王越麦酒(香川県)のはなし
限界集落の元役場から空飛ぶタクシーへ。「Lomon Soon」の風吹く岬で未来を醸す
王越麦酒
香川県坂出市王越町
香川県坂出市の北端、瀬戸内海に突き出した岬にある王越町は、古くからみかんやレモンの栽培が盛んな里山と里海の風景が広がる静かな町です。自然そのものが主役の場所に、かつての王越町役場の建物をリノベーションした醸造所があります。2024年春に醸造免許を取得し、ビール造りをスタートさせた「王越麦酒」です。過疎化が進む町に活気を取り戻そうと、「農業とビール」、そして「アート」を融合させたユニークな取り組みを行っています。醸造担当の朱熹旻(シュ・キビン)さんにお話を聞きました。
「何もない」からこそ、未来を自由に描ける。
王越町にはコンビニエンスストアはおろか、信号も数えるほどしかありません。
醸造所の窓の外には穏やかな瀬戸内海と、のどかな里山の風景が広がっています。
周囲には何にもありませんが、坂出と高松のちょうど中間地点にあるので、車で20分も走れば市街地。都会の便利さと自然の豊かさを兼ね備えたちょうどいい場所です。
海と山に囲まれた、静かで穏やかな土地。でも、私たちにとってはこの「空白」が最大の魅力でした。何もないからこそ、これから何だって描ける。真っ白なキャンバスのようなこの町に、私たちは「ビール」と「アート」で未来を描こうとしています。

王越麦酒が拠点を構える場所は、かつてこの町の役場だった建物をリノベーションしたものです。醸造所の外壁を見上げると、そこには7人のアーティストがライブペイントで描いたカラフルな「未来の王越」が描かれています。空飛ぶタクシーが行き交い、人々が集い、活気に満ち溢れた5年後、10年後の姿。かつて過疎化が進み、小学校さえなくなってしまったこの町に、再び人の笑い声を取り戻したい。壁画には、そんな私たちの祈りと決意が込められているんです。

壁画を制作する間は、通りがかった車がわざわざ止まって「ここは何屋さん?」と声をかけてくれることがたびたびありました。何もないはずの山道に、色が生まれ、人が立ち止まる。その光景を見て思ったんです。「アートには、場所を変える力がある。ビールにも、人が集める力がある」と。
私がビール造りをすることになったきっかけは、運営会社である株式会社ウエストフードプランニングの社長、小西啓介との出会いです。もともと私は、同社のうどん事業に応募して入社しました。ビールは飲むのが大好きで、特にアメリカの「ストーンブルーイング」のIPAを飲んで衝撃を受けてからは、さまざまなお店を飲み歩くのが趣味でした。しかし、まさか自分が造り手になるとは夢にも思っていませんでしたね。
転機は、小西から町おこしに関するプレゼンテーションを聞いたとき。
小西は幼い頃から王越町にはよく遊びに来ていて、この土地に愛着を持っていました。小西の「ふるさとを盛り上げたい」という純粋で力強い想いに心を動かされて、私は醸造の世界へ飛び込むことを決意したんです。

それから約2年半ぐらいかけて、丸亀市の「ミロクブルワリー」さんで研修。
レシピ設計から醸造工程、設備のメンテナンスに至るまで徹底的に学びました。大変なこともありましたが、それ以上に楽しかったですね。自分がイメージした味わいを、自分の手で形にしていく。それはまるで、画家が色を重ねて絵を完成させるような、クリエイティブな喜びに満ちていました。
うどん県の「小麦」と里山の恵みをいかして
王越麦酒のビールには、この土地の「物語」が溶け込んでいます。
その一つが、香川県が誇るうどん用小麦「さぬきの夢」を使うことです。「白昼夢」というベルジャンホワイトでは、さぬきの夢を発芽させていない「生小麦」の状態で使用しています。詳しい製法は企業秘密ですが、これによって驚くほど口当たりがソフトで、滑らかなビールに仕上がるんです。うどん特有のあのコシと喉越しの良さを生み出す小麦が、ビールになると「やさしさ」を発揮してくれる。
そして、王越の太陽と潮風を浴びて育った「みかん」と「レモン」。
王越のみかんは、古くからの農家さんが大切に育ててきたもので、甘みと酸味のバランスが絶妙です。私たちはその果実はもちろん、フレッシュな香りの詰まった果皮も使います。口に含むと王越の段々畑の風景が頭に浮かぶような、そんな味わいを目指してるんです。

