さかい河岸ブルワリー(茨城県)のはなし
川の港“河岸まち”境町の玄関口で
ほっと心が休まる「さしま茶」ビールはいかがでしょう。
さかい河岸ブルワリー
茨城県猿島郡境町
茨城県南西部、茨城県と千葉県の県境に位置する境町。
利根川と江戸川の分岐点にあるため、陸路が発達するまでは奥州と江戸を結ぶ利根川随一の「河岸のまち」、そして商店や旅籠が軒を連ねる日光街道の宿場町として栄えていました。人や物が行き交い、文化交流がさかんだった境町。そのにぎわいの歴史を名に冠したのが「さかい河岸ブルワリー」です。2018年、利根川沿いの「道の駅さかい」の一角にオープンして、名産のさしま茶をはじめ地元産の果物や野菜を使ったビールを醸造するさかい河岸ブルワリー。代表でブルワーの安井健さんにお話を聞きました。
お茶とビール、それぞれが引き立つバランスを探る
「ちゃんとお茶の香りがするのに、ちゃんとビールでホッとする味」「IBU(※1)が69もあるのに苦味を感じない」。そう言っておいしそうに飲んでもらえるとやっぱりうれしいですよね。さしま茶を使った「さしま茶エール」と「さしま茶IPA」は、試行錯誤を重ねてようやく形になったうちの看板商品ですから。お茶の香りが強すぎても弱すぎてもダメだし、茶葉がもつえぐみも抑えなければいけない、ビールとしておいしく飲めるベストバランスになるように、茶葉の状態や使う量、温度、使うタイミングを何度も何度も試しながら理想の味を追求していったんです。今のレシピは、さしま茶エールには茶葉をお湯でこしたお茶として使い、さしま茶IPAは粉末の茶葉をお湯でといて使っています。納得できるまで、妥協せずにこだわってつくったものを飲んだ人においしいと言ってもらえたら、これ以上うれしいことはありませんよ。
さしま茶の他に、境町のイチゴやトマトを使った季節限定のビールも毎月出しています。友好交流協定を結んだ道の駅がある沖縄県国頭村とのコラボで、ゴールドバレルという高級パイナップルを使ったビールも。道の駅にあるので地域を超えた交流もできるんです。境町の玄関口として「地域のためになるビール」がコンセプトですから。
でも、ここに来るまでは山あり谷あり。
紆余曲折を経てようやく軌道に乗ったところですよ。
ブルワリーを運営するのは、境町で酒の卸売り問屋を営む株式会社安井商店です。
大正4年の創業から代々境町で商売をしてきましたが、問屋の在り方が問われるようになったのは10年ぐらい前から。中間業者を通さない流通スタイルが主流になってきて、卸売りの存在意義を考えていました。大型チェーンのスーパーやコンビニの台頭、メーカーのネット販売が増えて廃業に追い込まれる問屋も見てきましたから、危機感はいつもありましたよ。このままでは生き残れない。自社で付加価値をつけないと、生きていけないと思ってたどり着いたのがクラフトビールだったんです。
きっかけは2014年に行ったハワイのスーパー。
巨大な冷蔵ケース一面に並ぶローカルビール見て、海外のクラフトビールの勢いに圧倒されました。当時は日本でもクラフトビールが注目を浴び始めて、各地に小規模醸造所が増え始めた時期。各地の醸造所を見て回ったり、文献で調べたり、ビール関係のセミナーに参加したり、独学で学びながら事業計画を立て、免許取得に向けて動き出したんです。
当初は町内の別の場所に醸造所を構える予定でしたが、ちょうど道の駅のリニューアルのタイミングで、敷地内の一角をご提案いただきました。道の駅なら県外利用者も多いので地域の魅力を伝えるにはもってこいですし、将来的に道の駅のレストランでビールを提供したり、工場のテイスティングルームやタップルームを造ったり、展開もイメージしやすいですしね。
ただ、肝心のビール醸造に関しては独学だったので、知識も経験も心もとないと思っていたところに、頼もしい助っ人が! 大手ビールメーカーで40年以上も醸造部門に従事していた方が、退職後に顧問としてサポートしてくださることになったんです。ボタン1つで操作できるオートメーションの醸造設備になる前から、アナログ設備の時代からビールを造ってきたプロフェッショナルです。師匠としてこれ以上心強いアドバイザーはいません。
こうして醸造や設備のアドバイスを受けながら、2018年3月に醸造免許を取得。
さかい河岸ブルワリーが誕生しました。
(※1)International Bitterness Units(国際苦味単位)の略。ビールの苦味を表す指標でホップに含まれる成分から算出される計算上の数値。一般的にIBUの数値が高いほど苦味が強いとされるが、甘みが強いと苦味が感じにくくなるため、実際の感じ方とは異なる。
失敗がなければ、「ペールエール」の金賞受賞もなかったかも
ビールのコンセプトは、クラフトビールに出合うきっかけになったアメリカンスタイルが中心、そして境町近郊の素材を取り入れて「地域が元気になるビールを造る」こと。クラフトビールになじみのない人でも飲みやすいように、香りがよく、爽快感が味わえるものを造りたいと思っています。そこで、境町の名産で日本で日常的に親しまれているお茶「さしま茶」を定番商品に使うことにしました。
さしま茶は、境町を中心とした茨城県西部で栽培されている特産品です。
茶葉に厚みがあるので、お茶にすると濃厚な風味とコクが楽しめるのが特徴で、日本茶として初めて海外に輸出された歴史あるお茶なんですよ。でも知名度は正直今ひとつ……。狭山茶(埼玉)と間違えられます(笑)。境町の魅力を伝えるビールとして、このさしま茶をどう生かすか、顧問と二人三脚でレシピ改善を積み重ねました。
そして、ようやく初仕込みを行った日に、思わぬ設備トラブルの発生。
このときは正直めちゃくちゃ落ち込みましたね……。早く形にしたいという焦りがどこかにあったのかもしれません。たくさんの人にご迷惑とご心配をかけてしまって、先のことが考えられないぐらい沈みました。でも諦めたらそれこそ今までの努力が水の泡。支えてくれた方々の期待も裏切ることになります。ここで投げ出せませんよね。レシピや醸造設備、衛生、安全管理、すべての工程を見直して、気持ちを入れ替えて再スタートを決意したんです。気持ちに芯が入って、「前よりももっとおいしいビールを!」という意気込みで、2019年1月にようやくビールのお披露目ができました。正直ホッとしましたし、「おいしい」と言ってくださって救われました。
そして、2020年2月に開催されたビールの品評会「ジャパン・グレートビア・アワーズ2020」で、なんと「ペールエール」が金賞を獲得! 初出品でしたが、公の場で認められたことでブルワーとしての自信にもつながりました。受賞をきっかけにお問い合わせをたくさんいただいています。
今思えば、あの失敗がなければ、品質に対してここまで強い気持ちをもてなかったかもしれませんし、良い評価にもつながっていなかったかもしれません。自分のビール造りを見直すきっかけになったことは確かです。それからも飲んだ方の感想やご意見を参考にして、妥協せずに改善を重ねています。境町の玄関口ですから、境町らしさを感じられるビールでお客様をあたたかく迎え入れたいですね。
取材・文/山口 紗佳
さしま茶の豊かな香りと柑橘系ホップがバランスした「さしま茶エール」や、華やかなホップアロマと飲みごたえを味わえる「さしま茶IPA」の他に、ペールエールやゴールデンエール、IPAの定番も飲み比べると表情の違いがよくわかります。好みに合うお気に入りのキャラクターを見つけてみてください。
OTHER BREWERIES