NOMCRAFT Brewing(和歌山県)のはなし
「つくる」ときは新しいものを柔軟に受け入れる。
ビールもまちづくりも「Fun&Try」がいいんです。
NOMCRAFT Brewing(和歌山県)
和歌山県有田郡
和歌山県有田川町。
和歌山県中央部にあり、有田みかんや日本一の生産量を誇る「ぶどう山椒」の生産地として知られる有田川町では、2015年からアメリカのオレゴン州ポートランドと連携したまちづくりを進行中。地域住民や若い世代を中心に、官民一体で取り組む地域創生プロジェクト「有田川という未来」の核となるのが元保育施設です。閉園した田殿保育所を「まちのリビングルーム」として再活用する一環として、2019年にオープンしたのが「NOMCRAFT Brewing」、ブルワーでPR担当の金子巧さんにお話を聞きました。
醸造ルームは元給食室でオフィスはお遊戯室 施設全体が「まちのリビングルーム」ですね。
醸造設備があるのは給食室、事務所として使っているのはお遊戯室です。もちろん室内は改築していますが、壁の絵や廊下の雰囲気は当時のまま。ルームプレートもそのままでしょう(笑)。他の店舗も職員室や保育室を改装して営業しています。NOMCRAFT がテナントとして入っている「THE LIVING ROOM」は、2016年に閉所した田殿保育所を再活用して生まれ変わった複合施設です。地域住民が取り組んでいる有田川町の地域創生プロジェクト(※1)の拠点として、みんなの憩いの場になっています。 今はNOMCRAFTの樽生ビールとハンバーガーが楽しめるカフェバー「ゴールデンリバー」と、「グランアヴニール」という人気のベーカリーが入っていて、今後はネイルサロンとゲストハウス、シェアオフィスが入る予定です。施設全体が「まちのリビングルーム」として、有田川町に住む人たちが交流したり、遊びに来た人たちをもてなしたりする場所になってきたところですね。
そんな「まちのリビングルーム」にあるNOMCRAFTは、農業が盛んな有田川町の食材を使って「飲む楽しさ」を伝えながら、みんなが気軽に集えるパブリックスペース、コミュニティを作るブルワリーを目指しています。ビールを飲んだ人が実際に有田川町に訪れることで、思いがけない出会いが生まれたり、新たな人やモノの流れや動きが出てきたりするかもしれない。そういった、きっかけになるビールが造れたらと。有田川町に興味を抱いてもらえるような、面白味のあるビール造りに挑戦したいと思っています。
有田川町は、そういう町だと思うんです。
ウェルカム感が強いというか。移住者に対して歓迎的で、おおらか。
地域の人たちが積極的にまちづくりに取り組んで、自分たちでまちを盛り上げようとする土壌があるから、外の人に対しても優しいし、人との距離感がちょうどいいんですよね。
若い人がやりたいことに対して後押ししてくれる、自由にチャレンジできる空気があるし、暮らしやすい街だと思いますよ。みかんの収穫だけ手伝う予定だった僕が、気づけば住み着いてしまったのもそんな理由(笑)。あの日、ポートランドで有田川町の皆さんと出会い、ベンとアダム(※2)に繋がったのも、偶然に偶然が重なったことでした。
(※1)人口減少によって将来的には行政機能が維持できなくなる「消滅可能性都市」に該当する有田川町では、2015年に地域住民が主体となった地域創生プロジェクト「有田川という未来 ARITAGAWA2020」が発足。まちづくりの成功事例として世界から注目を集めるオレゴン州ポートランドのスタッフをサポート役として迎え、有田川町の拠点となりうる施設のリノベーションや活用方法を地域住民で話し合っている。
(※2)NOMCRAFT Brewingの発起人は、米ポートランド出身のBen Emrichさんと、シカゴ出身のAdam Baranさん。
この有田川町なら、ポートランドのように クラフトビールがまちづくりの後押しになるのでは?
