宮島ビール(広島県)のはなし
“お土産ビール”から宮島生まれのクラフトビールへ。
8年がかりで生まれ変わりました。
宮島ビール
広島県廿日市市
広島県廿日市市宮島町、瀬戸内海に浮かぶ「厳島」の通称が宮島です。
宮島といえば有名なのが厳島神社。「神を斎(いつ)き祀(まつ)る島」という語源のように、古くから島そのものが神として信仰され、海上に建つ神秘的な厳島神社と手つかずの自然が残る弥山原始林は、1996年に世界文化遺産に登録されました。日本三景「安芸の宮島」として日本屈指の観光名所である宮島に2010年に設立され、2018年に自社醸造をスタートしたのが宮島ブルワリーです。醸造担当の森川達也さんにお話を聞きました。
宮島ビールに決まったときはインドにいました(笑)
宮島ビールのブランド自体は2010年からあったので、缶やボトルは知っていたんです。広島ではいろんな場所で見かけますしね。当時は委託醸造でいくつかのブルワリーで醸造してもらったものを販売していましたが、ちょうど僕が問い合わせた2017年1月は宮島に自社ブルワリーを建設する話が進んでいたんです。それまでどちらかといえばお土産ビールというイメージでしたが、本格的なクラフトビールにシフトすることになって「これは絶好のチャンスだ!」と思いましたね。そこで1年間に渡る世界旅行を終えて2017年3月に帰国。ブルワリーが完成した10月に入社しました。
そうそう、宮島ビールに入る前は1年間海外にいたんです。
僕の出身は広島県廿日市市ですが、大学から愛知県に出てそのままメーカーに就職。幼稚園や保育園向けの教材や遊具、備品販売の営業をしていました。27歳のときに5年務めたメーカーを退職して妻と1年間、海外を巡る旅に出たんです。学生時代にバックパッカーをしていたものですから、まだ自分の知らない広い世界を見て、いろんな文化や価値観に触れたいと思って旅に出たんです。20数か国を巡って、長くて2~3カ月滞在する国も。宮島ビールに問い合わせたときは、人生3回目のインド滞在中でした(笑)。
宮島ビールを志望したのは、旅する中でさまざまな人に出会って、「自分の好きなことを仕事にしたい」「地元のためになることをしたい」という気持ちが強くなったからと、やっぱりビールが好きだから。当時はクラフトビールを飲んでいたわけではないのですが、20歳でチェコに行った際に、ピルスナーウルケル(※1)の工場を見学する機会があったんです。そこで飲んだ樽生のウルケルが抜群にうまくて!その感動を今でも覚えているので、おいしいビールを自分で造れるなら願ってもない機会です。
もともと宮島は定番の観光スポットとして人気でしたが、ここ5~6年ぐらいはインバウンドで観光客の数も右肩上がり。外国人観光客も増えていたので、ブルワリーレストランとして営業するなら海外経験が役立つシーンもあるんじゃないかと思いました。
そして2017年11月、厳島神社の大鳥居を望み、多くの観光客でにぎわう有之浦の表参道商店街に、直営レストランやビールスタンド、ショップを併設した宮島ブルワリーが完成。2018年1月に醸造免許を取得し、10月に自家醸造のビールをリリースしました。
(※1)チェコのピルゼン地方で1842年から製造。ピルスナースタイルの元祖と名高いブランド。
森川:宮島ビール設立から8年がかりの自社醸造です。宮島の老舗旅館20代目として生まれ、地域活性のために宮島ビールを立ち上げたオーナー有本は万感の思いだったと思います。設備上の問題で醸造を始めるまでに時間がかかってしまいましたが、その間はひたすら醸造修行を重ねました。異業種からの転職でゼロからのスタートなので、醸造研修やブルワリー起業のサポートをしている「備後福山ブルーイングカレッジ」の小畑昌司さんから実践的な指導を受けたり、日本地ビール協会や中国地ビール協議会のセミナーや研修で学んだり、酒類総合研究所の醸造講習を受けたり、中国地方のブルワリーを見学して回ったり。できることはなんでもしました。
