快感を味わえるピルスナーにも、どちらにも適したバランスの良い地下天然水です。この地に古くから伝わる恵みの水を使って、伝統的なスタイルを重視した「多摩の恵」と、2015年から“ 新しい東京 ”をイメージして最近のスタイルにチャレンジした「TOKYO BLUES」の2本柱で展開しています。
石川酒造の酒造りの精神は、「華やかな食卓を、陰で支える酒造り」。
家族で囲む食卓やお祝いの席など、楽しいひとときを支える名脇役として、おいしい料理やたのしい時間に華を添えるビール造りを続けたいですね。
取材・文/山口 紗佳
ビールに合わせる料理は凝ったものである必要はないんです。たとえば「多摩の恵」ペールエールにはシンプルなバターロールや、ガーリックトーストでもおいしさが引き立つと思います。肩の力を抜いて、気軽に石川酒造のビールを楽しんでください。
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