NUMBER NINE BREWEY(神奈川県)のはなし
低アルコールでも満足度の高いビールがあれば、 お酒が弱くてもクラフトドリンクの世界が楽しめる
NUMBER NINE BREWEY
神奈川県横浜市中区
横浜港に面したみなとみらいの新港・ふ頭地区で、2019年10月にオープンした「横浜ハンマーヘッド」は、ラグジュアリーホテルと「食」をテーマにした体験型レストランやカフェが出店する複合商業施設です。施設内にある「QUAYS pacific grill(キーズ パシフィック グリル)」は、店内にビール醸造所「NUMBER NINE BREWERY」、ジン蒸留所「NUMBER EIGHT DISTILLERY」、コーヒーの焙煎所「HAMMERHEAD ROASTERY」を備え、さまざまなクラフトドリンクとニューアメリカン料理と合わせて楽しめる新名所。ブルワーの齋藤健吾さんにお話を聞きました。
飲みやすさと飲みごたえ、対極にある要素が高次元でバランスしたところを狙う
日本人は体質的にお酒が強くないでしょう?僕自身も強い方じゃないんです。
それに、ここには蒸留所もロースタリーもある。ニューアメリカン料理と合わせて多彩なクラフトドリンクを楽しめるレストランです。ビールだけで終わってほしくない。だからお酒が弱くてもアルコールドリンクを楽しめるように、低アルコールで飲みやすいのに香り豊かで満足度が高いビール、「最高のスタータードリンク」を造っています。
低アルコールというと、薄っぺらくて物足りないイメージを持たれますが、僕が目指しているのは、アルコール度数を抑えながらも飲みごたえのあるもの。飲みやすさと飲みごたえが両立したビールです。対極にあるこの2つのバランスが整ったところが狙い。
たとえば、アルコール度数を低くするとボディ、つまり飲みごたえが軽くなりがちですが、それを防ぐために麦芽にお湯を混ぜて麦汁を作るマッシング(糖化)工程で、「コールドマッシュ」という製法を使っています。マッシング前の麦芽を冷水にしばらく浸すことで、同じモルト量でも適度な穀物感と甘みが残ってボディを支えてくれるんです。水出し麦茶のようなものですね。
僕はおいしいビールって、ライトでもしっかりとした風味や飲みごたえを感じられて、アルコール度数が高いものでも引っかからずにスルスル飲めるビールだと思うんです。ライトボディとフルボディ、苦いものと苦くないもの、対極をなす要素が高次元でバランスをとっているから杯が進む。僕がニュージーランドで働いていたブルワリーのビールも、すっきりしているのに飲み飽きない、絶妙なバランスで成り立つビールばかりでした。
僕もそんなビールが造りたい。
ビール造りをはじめて16年になりますが、ようやくその夢が叶ったのがこのNUMBER NINE BREWERY(以下、ナンバー9)なんです。
ニュージーランドやオーストラリアで培った経験が横浜で実を結んだ
きっかけは1杯の「インペリアルスタウト」(※1)でした。
当時勤めていた蔵元、熊澤酒造が造っていた「湘南ビール」の限定商品です。勤め先といっても僕はブルワーじゃなくて商品の出荷担当。茅ヶ崎にある熊澤酒造は、地元に近いという理由で転職した会社でした。その前の仕事は「ステラおばさんのクッキー」の店長だったんです(笑)。
それまで湘南ビールはもちろん、クラフトビール自体を飲んだことがなかったので、ローストモルトとアメリカンホップが織りなす豊かな香りとドリンカビリティの高さに衝撃を受けたんです。ハイアルコールなのにすごく飲みやすくて。すぐに醸造に興味を持ち始めましたが、熊澤酒造で醸造担当になるのは難しかったのでブルワーの仕事を探したところ、醸造アシスタントを募集していたのが千葉県浦安市にある「ハーヴェスト・ムーン」でした。
