くりやまクラフト(北海道)のはなし
北海道・栗山の恵みを宿し、ささやかな贅沢を届ける。 「まつかぜ322」に込めた出発点

くりやまクラフト
北海道夕張郡
北海道空知地方に位置する栗山町。石狩平野の広大な田園風景が広がり、夕張川がもたらす豊かな土壌で米や玉ねぎ、とうもろこしなど多彩な農作物が育まれる農業の町です。町内には北海道最古を誇る蔵元「小林酒造」のレンガ造りの酒蔵が立ち並び、その規模や大きさが歴史の長さを物語ります。この豊かな食と文化が根付く土地に、2025年4月オープンしたのが「くりやまクラフト」。代表でブルワーの石井翔馬さんにお話を聞きました。
「はじまりのビール」に込めた、この土地への想い
せっかくこの場所で自分たちが造るんだから、守りに入らず、面白いほうへ。
くりやまクラフトのものづくりの根っこには、いつもその想いがあります。
だから、僕らが造るものには、この土地の物語をそっと溶け込ませているんです。
例えば、くりやまクラフトのビールは、基本的にすべて、同じ栗山町内にある小林酒造さんの日本酒を使っています。小林酒造さんは、北海道で一番古い歴史を持つ酒蔵。その歴史の重みと、僕らみたいな生まれたばかりの醸造所のエネルギーが混ざり合ったら、面白い化学反応が起きるんじゃないかなぁと。そんな直感からでした。
もちろん、ただ珍しいものを造りたいわけじゃない。
酒米や清酒酵母を使うという選択肢もありましたが、後からはじめた僕らが他のブルワリーと同じことをやっても面白みがないですよね。どうせやるなら、誰もやっていないような方法で、その存在感がきちんと伝わるものにしたかった。だから日本酒そのものを副原料として使う、という方法を選んだんです。300Lの仕込みタンクに、一升瓶(1.8L)をまるごと使います。加熱するのでアルコール分は飛ばしますが、その奥に息づく香りや米の旨みはビールの中に宿る。飲んでくれた人が「あれ?」とニュアンスを感じてくれるくらいの存在感を大切にしています。
くりやまクラフトがビールを通じて届けたいのは、「ささやかな楽しみ、ささやかな贅沢を」。
クラフトビールって、やっぱりちょっと特別なものですよね。だからこそ、一週間頑張った自分へのごほうびとか、気持ちを切り替えてリラックスしたい、そんなときに飲んでもらえたらうれいしい。 だから、個性的すぎるようなものではなく、心にじんわりと染み渡るような、やさしくて穏やかな味わいを大切にしています。
それを最初に形にしたのが、僕らのはじまりの一杯、「まつかぜ322」なんです。
この名前、実は醸造所の住所なんですよ(笑)。
くりやまクラフトの最初のビールなので、僕らが根を下ろしたこの場所をそのまま名乗るほうが、自分たちらしいと思ったんです。スタイルはゴールデンエール。ファーストバッチからほぼ狙った通りの味に仕上がりましたが、「もっともっとおいしくできるはず」という感覚も同時にあったので、少しずつレシピに手を加えて、回を重ねるごとに改良しています。
ありがたいことにお客さんの反応はとても良くて。
僕らが経営している「くりとくら」というビアバルでは、定番として「サッポロクラシック」も置いてあるんですが、それでも僕らのビールを選んでくれる方がいるとうれしいですね。もちろん、「やっぱりクラシックが好き」って正直に言ってくれるお客さんもいますけど、それはそれでいいんですよ。飲みたいものを自由に楽しんでもらうのが一番ですから。
そうそう、ものづくりへの想いは、ラベルのデザインにも込めています。
クラフトビールって、初めて買うときはデザインで選ぶ、いわゆる「ジャケ買い」も多いと思うんです。 だから思わず手に取ってもらえるような、そして家に帰って冷蔵庫を開けたときにちょっとテンションが上がるような、そんな雰囲気のあるデザインに。人の温もりというか、あったかさを感じられる、僕らならではの顔つきになったと思っています。
栗山町で育まれた野菜に心揺さぶられて
そもそも、僕はこの町の出身じゃないんです。
