株式会社石見麦酒(島根県)のはなし
醸造する駅舎がまちの新しい顔に。“ビールの民主化”を生んだ石見麦酒の挑戦
株式会社石見麦酒
島根県江津市
島根県西部石見地方にある江津(ごうつ)市は、石州瓦の赤い屋根が並ぶ穏やかなまち。かつて石見地方の交通の要衝として栄え、今もJR山陰本線がまちを横切ります。その途中にあるJRの無人駅「波子(はし)駅」。2024年、その駅舎がまるごとブルワリーになりました。日本初の駅舎ブルワリー「石見麦酒」の工場長で、数多くのマイクロブルワリーが採用する「石見式醸造法」発案者、山口厳雄さんにお話を聞きました。
国内の導入ブルワリー70超!「石見式」がついに世界へ
この前数えたら、「石見式」を導入しているのは日本で76社。
77社目がインドで、78社目がフィリピンのセブ。今年ついに国境を超えました(笑)。引き合いがあればどんどん共有して広げていきますよ。今までも、これからもそれは変わりません。

実は、石見式は僕ひとりで発明したわけじゃないんです。
2013年頃かな、小規模醸造所をやろうよっていうグループで、各地の醸造所を見て回っていたんです。当時はみんなチェストフリーザー(小型の冷凍庫)で温度管理しようと考えていましたが、四角い箱の中に丸い樽を入れるのは効率が悪いし、掃除も大変だよね、と。僕は家業が木工屋で内装もできるから、「庫内にぴったり合うステンレスの内張りタンクを作ろう」と考えたんです。そしたら、穀町ビール(宮城県仙台市)の今野高広さんが言ったんです。「ビニール袋を使ったらいいんじゃない?」って。
まさに閃きでした。
僕は学生時代、酒造りに興味があって日本酒の杜氏を目指していたんですが、世襲が多くて就職が難しく、卒業後は味噌メーカーに勤めていた時期があるんです。業務用の味噌はダンボールにポリ袋を敷いて、そこに充填して出荷していました。容器も汚れないし、最後まで絞れる。ポリ袋の充填なんて味噌業界じゃ当たり前のことでした。この技術をビール造りに応用できるんじゃないか?と。これが「石見式」が誕生した瞬間です。

でも、そこからが大変!
税務署に「タンクを使わずにビールを造ります」って免許の相談に行っても、最初はまったく相手にされませんでした(笑)。「どこで修行したんだ」って。前例がありませんからね。
学び合い、教え合う。集合知が財産になる
これは正面突破じゃ無理だ、と。いわゆる「外堀」を埋める作戦に切り替えたんです。まず、地域の理解を得ようと。そこで、地元の島根県江津市が主催するビジネスプランコンテスト「Go-Con」に応募して、2014年に大賞を受賞。次に、地元の金融機関が主催するビジネスコンテストにも同じプランで応募したら、そこでも最優秀賞をいただけました。行政と金融機関のお墨付きをもらったんです。
その新聞記事を持って、もう一度税務署へ。
もちろん、事前に温度管理のデータや実験はしっかりやって、「理論上もきちんと醸造できます」という資料も全部揃えて。そうやって、少しずつ理解を得て話を聞いてもらえる土台ができて、2015年に石見式第1号として酒造免許がもらえました。

もちろん、ポリ袋も専用品。これも島根県の梱包資材メーカーさんに開発してもらいました。他の会社では全部断られましたが、家業の繋がりでようやく食品対応の工場を見つけて実現できたんです。この特注のポリ袋はワンロールが大量なので、自分で調達しようとすると何十年分もの在庫を抱えることになる。だからうちがまとめて購入して、石見式のブルワリーの希望者に供給しています。その方が価格も安定しますしね。
石見式は、特許を取らずに全てオープンにしています。
誰でも見学できるし、来てくれた人には方法も全部伝えます。
「真似されたら困る」という感覚よりも、「一緒にやったほうが楽しい」という気持ちのほうが大きいんですよね。その代わり条件として、研修の際は必ず江津まで来てもらうことにしています。ただオンライン講座で終わりにはしたくなかった。「江津まで来てくれたら、全て教えるよ」と。江津は正直アクセスが良いとは言えない場所です。でも、そこにわざわざ足を運んでくれた人には、隠さずに全部教える。

