ビールの縁側

六甲ビール醸造所(兵庫県)のはなし

変わらないのは「醸造家の理想とするおいしさをそのまま届けたい」という情熱。
変わる社会に合わせて、進化し続ける道を選んだ。

日本三大名泉として知られる有馬温泉の近くにあり、六甲山の北側山麓、いわゆる「裏六甲」と呼ばれるエリアにあるのが「六甲ビール」です。創業は1997年、会社員時代に海外のビール文化に触れてきた創業者の中島郁夫さんが、工場エンジニアの経験を活かして運営会社の有限会社アイエヌインターナショナルを立ち上げました。生産拡大にともない、2018年に第二工場を設立。六甲の名水や地元の副原料を使ってビールを醸造しています。現在、経営全般を引き継いでいる専務取締役の中島学さんにお話を聞きました

組織の立て直しと商品の全面リニューアルに着手

 

六甲ビールは1994年の酒税法改正の流れを受けて、1997年に父が52歳で立ち上げたブルワリーです。外資系企業に長年勤務していた父は、アメリカやドイツを訪れた際、どの街にもその土地のビールがあって、地域の人に愛されている様子を目にして「日本にも地ビール文化を根付かせたい」と思って起業しました。六甲の名水を使った神戸の地ビール第1号として、有馬温泉や神戸のお土産にと、ごひいきにしていただきました。

 

ただ、私はお酒に強くなかったですし、ITで学生中にベンチャー起業を考えていたので大学卒業後はIT系企業に就職。3年ほどシステムエンジニアとして働き、将来は実家の仕事を継ぐことも考え東京の通信会社の営業職に転職しました。その会社はいわゆるホワイト企業。居心地がよくて一生サラリーマンを続けることも考え始めていました。

 

ところが実家に帰省すると、いつも休みなく仕事をしている父と母の姿。

 

家業はいい意味で家庭的、言ってしまえば家内工業的で、後を継ぐ人がいない中で老いていく両親を見て、私は家業を畳むのはもったいないと思い始めたんです。私は海も山もある故郷の神戸が好きでした。けれども重工業で栄えた神戸は不景気で、仕事が全くありません。自分の営業経験を活かして事業拡大できれば、神戸の活性化につながって雇用も生み出せるのでは……。と思って継ぐことを決意。2012年4月から会社に加わりました。

 

そこで直面したのが売上の少なさ。そして身内で事業をやる難しさ。

 

営業としてそこそこ結果を出していたので自信はありましたが、会社員時代とは勝手が違いました。販路拡大の方法もわかりません。それでもがむしゃらに営業を行い、3年ほどで売上は3倍ぐらいにはなりましたが、その多くがイベントなど一過性のもの。固定客との継続的な取引を増やすためには、コンペで賞を取れるようにビールの品質改善も必要だと考え始めたんです。

 

しかしビール造りに関しては全くの素人。食品業界も初めてです。

 

知識も経験もない状態だったので、広島にある酒類総合研究所で20日間の醸造講習を受けました。理論に基づいた講義やさまざまな実習を通して、まずは体系的に学ばなければならないと思ったんです。実技的な知識はもちろん、ビール造りに対する考え方を学んだことでビール造りに対する意識も大きく変わって、これまでの醸造工程や衛生管理をすべて見直すことに。専用の分析機器で測定、分析を行って状態を数字で把握することで、確実な品質改善につなげたいと思いました。数字や理論だけでは割り切れない部分もありますが、できる限り目に見える形でコントロールすることで、品質面のブラッシュアップもしやすくなります。

 

課題が見えてきたので急いで品質改革を進めたかったものの、これまで常識とされてきたことを大きく変えようとするわけですから、そう簡単にはいきません。周囲の反対の声や現場での軋轢も生じやすくなります。毎日大変でしたが、僕自身は新しいことを吸収するのが好きでしたし、変化も苦ではありません。常に「どうすればおいしくなるだろう?」と考えて工夫し、それを評価、検証していく。僕が醸造に携わるようになってから、レシピは50回以上リニューアルしたと思います(笑)。

 

その成果は徐々にビールの味が良くなっていくことで実感できましたし、品質が上がるのに比例して、販売量は当初の4~5倍に増えました。達成感がありましたね。

 

少しでもおいしく、少しでも手に取りやすく。 そのためにできることは惜しみません。

 

既存商品の改良に加えて、商品開発にも積極的に取り組むようになりました。

 

2015年に発泡酒の製造免許を取得して、フルーツを使ったベルジャンスタイルビールや、カシス果汁をたっぷり使った女性人気の高いカシスビールをリリース。これまで地物を使ったビールがなかったので開発したのが、2017年に発売した「BAYALE」です。兵庫県産の酒米を使い、お米由来のスッキリ感と爽やかなホップアロマが両立したライスエールです。

 

酒米は使う量や味のバランスをとるのが難しくて、使い過ぎると味が淡白になってしまい、ビールの良さが失われてしまいます。酒米を使いながらも、おいしさを追求するために試行錯誤。数回試作を重ねて、ようやく納得のいく味わいに到達したときは、喜びもひとしおでしたね。

 

新商品の拡充とともに、避けられない問題も出てきました。

 

実はこれまで隣接した土地に度重なる借り増しと増築を行って、3回ほど製造量を上げてきましたが、それでも追いつかなくなってきて。いよいよ敷地内におさまらなくなってきたんです。第一工場は建物も設備も古く、必要に応じて改良を繰り返してきましたが、技術の進歩とともに醸造設備も進化します。機械の進化は品質に直結しますし、意を決して2017年に第二工場を新設。新しい設備を輸入して生産ロットを2倍に拡大しました。第一工場と併せて多品種の商品が造れるようになったので、季節限定やコラボ商品など、さまざまなスタイルに挑戦できるようになりました。