埼玉で生まれ育って、以前は飲食店や病院で栄養管理や調理の仕事をしていたんです。そのうち「一度きりの人生、北海道で仕事をしてみたい」という憧れが募り、地域おこし協力隊の募集を探し始めたのが始まり。数ある自治体の中で、栗山町の募集要項にあった「ふるさと納税の活性化」という具体的なミッションが目に留まり、ここなら自分の経験を活かせるかもしれない、と。2016年に縁もゆかりもなかったこの町に飛び込んで、僕はみるみる栗山町に魅せられていきました。
この土地が育む農作物の、その圧倒的なエネルギーに。
僕がそれまで知っていた「野菜」とまるで違うんです。
「鮮度」なんて言葉では足りない。土の匂い、太陽の恵み、そして作り手の愛情が、野菜の中に凝縮されている。素材そのものの味が力強くて、ただ火を通すだけでご馳走になる。そんな食材の力強さに触れるうちに、「この町で生きていきたい」「この素晴らしい価値を、もっと多くの人に伝えたい」という想いが芽生えて、協力隊の任期中に僕の心は決まっていました。この町に残って、自分の仕事を創ろう、と。ごく自然な流れでしたね。
やりたいことが、もう目の前にあったから。
そこで最初に立ち上げたのが「合同会社オフィスくりおこ」。
まず始めたのは、町の人も、外から来た人も、誰もが気軽に集える場所づくりです。
人や情報が自然と集まって、新しい何かが生まれる拠点。それを形にするために、2018年に「くりとくら」をオープンしました。栗山町で採れた食材でつくったオリジナル料理とお酒を楽しめる飲食店です。
次なる挑戦のきっかけになったのが、コロナ禍でした。
飲食店はどうしても「待ち」の商売なんですよね。
どんなに良い場所を作っても、人が来なければ何も始まらないんです。
だから自分がその場にいなくても、人がその場に来なくても、外の世界へ出て行ってくれる「アイテム」の必要性を痛感したんです。そのとき頭に浮かんだのが、ビール。栗山の豊かな農産物や水を使えば、きっと素晴らしいものができるはず!と。
醸造技術は、札幌の「澄川麦酒」さんで研修を受けました。
設備を導入する際は、札幌の「月と太陽BREWING」さんに数え切れないほど相談に乗ってもらい、たくさんの人に助けられ、支えられて、2025年3月にようやくスタート地点に立つことができたんです。
「ささやかな贅沢」を栗山町から届けるために
栗山町は本当に食材の宝庫で、ビールに活かしたいものがたくさんあります。
例えば、町内にも工場ができた「コーングリッツ」。
トウモロコシを砕いたもので、これを使ったビールもぜひ造ってみたい。
そして、町内でホップを育てる農家さん。今年は栗山町で育ったフレッシュホップ100%で造る特別なビールを仕込みます。ペレットのホップとは違う、フレッシュならではのいきいきした香りを引き出せたら最高ですね!
まだ駆け出しブルワリーですが、2025年7月に全国からブルワリーが集まる「Sapporo Craft Beer Forest」でビールを出品させていただきました。うれしかったのは、多くの有名ブルワリーに混じって、まだあまり知られていない僕らのビールを選んでくださるお客様を見かけたとき!
あの瞬間は本当に胸が熱くなりましたね。
僕らは、この土地の恵みをお借りしてビールを造っています。
地域に支えられているからこそ、できる限り地域の中で循環させていきたい。
醸造過程で出る麦芽粕は、牛を育てる農家さんに飼料としてお渡ししています。小さな循環ですが、この土地の暮らしと一緒にあるビールでありたいんです。
あの日、イベント会場で自分たちのビールを選んでくれた人の姿。
あの感動を忘れずに、「ささやかな贅沢」をこの町から届け続けたいと思います。
取材・文/山口 紗佳
【公式HP】https://kuriyamabeer.theshop.jp/
【Instagram】https://www.instagram.com/kuriyama.craft/

日常の中でちょっとしたご褒美や特別な時間に寄り添える存在でありたいと思っています。定番の「まつかぜ322」は白身魚のカルパッチョと。IPA「InsPirAtion」は、揚げ物や肉料理などパンチの効いたものと相性がいいです。機会があればぜひ樽から注いだ格別な一杯を!
OTHER BREWERIES