僕は大学卒業後からバックパッカーやワーキングホリデーを使って海外と日本を行ったり来たりしていて、2017年はワーキングホリデーでカナダに住んでいました。そこで働いていたブリューパブにブルワーとして入ってきた日本人からクラフトビールが盛んなポートランドの話を聞いたんです。そこで一気に興味が膨らんで、帰国前の2週間旅行してみることに。滞在中のシェアハウスにあった雑誌で目にしたのが「Farm to table(農場から食卓まで)」をテーマにした農園レストランでした。すぐに連絡して1日だけ農園ボランティアとして働くことになった日、農園視察に来ていたのが有田川町再生プロジェクトメンバーだったんです。
プロジェクト代表の森本(※3)の話を聞くうちに、有田川町の取り組みに興味をひかれて、みかんの収穫や森本が経営する家具屋の手伝いのつもりで2017年11月から有田川町へ。年内滞在ぐらいの気軽な気持ちで訪れましたが、そこで通訳としてベンとアダムのブルワリープロジェクトのミーティングに参加したことが次のステップになりました。
ローカルなビールが人を集めて、コミュニティをつくることを故郷で見てきた彼らは、水がきれいで、ビールと相性の良い果物に恵まれた自然環境と、地域の人と行政が積極的にまちづくりに関わる姿勢を見て、ポートランドのようにローカルブルワリーが後押しになると考えていました。ビールにとって、原材料が近くで調達できることは大きな意味を持ちます。有田川町は高野山系のプレーンな湧水が豊富に使えますし、有田みかんをはじめとして、デコポンやベルガモット、八朔、河内晩柑、ゆずやレモンと、ありとあらゆる柑橘類が栽培されています。みかんの花から採蜜されたはちみつも名産ですし、粒が大きくて豊かな香りをもつことから最高級品といわれる「ぶどう山椒」の発祥の地でもあります。どれもビールと相性の良い素材。生産農家が近いことで、入手しやすいことはもちろん、ビールに関わる人が増えれば、「自分たちのビール」「まちのビール」という意識が広く根づいて、関心が高まります。ビールが地域のコミュニティづくりに役立つのは、巻き込める人が多いという面もあります。繋がる人が多ければ、可能性がどんどん広がる。
彼らの想いに共感した僕も、ブルワリープロジェクトに加わることにしました。わずかな興味のきっかけが、思いもよらぬ人生のターニングポイントになるものです。
とはいえ、田舎町に醸造所を立ち上げるのは大変。
ベンとアダムにはアメリカでブリューイング経験がありましたが、僕はアメリカンクラフトに詳しい彼らとは違った視点がもてるように、メルボルンや岩手のブルワリーで数か月間、醸造技術を学び2019年4月に醸造所オープン。1年間は何もかもが初めてで大変でしたが、ようやく慣れてチャレンジする余裕がもてるようになってきました。毎日来てくださる常連さんや飲み手の笑顔を見ると、立ち上げてよかったと実感します。
NOMCRAFTでは、ドリンカビリティを重視しながらホップの香りが特徴的なアメリカンスタイルを中心に造っています。意識するのは「クラシックとモダン」。たとえば塩と乳酸菌を使うドイツの伝統的なスタイル「ゴーゼ」に地元の山椒を使うなど、伝統製法にNOMCRAFTならではのエッセンスを加えて、オリジナリティを表現しました。使ったことのない酵母や、有田川町の素材の組み合わせで造れるビールは無限大。おもしろいビールが造れそうでワクワクしますね。
こうして僕たち住人が楽しそうに過ごすことが、まちの未来につながるんじゃないかと思っています。楽しいことは長続きするもの。活気のあるまちは、そこに住む人がイキイキと暮らしているものですから。その手にNOMCRAFTのビールがあれば最高ですね!
(※3)「ARITAGAWA2020」代表でNOMCRAFT Brewingの代表責任者
取材・文/山口 紗佳
3人のブルワーがアイディアを持ち寄って造り上げるビールです。伝統製法やスタイルに敬意を払いながら「クラシック&モダン」の精神で、有田川町の農作物や新しい素材など、ビールの品質を高め合うものを積極的に取り入れたいと思っています。ぜひ誰かとNOMCRAFTのビールをシェアして、会話のきっかけにしてください。
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