 

さらに第二工場に開設したタップルームでは樽生ビールを楽しむこともできます。

 

コロナ禍の今は12種類ですが最大で15~16種類。辺鄙な場所にあるのに、わざわざ遠方から飲みに来てくださる方や、近所の方が集う憩いの場になっていてうれしいですね。

 

六甲ビールの大きなチャレンジといえば、缶商品のリリースも。

 

第二工場に缶の自動充填機を入れて、2019年から缶ビールの製造販売を始めました。従来の重くてかさばるガラス製の瓶商品と違って、軽くてコンパクトな缶は持ち運びに便利です。光を通さないので劣化のリスクもありません。さらに、コロナ禍で開発した缶内熟成タイプの「SAIZON」や「WEST COAST SESSION IPA」などは常温で長期保管できるんです。その結果、流通コストが抑えられて、兵庫県内や大阪の大口販売先では300円台後半で購入できるように価格設定できました。お客様が手に取りやすい価格にすることで、少しでも多くの方に六甲ビールを飲んでもらえます。

 

コロナ禍で社会生活が大きく変わったように、需要や価値観は変化します。

 

技術も機械も急速に進化しますし、変化に合わせて変わり続けることが大切ではないでしょうか。変わらないのは、醸造家が理想とするビールのおいしさを、お客様にそのまま楽しんでもらいたいという情熱。そのためにできる努力は惜しみません。

鈴木オーナー

六甲ビールでは料理と組み合わせて楽しむフードペアリングを意識しています。僕個人としておすすめなのは、セゾンとプレーンなソーセージですね。セゾンの爽やかでフルーティな香りがソーセージのうま味を引き出して、相乗効果抜群ですよ!

OTHER BREWERIES

その他のブルワリー

福島のおいしいビールをお届けすることが一番の恩返しになるから、技術を磨き続ける。

みちのく福島路ビールは、福島市郊外の丘陵にあるアンナガーデン内に1997年に創業された家族経営の醸造所。吾妻山系を臨むうつくしいガーデン内で、厳選された原料と地元の果物を使ってつくられるビールにはファンも多くいます。現在醸造長を務める吉田真二さんは、2009年にホテルの仕事からビール醸造の世界に飛び込みました。醸造への不安や、東日本大震災によって何度も壁に当たりますが、その度に手を差し伸べてくれたお客さんやブルワー仲間、家族がいました。多くの人たちとの助け合いの輪が、今のみちのく福島路ビールのおいしさにつながっています。

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福島路ビール

福島県福島市

もっと自由に!もっと面白く!もっと気軽に!クラフトビールを身近なものにしたい

「Vector Brewing」がある東京都台東区浅草橋は、下町の情緒が残るモノづくりの町。2016年に新宿で誕生した醸造所は、2017年に醸造の拠点を浅草橋に移し、常に“面白い”ビールを発信しています。それはクラフトビールをもっと自由で気軽に楽しんでもらうため。ユニークなデザインとネーミング、豊富なラインナップは初心者でも手に取りやく、クラフトビールファンをジワジワと増やしています。元銀行員でラガーマンだという異色の経歴をお持ちのブルワー三木敬介さんにお話を伺いました。

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VECTOR BREWING

東京都大田区

「Beer is Art」を胸に、北海道・江別ならではのビールを育みたい

北海道の中部、石狩平野の中央にある江別市は、国産小麦の代表格として知られる「ハルユタカ」が生まれた土地。パンや麵、スイーツ、ビール醸造に適した国産品種がいくつも誕生した日本有数の小麦の産地です。札幌市の中心部から近く、空港や港湾へのアクセスも良いことから、生活に便利なベッドタウンでもあります。その江別自慢の「ハルユタカ」を使ってビールを醸造しているのが、2009年から江別市で醸造をしている「NORTH ISLAND BEER」。元ヘッドブルワーで現在は取締役工場長を務める多賀谷壮さんにお話を聞きました。

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NORTH ISLAND BEER

北海道江別市

尖った味ではないかもしれない。 その分、どれを飲んでも外さない安心感と質の高さは世界に誇れるもの

滋賀県北東部、琵琶湖のほとりにあり長浜城の城下町として栄えた長浜市は、伝統的な建築物が集まる県内有数の観光スポット「黒壁スクエア」など、現在でも当時に面影を残す情緒ある町並みが広がっています。そのレトロモダンな風景にとけ込むように佇むのが、米川に面した「長濱浪漫ビール」のブルワリーレストランです。江戸時代から続く築100年以上の米蔵を改築した醸造所は1996年にビール醸造を開始。2016年からは施設内に「長濱蒸溜所」を開設して、クラフトウイスキーの製造もしています。ブルワーの上村雄大さんにお話を聞きました。

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長濱浪漫ビール

滋賀県長浜市

ベルギーと日本、そして世界中へ。
ビールでつなぐ人の円が、広がりのある未来を見せてくれる

「RIO BREWING&CO.(リオ・ブルーイング・コー)」は、ベルギービール名誉騎士である菅原亮平さんが2015年にベルギー現地法人にて設立したブランド。特定の醸造所を持たないファントムブルワリーを経て、2018年に東京・五反田に自社醸造所を構え、2021年に千葉県柏市に拡大移転しました。運営するEVER BREW株式会社は、「デリリウムカフェ」「ベル・オーブ」「ブラッスリー セント・ベルナルデュス」「ブラッスリーMUH」「ウルビアマン」「ブッチャー・リパブリック」等、ベルギービールやクラフトビールを主軸とした飲食店を多数展開しています。RIO BREWING.COの代表、菅原亮平さんにお話を聞きました。

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RIO BREWING & CO.

千葉県柏市

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