特に、私が初めてレシピを書き、一番最初に仕込んだビール「レモンスーン(Lemon Soon)」には強い思い入れがあります。名前の由来は、「レモン」と「モンスーン(季節風)」。栓を開けたその瞬間、フレッシュなレモンの香りがフワッと立ち上る。まるで風に乗って香りが届くように、王越の爽やかな空気を飲み手に届けたい。そんな願いを込めて名付けたんです。おかげさまで、「レモンスーン」は「ジャパン・グレートビア・アワーズ2025」で受賞することができました。
しかし、私はまだ満足していません。
仕込みのたびにお客様の声や審査員のフィードバックを反映させ、微調整を繰り返しています。「前よりもおいしい」。そう言っていただけるよう、ベストを更新し続けることこそが、造り手の使命だと思っています。
アートとビール、共通するのは「無限の可能性」
クラフトビール造りは無限の可能性を秘めています。
麦芽、ホップ、酵母、水。そして地元の副原料。それらの組み合わせは無限大で、造り手の感性次第でどんな色にも染められます。それはまさにアートそのもの。「王越麦酒」のロゴマークも、山と海をモチーフにしたシンプルで愛らしいデザインに。ラベル絵も王越にゆかりのあるアーティストに依頼して、ビールのイメージを形にしてもらっています。手に取ったときにビジュアルで思いを感じていただき、飲んでみて「おいしい」と笑顔になってもらう。視覚と味覚、その両方で王越という町を感じてもらうことが、私たちのコンセプトである「ビール×アート」の真髄です。

現在は定番の5種類に加えて、季節ごとの限定ビールも造っています。
冬には度数を高めた、じっくりと味わえるビールを。季節の移ろいに合わせて、ビールのスタイルも変化させていく。それもまた、自然と共にある王越麦酒らしい在り方だと思っています。
今後は、バレルエイジング(木樽熟成)のビールにもチャレンジしてみたいですね!
ワイン樽やウイスキー樽を使い、時間をかけてビールを熟成させる。木樽由来の複雑な香りと深い味わいが、ビールの新たな扉を開いてくれるはずです。そしてもう一つは、高松市内の直営店出店。来年の春頃を目処に、高松駅の近くにタップルームをオープンする計画が進んでいます。そこでは王越麦酒のビールを樽生で楽しんでいただけるようになります。