ハーヴェスト・ムーンではヘッドブルワーの園田智子さんと櫻井正時さんのもとで醸造をゼロから学んで、入社後3年から一通りの醸造業務を任されるようになりました。そのうち季節限定ビールの開発も担当するようになって、2014年に開催された「インターナショナル・ビアカップ」(※2)で、僕が考えた「Eccentric White IPA」が金賞を獲得! このときうれしかったですね。これはヴァイツェン酵母で発酵させたIPAにハチミツを加えて、シャンパン酵母で再発酵させるという名前通りエキセントリックな造り方ですが、公に認められたことが自信につながったと思います。突き詰めていけばいくほどビールの世界が楽しくて、やがて自然と自分のビールを自由に造りたいと思うようになっていました。そして10年間勤めたハーヴェスト・ムーンを退職して心機一転、ニュージーランドへ。
ニュージーランドは現地に住む姉のもとをたびたび訪れていたのですが、いつか生活してみたいと思っていたんです。最近ブルワリーやビアバーが増えて、世界的にも注目されている国です。ただ、30歳を過ぎていたのでワーキングホリデーは使えず、僕は自費で語学学校に通いながらブルワリーを巡りました。中でも憧れていたのが首都ウェリントンにある「Garage Project」、ビールが超個性派揃いの革新的なブルワリーです。どうにか働けないものかと履歴書持参でアプローチしたもののダメで、次は同じウェリントンの「Fork&Brewer」に通い詰めて(笑)。最初は断られましたが、粘り強く通って見学したり、仕込みをちょっと手伝ったりしているうちに気に入られて、アルバイトで働けることに。1年間働いて正社員雇用の話もありましたが、就労ビザがとれず断念。滞在資金が尽きかけていた頃、現地のブルワー仲間がオーストラリアのブルワリーを紹介してくれたんです。
そこで2カ月間トライアルでビール造りをした後、ビザと移住準備のため日本に戻り、さぁいよいよ!といったところで、母親の病が発覚しました。深刻な状態だったので、そばで闘病を支えるために渡豪は見送ることに……。オーストラリアでの仕事に期待していただけに落胆も大きかったですが、なんとか気持ちを切り替えて日本で活動できる場を探しました。古巣でアルバイトをしたり、福島のブルワリーの立ち上げを手掛けたり、2~3年間で5~6件ほどブルワーの話がありましたが、なかなかうまく話が進まない中でナンバー9の開業を知ったんです。
ただ、ブルワーに就任する人は決まっていて、社員がポートランドのブルワリーで醸造研修を積んでいました。実はその人が今の上司にあたります(笑)。それでもめげずに直談判、ブルワーとしてビール造りにかける思いや、ビールを通して飲み手に提供できる価値をA4の紙1枚にしたためて社長面接でプレゼン。ニュージーランドにいたときのように自分を売り込みました。その熱意を買っていただいたおかげで、僕は今ここにいます。
僕が目指すのは、きっかけのインペリアルスタウトのように、人の心を震わせることができるビール。そして、ビールをきっかけにハッピーになれる空間づくりです。たとえば、移動式のビアカウンターでビールを飲みながらペダルをこいで走る「ビアバイク」で横浜のブルワリーを巡るなど、体験型のビアツーリズムをもっと浸透させたい。
2020年はコロナ禍であまりイベントが企画できませんでしたが、横浜のブルワリーと連携して、ビール文化発祥の地である横浜をもっともっとビールで盛り上げたいですね。
(※1)黒くなるまでローストした大麦を使った黒ビール「スタウト」から派生したビアスタイル。一般的にハイアルコールでフルボディ、濃厚な味わいが特徴。
(※2)1996年から日本地ビール協会が毎年主催しているビールの審査会。
取材・文/山口紗佳
ここの魅力はなんといっても横浜ベイエリアの眺望をぐるっと一望できる最高のロケーション!樽を現地引取にして、見晴らしのいいデッキや公園で海を見ながらのんびりとビールを味わうのもおすすめです。想像するだけで飲みたくなるでしょう?(笑)
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