そうやってオープンにすると、今度は研修に来た人たちが、それぞれの場所でさらに使いやすいように仕組みを変えたり、工夫を始めたりするわけです。そのフィードバックが、またうちに返ってくる。そうやって石見式はどんどんバージョンアップしていきました。初期の頃よりずいぶん進化しています。共存共栄、お互い様の世界ですよね。 今では石見麦酒の事業の柱になっている缶の充填機などの設備製造と販売も、そうやって問題点をヒアリングする中で生まれてきた機械なんです。
日本初、無人駅ブルワリーから始まるまちづくり
もともと醸造を始めたのは別の場所でした。
そこから新たな挑戦として2024年に移転したのが、今のJR波子駅舎です。
きっかけはテレビ番組。利用者が減って無人駅になった駅舎の活用方法を募る企画を知って、番組関係者に直談判しに行きました(笑)。 JRの無人駅で丸ごとブルワリー、日本で初めてです。開業までにいくつかハードルはありましたが、ひとつずつクリアして。今でも1日40人程度が利用する駅で、電車の振動も音ももちろん聞こえます。

この駅に移転してきたことで、新しい物語もはじまりました。
駅の目の前の耕作放棄地を買って羊の牧場を誘致したんです。その羊が雑草と一緒に醸造で出る麦芽粕も食べてくれので、廃棄物が出ないんです。食用の羊なので、いずれお弁当(マトン料理)になって駅の名物になる。それを「駅前開発」と呼んでいます(笑)。
おもしろいのは、ビール造りを始める人って、異業種からの参入が多いんですよ。
例えば、社会福祉法人がはじめた鹿児島市の「ひふみよブリューイング」。彼らはヴィーガン食やグルテンフリーのレトルト食品も作っています。そこで、石見麦酒がビールを教えて、向こうからはレトルト製造を教わりました。鳥取のクラフトコーラ屋さんにはコーラの作り方を教わった。ビール造りを教えることで、僕らも新しい事業に取り組めるんです。業界が違えば、それまで当たり前のことが、別の業界では非常識だったりする。日本酒の酒蔵に石見式の温度管理システムを教えたときは驚かれました。もっと難しいことだと思われていたようで。こうして今、この20坪の駅舎の中で、ビール、リキュール、ワイン、クラフトコーラ、レトルトのカレーまで作ってるんですよ。

石見麦酒のビールの9割が受注生産ですが、定番も9種類あります。
タンクも4本あるので大ロットの注文があればタンクで造りますよ。大事にしているのは、できるだけ近隣の副原料を使うこと。柚子とか米麹とか、おもしろいのが、持ち込むのは農家じゃなくて普通の地域住人が多いこと。近所のおじいちゃんが「庭の柚子だけど使える?」って持ってきてくれるんです。うちは言い値で買い取るシステム。そうすると、「買ってくれるなら頑張って収穫する」って。これまでは放置されて廃棄していた作物をちゃんと買い取ってビールにする。価値にすると、今度は完成したビールを買ってくれる。お金が地域をぐるぐる回るんです。ラベルには原料を提供してくれた人の名前が書いてあるので、自分の柚子がビールになって名前も載る。そのビールを近所に配ったりして、ローカルで輪が広がっていくんです。地域と人のつながりのサイクルが大きくなったり、数が増えたり、それが続いていく社会がいいですよね。

ブルワーになって良かったな、と思う瞬間ですか?
今年この駅舎でビアガーデンをやったんですよ。そのとき、うちで研修したブルワーさんに出店を呼びかけたんです。そしたら県内の他に岐阜や沖縄の久米島、東京の八丈島からすぐに「行きます」って連絡があって。島名物の車海老やくさや、焼酎を持ってきて快く参加してくれたんです。ビールというきっかけ一つで、こんなに遠くからも仲間が集まってくれる。
胸が熱くなりましたね。
これからもスタンスは変わりません、来るもの拒まず。
世界からでも、他の業界からでも、誰でもウェルカムです。
取材・文/山口紗佳
【公式HP】http://www.iwami-bakushu.com/
【facebook】https://www.facebook.com/iwamibeer/
ローカルすぎてなかなか全国には出回らない小さな醸造所です。だからこそ、「飲ん樽」で、ぜひ樽生を体験してもらえたらうれしい。臨時列車「GO GOTSU号」の運行記念でJALさんとコラボした「XPA552」も、僕の好きな「ドライスタウト960」も、きっと新鮮な驚きがあるはず。気に入ってもらえたら、いつかJRに乗って、この波子駅まで遊びに来てください。待ってます。
株式会社石見麦酒
島根県江津市
島根県西部石見地方にある江津(ごうつ)市は、石州瓦の赤い屋根が並ぶ穏やかなまち。かつて石見地方の交通の要衝として栄え、今もJR山陰本線がまちを横切ります。その途中にあるJRの無人駅「波子(はし)駅」。2024年、その駅舎がまるごとブルワリーになりました。日本初の駅舎ブルワリー「石見麦酒」の工場長で、数多くのマイクロブルワリーが採用する「石見式醸造法」発案者、山口厳雄さんにお話を聞きました。
国内の導入ブルワリー70超!「石見式」がついに世界へ
この前数えたら、「石見式」を導入しているのは日本で76社。
77社目がインドで、78社目がフィリピンのセブ。今年ついに国境を超えました(笑)。引き合いがあればどんどん共有して広げていきますよ。今までも、これからもそれは変わりません。