中国で生まれ育った私が、縁あって香川に来て、地域の豊かさと熱い経営者に出会い、この王越町でビールを造っている。人生とは不思議なものですね。でも、私は今この場所を心から愛しています。かつて役場として町の中心だったこの場所が、今はビールとアートの発信地として、新しい「王越の心臓」になりつつある。まだまだ小さな鼓動ですが、醸造タンクの横でその動きを日々感じています。
何もない町だなんて、もう言わせません(笑)。
ここには、最高のビールとアート、未来への希望があるのですから。王越の風を詰め込んだ一杯が日常に彩りを添え、ふとこの瀬戸内の岬に思いを馳せるきっかけになれば。そんな思いで、今日もしっかりビールに向き合っていきたいと思います。
取材・文/山口紗佳
【公式HP】https://ohgoshibeer.shop10.makeshop.jp/
【Instagram】https://www.instagram.com/ohgoshi__beer/
「ビール×アート」をコンセプトにお届けしています。「レモンスーン」は揚げ物やハンバーガーはもちろん、和食やお魚料理にもよく合いますので食前酒としてもおすすめ。アートを楽しむように、私たちのビールが持つ香りや味わいの個性をお楽しみください。
王越麦酒
香川県坂出市王越町
香川県坂出市の北端、瀬戸内海に突き出した岬にある王越町は、古くからみかんやレモンの栽培が盛んな里山と里海の風景が広がる静かな町です。自然そのものが主役の場所に、かつての王越町役場の建物をリノベーションした醸造所があります。2024年春に醸造免許を取得し、ビール造りをスタートさせた「王越麦酒」です。過疎化が進む町に活気を取り戻そうと、「農業とビール」、そして「アート」を融合させたユニークな取り組みを行っています。醸造担当の朱熹旻(シュ・キビン)さんにお話を聞きました。
「何もない」からこそ、未来を自由に描ける。
王越町にはコンビニエンスストアはおろか、信号も数えるほどしかありません。
醸造所の窓の外には穏やかな瀬戸内海と、のどかな里山の風景が広がっています。
周囲には何にもありませんが、坂出と高松のちょうど中間地点にあるので、車で20分も走れば市街地。都会の便利さと自然の豊かさを兼ね備えたちょうどいい場所です。
海と山に囲まれた、静かで穏やかな土地。でも、私たちにとってはこの「空白」が最大の魅力でした。何もないからこそ、これから何だって描ける。真っ白なキャンバスのようなこの町に、私たちは「ビール」と「アート」で未来を描こうとしています。

王越麦酒が拠点を構える場所は、かつてこの町の役場だった建物をリノベーションしたものです。醸造所の外壁を見上げると、そこには7人のアーティストがライブペイントで描いたカラフルな「未来の王越」が描かれています。空飛ぶタクシーが行き交い、人々が集い、活気に満ち溢れた5年後、10年後の姿。かつて過疎化が進み、小学校さえなくなってしまったこの町に、再び人の笑い声を取り戻したい。壁画には、そんな私たちの祈りと決意が込められているんです。

壁画を制作する間は、通りがかった車がわざわざ止まって「ここは何屋さん?」と声をかけてくれることがたびたびありました。何もないはずの山道に、色が生まれ、人が立ち止まる。その光景を見て思ったんです。「アートには、場所を変える力がある。ビールにも、人が集める力がある」と。
私がビール造りをすることになったきっかけは、運営会社である株式会社ウエストフードプランニングの社長、小西啓介との出会いです。もともと私は、同社のうどん事業に応募して入社しました。ビールは飲むのが大好きで、特にアメリカの「ストーンブルーイング」のIPAを飲んで衝撃を受けてからは、さまざまなお店を飲み歩くのが趣味でした。しかし、まさか自分が造り手になるとは夢にも思っていませんでしたね。
転機は、小西から町おこしに関するプレゼンテーションを聞いたとき。
小西は幼い頃から王越町にはよく遊びに来ていて、この土地に愛着を持っていました。小西の「ふるさとを盛り上げたい」という純粋で力強い想いに心を動かされて、私は醸造の世界へ飛び込むことを決意したんです。

それから約2年半ぐらいかけて、丸亀市の「ミロクブルワリー」さんで研修。
レシピ設計から醸造工程、設備のメンテナンスに至るまで徹底的に学びました。大変なこともありましたが、それ以上に楽しかったですね。自分がイメージした味わいを、自分の手で形にしていく。それはまるで、画家が色を重ねて絵を完成させるような、クリエイティブな喜びに満ちていました。
うどん県の「小麦」と里山の恵みをいかして
王越麦酒のビールには、この土地の「物語」が溶け込んでいます。
その一つが、香川県が誇るうどん用小麦「さぬきの夢」を使うことです。「白昼夢」というベルジャンホワイトでは、さぬきの夢を発芽させていない「生小麦」の状態で使用しています。詳しい製法は企業秘密ですが、これによって驚くほど口当たりがソフトで、滑らかなビールに仕上がるんです。うどん特有のあのコシと喉越しの良さを生み出す小麦が、ビールになると「やさしさ」を発揮してくれる。
そして、王越の太陽と潮風を浴びて育った「みかん」と「レモン」。
王越のみかんは、古くからの農家さんが大切に育ててきたもので、甘みと酸味のバランスが絶妙です。私たちはその果実はもちろん、フレッシュな香りの詰まった果皮も使います。口に含むと王越の段々畑の風景が頭に浮かぶような、そんな味わいを目指してるんです。