設備や機械も初めて触れるので、扱い方から勉強です。
最初の頃は、発酵タンクを洗う際に圧力がかかった状態のバルブを開けてしまって、天井まで水をぶちまけたことも……。ぶちまけたのが商品(ビール)じゃなかったのは幸いでしたが、掃除はかなり大変なことになりました(笑)
ビールも素材も地元比率を増やしていきたい
レシピも新たに考えて、完全に生まれ変わった宮島ビールです。
ようやく安定したものを造れるようになった今は、定番の4種類に季節ごとの限定ビールを出しています。中でも一番人気は「宮島ヴァイツェン」ですね。苦味が少なくてフルーティなバナナ香が特徴なので、ビールが苦手な方や女性を中心に人気です。普段ビールを飲まないという方が「ビールは苦手だけどこれなら飲める」と喜んでくださいました。他には広島の赤をイメージした「広島レッドエール」、島内の弥山(みせん)という霊山に伝わる伝説に由来した「弥山DRAGON IPA」、宮島名産の牡蠣を使用した「オイスタースタウト」です。
仕込みには適度なミネラルが含まれた宮島のまろやかな天然水を使っています。
オイスタースタウトはこの仕込み水に牡蠣の殻を一晩漬けて、香りを移した状態で使ってるんですよ。さらに麦汁の煮沸時に牡蠣の剥き身も入れています。燻製麦芽を使ってほんのりスモーキーでマイルドな仕上がりになっています。牡蠣をはじめとして地元の食材を使ったレストランの料理とも相性抜群ですよ。
季節限定はさまざまなものを造っています。
最近では自家醸造2周年を記念して、広島産デコポンや伊予柑を使った「瀬戸田デコポンホワイト」、宮島の原始林に咲く花々から採取したはちみつを使った「宮島はちみつケルシュ」、レモンを使った「広島レモンエール」や「ゆずセゾン」など、旬の果物や素材を使ったものが多いですね。気候が温暖な瀬戸内はビールと相性の良い柑橘が名産なので、柑橘類のバリエーションも豊富です。
2020年は新型コロナウイルスの感染拡大によってビールの消費も落ち込んでしまいましたが、その代わりタンクに余裕ができたので、今までは造れなかったスタイル、ラガーに挑戦しています。今は小麦を使ったウィートラガーを熟成中です。
醸造スペースには500Lのタンクが8基ありますが、ここで造るビールの9割はレストラン消費。ビアバーや飲食店からお問い合わせがあってもなかなか対応できなかったので、今後は他の場所でも樽生が飲めるようにしていきたいですね。樽詰めビールはここで造っていますが、缶やボトルは現在も委託醸造で製造しているので、いずれ宮島ビールの商品すべてを地元の廿日市市で造りたいとオーナーも考えています。
これまではブルワリーレストランを訪れるお客様の半数が外国人観光客でしたが、コロナの影響もあって今年は地元の方が多く来てくださいます。観光客が多いので、宮島に来てクラフトビールを初めて飲むという方も珍しくありません。ですから、初めての方でも飲みやすいようにクセの強くないもの、そして地元の食材を取り入れたビールを意識しています。
目の前に広がる瀬戸内海やシンボルの大鳥居。ここで宮島の美しい景色と一緒に宮島生まれのビールと料理を楽しんでもらえたら、宮島の記憶がしっかり胸に刻まれるような気がします。宮島にゆっくり滞在したくなる、そういう故郷を代表するブランドを造っていきたいですね。
取材・文/山口 紗佳
森川:ほとんどのお客様が「はじめまして」だと思います。島外で樽生ビールを飲める機会が少ないので「ビールの縁側」を通じて、少しでも宮島旅行気分を味わっていただけるとうれしいですね。
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