実は、石見式は僕ひとりで発明したわけじゃないんです。
2013年頃かな、小規模醸造所をやろうよっていうグループで、各地の醸造所を見て回っていたんです。当時はみんなチェストフリーザー(小型の冷凍庫)で温度管理しようと考えていましたが、四角い箱の中に丸い樽を入れるのは効率が悪いし、掃除も大変だよね、と。僕は家業が木工屋で内装もできるから、「庫内にぴったり合うステンレスの内張りタンクを作ろう」と考えたんです。そしたら、穀町ビール(宮城県仙台市)の今野高広さんが言ったんです。「ビニール袋を使ったらいいんじゃない?」って。
まさに閃きでした。
僕は学生時代、酒造りに興味があって日本酒の杜氏を目指していたんですが、世襲が多くて就職が難しく、卒業後は味噌メーカーに勤めていた時期があるんです。業務用の味噌はダンボールにポリ袋を敷いて、そこに充填して出荷していました。容器も汚れないし、最後まで絞れる。ポリ袋の充填なんて味噌業界じゃ当たり前のことでした。この技術をビール造りに応用できるんじゃないか?と。これが「石見式」が誕生した瞬間です。

でも、そこからが大変!
税務署に「タンクを使わずにビールを造ります」って免許の相談に行っても、最初はまったく相手にされませんでした(笑)。「どこで修行したんだ」って。前例がありませんからね。
学び合い、教え合う。集合知が財産になる
これは正面突破じゃ無理だ、と。いわゆる「外堀」を埋める作戦に切り替えたんです。まず、地域の理解を得ようと。そこで、地元の島根県江津市が主催するビジネスプランコンテスト「Go-Con」に応募して、2014年に大賞を受賞。次に、地元の金融機関が主催するビジネスコンテストにも同じプランで応募したら、そこでも最優秀賞をいただけました。行政と金融機関のお墨付きをもらったんです。
その新聞記事を持って、もう一度税務署へ。
もちろん、事前に温度管理のデータや実験はしっかりやって、「理論上もきちんと醸造できます」という資料も全部揃えて。そうやって、少しずつ理解を得て話を聞いてもらえる土台ができて、2015年に石見式第1号として酒造免許がもらえました。

もちろん、ポリ袋も専用品。これも島根県の梱包資材メーカーさんに開発してもらいました。他の会社では全部断られましたが、家業の繋がりでようやく食品対応の工場を見つけて実現できたんです。この特注のポリ袋はワンロールが大量なので、自分で調達しようとすると何十年分もの在庫を抱えることになる。だからうちがまとめて購入して、石見式のブルワリーの希望者に供給しています。その方が価格も安定しますしね。
石見式は、特許を取らずに全てオープンにしています。
誰でも見学できるし、来てくれた人には方法も全部伝えます。
「真似されたら困る」という感覚よりも、「一緒にやったほうが楽しい」という気持ちのほうが大きいんですよね。その代わり条件として、研修の際は必ず江津まで来てもらうことにしています。ただオンライン講座で終わりにはしたくなかった。「江津まで来てくれたら、全て教えるよ」と。江津は正直アクセスが良いとは言えない場所です。でも、そこにわざわざ足を運んでくれた人には、隠さずに全部教える。