特に、私が初めてレシピを書き、一番最初に仕込んだビール「レモンスーン(Lemon Soon)」には強い思い入れがあります。名前の由来は、「レモン」と「モンスーン(季節風)」。栓を開けたその瞬間、フレッシュなレモンの香りがフワッと立ち上る。まるで風に乗って香りが届くように、王越の爽やかな空気を飲み手に届けたい。そんな願いを込めて名付けたんです。おかげさまで、「レモンスーン」は「ジャパン・グレートビア・アワーズ2025」で受賞することができました。
しかし、私はまだ満足していません。
仕込みのたびにお客様の声や審査員のフィードバックを反映させ、微調整を繰り返しています。「前よりもおいしい」。そう言っていただけるよう、ベストを更新し続けることこそが、造り手の使命だと思っています。
アートとビール、共通するのは「無限の可能性」
クラフトビール造りは無限の可能性を秘めています。
麦芽、ホップ、酵母、水。そして地元の副原料。それらの組み合わせは無限大で、造り手の感性次第でどんな色にも染められます。それはまさにアートそのもの。「王越麦酒」のロゴマークも、山と海をモチーフにしたシンプルで愛らしいデザインに。ラベル絵も王越にゆかりのあるアーティストに依頼して、ビールのイメージを形にしてもらっています。手に取ったときにビジュアルで思いを感じていただき、飲んでみて「おいしい」と笑顔になってもらう。視覚と味覚、その両方で王越という町を感じてもらうことが、私たちのコンセプトである「ビール×アート」の真髄です。

現在は定番の5種類に加えて、季節ごとの限定ビールも造っています。
冬には度数を高めた、じっくりと味わえるビールを。季節の移ろいに合わせて、ビールのスタイルも変化させていく。それもまた、自然と共にある王越麦酒らしい在り方だと思っています。
今後は、バレルエイジング(木樽熟成)のビールにもチャレンジしてみたいですね!
ワイン樽やウイスキー樽を使い、時間をかけてビールを熟成させる。木樽由来の複雑な香りと深い味わいが、ビールの新たな扉を開いてくれるはずです。そしてもう一つは、高松市内の直営店出店。来年の春頃を目処に、高松駅の近くにタップルームをオープンする計画が進んでいます。そこでは王越麦酒のビールを樽生で楽しんでいただけるようになります。

中国で生まれ育った私が、縁あって香川に来て、地域の豊かさと熱い経営者に出会い、この王越町でビールを造っている。人生とは不思議なものですね。でも、私は今この場所を心から愛しています。かつて役場として町の中心だったこの場所が、今はビールとアートの発信地として、新しい「王越の心臓」になりつつある。まだまだ小さな鼓動ですが、醸造タンクの横でその動きを日々感じています。
何もない町だなんて、もう言わせません(笑)。
ここには、最高のビールとアート、未来への希望があるのですから。王越の風を詰め込んだ一杯が日常に彩りを添え、ふとこの瀬戸内の岬に思いを馳せるきっかけになれば。そんな思いで、今日もしっかりビールに向き合っていきたいと思います。
取材・文/山口紗佳
【公式HP】https://ohgoshibeer.shop10.makeshop.jp/
【Instagram】https://www.instagram.com/ohgoshi__beer/
「ビール×アート」をコンセプトにお届けしています。「レモンスーン」は揚げ物やハンバーガーはもちろん、和食やお魚料理にもよく合いますので食前酒としてもおすすめ。アートを楽しむように、私たちのビールが持つ香りや味わいの個性をお楽しみください。
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