OUR DAYs Brewery & Clubhouse(東京都)のはなし
「バカこそ扉をノックする」。叩き続けた扉の先に開いたブルワリー

OUR DAYs Brewery & Clubhouse
東京都渋谷区
東京都渋谷区の北西部に位置する笹塚。京王線で新宿駅から一駅という都心へのアクセスの良さを誇りながら、駅前には活気ある商店街が連なります。甲州街道沿いに発展した笹塚は、新しい商業施設と昔ながらの個人商店が共存し、都会の利便性と下町情緒あふれる穏やかな空気が流れる場所。そんな人々の暮らしが息づく街に、2022年5月13日オープンしたのが「OUR DAYs Brewery」。映画プロデューサーという異色の経歴を持つ代表が、知識ゼロからビールの世界へ。代表でブルワーの西口典子さんにお話を聞きました。
扉を叩き続けた先に、ビールの世界が開いた
昔から好きな言葉があるんです。
劇団「ラッパ屋」の演出家、鈴木聡さんの舞台で耳にした「バカこそ扉をノックする」というセリフ。何ごとも、その世界の大変さや裏事情を知っていると、失敗や困難を恐れて自分で勝手に限界を決めちゃう。でも、何にも知らないからこそ、恐れずにトントンと扉を叩けるっていう意味。OUR DAYs Breweryの成り立ちは、まさにこれでした。
ブルワリーをつくろうと決意したものの、本当に何も知らないド素人。
最初はそもそもクラフトビールの基本知識すらなくて、醸造修行でお世話になった師匠に「エールとラガーってどう違うんですか?」なんて聞いて、とんでもなく驚かせたと思います(笑)。ビール業界の人からしたら、「そんなことも知らないの!?」ってレベルだったんですよ。
クラフトビールの聖地ともいわれる、両国のクラフトビール専門店「麦酒倶楽部 ポパイ」の代表・青木さんにお会いしたとき、「ビール(煮沸した麦汁)ってどうやって冷やすんですか?」って質問して。青木さんに「本当に何も知らないからやろうとしてるんだね」って言われました。「醸造やブルワリーの経営を知ってたら、参入しようとは思わないよ」とも。
それ、ある意味で最高の褒め言葉だと思っていて。
大変さを知らないからこそ、飛び込んでいけたんです(笑)。
OUR DAYs Breweryができたのは、この「バカこそ扉をノックする」という精神そのもの。
ノックし続けたから、その先の世界が開けたんです。
きっかけは、シルバータンクへの“一目惚れ”
「なぜ、映画の世界からビールへ?」って、よく聞かれます。
長年テレビドラマや映画制作の世界で働いてきたんですが、コロナ禍の少し前から、この仕事を一生続けていくかどうか、キャリアについて迷っていた過渡期だったんです。これまで芸能関係の仕事に注いでいた情熱を、別のものに向けたほうがいいんじゃないかと。
自分が映画監督として1本撮るか、その制作費を回収できるのか、いろいろ考えあぐねていたときに、ふと「全然違うことを始めてもいいんじゃないか」と思って。このまま映画だけをやっていても、この先の人生はたぶん同じことの繰り返し。新しいことを始めるなら年齢的にも今しかないんじゃないかと思ったんです。
じゃあ何を始めるか?きっかけは本当に単純なことでした。
ビールの醸造タンクが、すごくかっこいい!と思ったんですよ。
銀色でギラっと光っていて。映画の撮影で使うカメラ機材も好きだったので、そういうメカニカルなものの造形美に惹かれたのかもしれません。
言ってみれば、完全に見た目から入りました(笑)。
数あるお酒の中でなぜビールだったのかというと、「始めやすさ」が一番の理由でした。
「お酒って個人でつくれるんだ!」と知ったのが始まり。もともと日本酒好きなので酒蔵の見学にも行きましたが、とても個人が手を出せる規模じゃない。ウイスキーも、ワインも「これは無理だな」と。そんなとき、インターネットで「3メートル四方の場所さえあればビールはつくれる」というアメリカの記事を見て。「それならやれるかも。ちょっといろいろ聞いてみよう」から始まったんです。
つまり、入口の低いところから一段ずつ上がっていった感じなんです(笑)。
ゼロから紡いだ「私たちの日々」
この街の、誰かの居場所になる一杯を