そうやってオープンにすると、今度は研修に来た人たちが、それぞれの場所でさらに使いやすいように仕組みを変えたり、工夫を始めたりするわけです。そのフィードバックが、またうちに返ってくる。そうやって石見式はどんどんバージョンアップしていきました。初期の頃よりずいぶん進化しています。共存共栄、お互い様の世界ですよね。 今では石見麦酒の事業の柱になっている缶の充填機などの設備製造と販売も、そうやって問題点をヒアリングする中で生まれてきた機械なんです。
日本初、無人駅ブルワリーから始まるまちづくり
もともと醸造を始めたのは別の場所でした。
そこから新たな挑戦として2024年に移転したのが、今のJR波子駅舎です。
きっかけはテレビ番組。利用者が減って無人駅になった駅舎の活用方法を募る企画を知って、番組関係者に直談判しに行きました(笑)。 JRの無人駅で丸ごとブルワリー、日本で初めてです。開業までにいくつかハードルはありましたが、ひとつずつクリアして。今でも1日40人程度が利用する駅で、電車の振動も音ももちろん聞こえます。

この駅に移転してきたことで、新しい物語もはじまりました。
駅の目の前の耕作放棄地を買って羊の牧場を誘致したんです。その羊が雑草と一緒に醸造で出る麦芽粕も食べてくれので、廃棄物が出ないんです。食用の羊なので、いずれお弁当(マトン料理)になって駅の名物になる。それを「駅前開発」と呼んでいます(笑)。
おもしろいのは、ビール造りを始める人って、異業種からの参入が多いんですよ。
例えば、社会福祉法人がはじめた鹿児島市の「ひふみよブリューイング」。彼らはヴィーガン食やグルテンフリーのレトルト食品も作っています。そこで、石見麦酒がビールを教えて、向こうからはレトルト製造を教わりました。鳥取のクラフトコーラ屋さんにはコーラの作り方を教わった。ビール造りを教えることで、僕らも新しい事業に取り組めるんです。業界が違えば、それまで当たり前のことが、別の業界では非常識だったりする。日本酒の酒蔵に石見式の温度管理システムを教えたときは驚かれました。もっと難しいことだと思われていたようで。こうして今、この20坪の駅舎の中で、ビール、リキュール、ワイン、クラフトコーラ、レトルトのカレーまで作ってるんですよ。

石見麦酒のビールの9割が受注生産ですが、定番も9種類あります。
タンクも4本あるので大ロットの注文があればタンクで造りますよ。大事にしているのは、できるだけ近隣の副原料を使うこと。柚子とか米麹とか、おもしろいのが、持ち込むのは農家じゃなくて普通の地域住人が多いこと。近所のおじいちゃんが「庭の柚子だけど使える?」って持ってきてくれるんです。うちは言い値で買い取るシステム。そうすると、「買ってくれるなら頑張って収穫する」って。これまでは放置されて廃棄していた作物をちゃんと買い取ってビールにする。価値にすると、今度は完成したビールを買ってくれる。お金が地域をぐるぐる回るんです。ラベルには原料を提供してくれた人の名前が書いてあるので、自分の柚子がビールになって名前も載る。そのビールを近所に配ったりして、ローカルで輪が広がっていくんです。地域と人のつながりのサイクルが大きくなったり、数が増えたり、それが続いていく社会がいいですよね。

ブルワーになって良かったな、と思う瞬間ですか?
今年この駅舎でビアガーデンをやったんですよ。そのとき、うちで研修したブルワーさんに出店を呼びかけたんです。そしたら県内の他に岐阜や沖縄の久米島、東京の八丈島からすぐに「行きます」って連絡があって。島名物の車海老やくさや、焼酎を持ってきて快く参加してくれたんです。ビールというきっかけ一つで、こんなに遠くからも仲間が集まってくれる。
胸が熱くなりましたね。
これからもスタンスは変わりません、来るもの拒まず。
世界からでも、他の業界からでも、誰でもウェルカムです。
取材・文/山口紗佳
【公式HP】http://www.iwami-bakushu.com/
【facebook】https://www.facebook.com/iwamibeer/
ローカルすぎてなかなか全国には出回らない小さな醸造所です。だからこそ、「飲ん樽」で、ぜひ樽生を体験してもらえたらうれしい。臨時列車「GO GOTSU号」の運行記念でJALさんとコラボした「XPA552」も、僕の好きな「ドライスタウト960」も、きっと新鮮な驚きがあるはず。気に入ってもらえたら、いつかJRに乗って、この波子駅まで遊びに来てください。待ってます。
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