「作ること」自体へのこだわりは、昔からありました。
そこはやはり、ドラマやテレビ番組、映画を作ってきた経験が大きいですね。
自分で企画を立てて、ゼロから一つの作品を作り上げる。その「自分の手で何かを生み出す」というプロセスが性に合っているんだと思います。「自分でものを作る」ことが絶対条件でした。
ブルワリーを始めようと考えていた時期は、ちょうど新型コロナの影響が深刻になっていたころでした。あるニュースで、アルバイトがなくなり、生理用品さえ買えなくなってしまった女子大生がいると知って、すごく衝撃を受けたんです。そんなことが起きてしまう社会で、大人である自分は何もしなくていいんだろうか、と。強く思いました。
だから、ただビールを醸造して売る場所を作りたかったわけじゃないんです。
「ここにおいでよ」と言えるような場所、人が集まって繋がりが生まれるような拠点を作りたかった。大人になると、新しい友人を作ったり、所属できるコミュニティを見つけたりするのって、すごく難しいじゃないですか。だからこそ、ここに来れば誰かに会える、そんな安心できる空間が必要なんじゃないかな、と。笹塚という場所を選んだのは長く住んでいる街だから。
自分の足場がある場所、暮らしている街のスポットにしたいと思いました。
といっても知識も経験もゼロからのスタート。
当然ながら順風満帆ではありません。最初に相談したコンサル会社にいきなりすっぽかされたり(笑)。でも、今思えばそれが良かった。そのおかげで、偶然その打ち合わせ場所にいたビールの師匠に出会えたんですから。師匠は「銀河高原ビール」で醸造長をされていた柴田信一さん。柴田さんはド素人の私の初歩的な質問にも、嫌な顔をせず丁寧に答えてくれました。
師匠との出会いがなければ、途中で心が折れていたかもしれません。
柴田さんが当時アドバイザーとして通っていたブルワリーが自宅から近かったこともあり、そこでアシスタントとして仕込みを手伝いながら醸造のイロハを学びました。コロナ禍だったこともあって通えたのは3ヶ月ほど。実はこの研修中も、本当にビールづくりをやるのだろうか?と自問自答していたのですが、師匠が疑いもなくやる前提で熱心にアドバイスしてくださったので、私も「これはやりきらなきゃダメだ」と腹をくくることができました。
一番怖かったのは、お店をオープンするときでしたね。
「いざオープンして、もし誰も来なかったらどうしよう」って。
改装工事が長引いて、その間に醸造免許をとったり告知をしたりスタッフを集めたり、バタバタと進めていく中で、その恐怖がずっとありました。業界の人脈に頼ることは一切せず、本当にゼロからのスタートでしたから。だからこそ、オープンしたときにわざわざ顔を出してくれた後輩や友人、これまでの仕事で繋がってきた人たち、ご近所さんなどがふらっと立ち寄ってくれたときは、本当にうれしかったですね。この街の人たちとの繋がりができたことが何よりの財産です。 お客さん同士が仲良くなったり、最高のスタッフたちに恵まれたり。この場所が、人に育ててもらっているなと日々実感しています。
ビールのラインナップは、バリエーションをもたせて6〜8種類つなぐようにしています。
定番もありますが、さまざまな味の変化が楽しめるように、ブルワリーとしてもチャレンジしていきたいです。
ブルワリー名の「OUR DAYs」は、ビールの「泡(アワ)」と、私たちの「OUR(アワー)」をかけて生まれたもの。「私たちの日々」という意味合いで、それぞれの「日常」と「泡」をかけて、ほっとひと息つける居場所で、「ビールでも飲んでさぁ」とか言いながら雑談してもらえるような時間をつくっていきたいと思います。
取材・文/山口 紗佳
公式サイト:https://ourdaysbeer.jp/

うちのビールが日常の中の「ふとした時間」に寄り添えたら。仕事を頑張った日にベランダでボーっと一杯とか、散歩がてらでかけた公園とか、ちょっとだけ特別なことをしたいとき、そんな何気ない瞬間に、私たちのビールがそばにいられたらいいなと思っています。
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