Shared Brewery(東京都)のはなし
自由に造るのもクラフトビールの醍醐味。
飲むだけに留まらない“体験価値”もシェアしたいですね。
Shared Brewery
東京都八王子市
八王子市東部にあり、浅川と多摩丘陵にはさまれた長沼エリアは、自然環境も近く暮らしやすい街として人気です。東京都心部へのアクセスも良く、近隣に大学や高等専門学校が点在することから学生の多い街としても知られています。その京王線・長沼駅と平山城址公園駅の間にあるのが「Shared Brewery」。“ホームブルーイングを体験できる醸造所”として2017年に開業して、オリジナルビールの醸造体験サービスと自社醸造のビールが飲めるタップルーム営業をメインとしています。代表でブルワーの小林大亮さんに話を聞きました。
製造免許申請で言われたことは「難しいかもね」
クラフトビールの醍醐味って、味の多様性や好きなものを選べる楽しさもありますが、造る側としては「オリジナルレシピで自由に造れること」も魅力なんですよね。海外の多くの国では一般家庭でビールを造ることが合法なので、趣味としてホームブルーイングを楽しむ人が多いんです。お店で提供するためには免許が必要ですが、自宅で自分たちが飲むビールに関しては自由に造れます。ホームブルワー向けの原材料や醸造器具も手軽に購入できて、レシピや知識もオープンなので、家庭料理と同じようにビール造りが日常に浸透しています。趣味だからこそ純粋に面白いものを追求して、自由な発想で造れますし、ホームブルワーのビール審査会もあるので、醸造技術の進歩も早い。
ところが日本では自家醸造が法律で禁止されている(※1)ため、ビールを造る楽しみまでは味わえません。僕はワーキングホリデーでニュージーランドにいたとき、ホームブルーイングを楽しむ文化に触れていたので、日本で体験できないことがもったいないと思ったんです。「日本でビール造りの楽しさも広めたい」。それがShared Brewery構想のきっかけです。日本で体験できないということは未開拓市場。つまり今がスタートアップビジネスとして立ち上げるチャンスでもあります。
法律を変えることは難しいですが「ビール造り体験」という機会をつくることで、一方通行ではないビールの楽しみを提供する。そういった体験価値を盛り込んだビジネスプランをまとめて、2016年当時通っていた大学院主催のビジネススクールのコンテストで発表したんです。それが高評価をいただけて最優秀賞に選ばれました。出資してくださる方も見つかり、事業として本格的に立ち上げることに。
ところが、免許取得までの道のりは難関だらけ。
まず、通常のブルワリーと違って「お客様が醸造を体験できるブルワリー」として申請したので、担当官に「(酒税免許の)審査をパスするのは難しいかもね」と言われました(笑)。国税庁としても初めてのビジネスモデルだったらしく、さまざまなプロセスで課題が浮き彫りになってしまって。半年近く交渉を重ねて、趣旨を理解してもらうことが大変でしたね。さらに工場に不特定多数の人が出入りすることになるので、保健所で衛生管理の許可を得ることにも一苦労。都内の醸造所で醸造経験を積む傍ら、免許申請と物件探しに思いのほか時間をとられて、1年がかりの開業準備になりました。
当時はシェアリングビジネスが急速に拡大し始めた時期だったので、審査に時間がかかると競合が増えてしまう焦りもありましたが、課題を一つずつクリアして、なんとか2017年7月に免許がおりて開業にこぎつけました。
(※1)酒類の製造免許を取得せずにアルコール分1度以上の飲料を造ることは酒税法で禁止されています。
プロ仕様の機材や設備って憧れるんですよね。
体験醸造ができるスペースは、全国展開のクッキングスタジオのようにガラス張りにして、外から作業の様子が見えるようにしています。イメージしづらい「醸造」という作業をオープンにして、通りがかった人にも興味を持ってもらえるようにしたくて。
醸造設備はアメリカの醸造機器メーカーSs Brewtechから個人で直接輸入しました。
この黒いジャケットの発酵タンクは、プロが使う設備をアマチュア用にダウンサイズしたもの。ホームブルーイングがさかんなアメリカでは、プロ仕様の道具に憧れる人が多いんです。好きなサッカー選手が使っているスパイクに憧れるのと同じ心理ですね。Ss Brewtechはデザイン性もさることながら、プロ仕様の設備をホームブルワー用にスケールダウンしたものが多いので、自家醸造の本場でホームブルワーが憧れる設備で体験できることも満足度につながると思って。
免許にしても設備にしても醸造知識にしても、参考にしたり、取り入れたりするのは醸造先進国の海外ですから英語は必須です。開業まで骨が折れることが山ほどありましたが、それだけ前例がないサービスだったということ。新しいことをする以上、ハードルがあるのは当たり前で、それがビジネスチャンスです。大変でしたが支援してくださる人達のおかげで、壁を一つ一つ乗り越えていくことも楽しかったですよ。
免許取得後2か月は、ホームブルーイング体験のサービス作りに集中しました。
実際に知人にテスト体験してもらい、課題を洗い出して改善点をフィードバック。「どうやったらお客様に楽しんでもらえるか」、体験サービスの満足度を高めて、お客様を飽きさせない工夫を凝らしてサービスを固めました。
2020年は新型コロナウイルス感染予防のために、ホームブルーイング体験は休止せざるをえない状態ですが、去年までは月3組ほど体験醸造を行っていました。当時の個人向けコースの最低醸造量は330mlの瓶で96本。やや多いかと心配しましたが、お客様がSNSで呼び掛けて10人ぐらいメンバーを集めて、イベントとして楽しんでくださいました。まさに、Shared Breweryの名前通りのシェアリングのおかげで懸念も払拭されましたね。
タップルームはホームブルーイング体験の延長にある発信の場になっています。
当初は工場のみの計画でしたが、お客様としては飲める店舗があると来店しやすいですよね。自社醸造のビールでホームブルーイング体験のPRができます。お客様が実際にビールを飲みながら「この味を出すためにはどういった原料が必要で、どのように加工するのか」と、説明しながら造りたいビールのイメージがつかめます。お客様同士の交流の場としても活用してもらえますし、地域の方がお店に集って語らう様子を見ると、僕も地域に溶け込んだ気がしてうれしいものです。
自社醸造の定番は6種類で、ラベルのQRコードを読み込むとビールのレシピを公開したサイトに飛ぶようにしています。ただ買って飲んで終わりではなく、醸造体験の教材として活用してもらえるように。フィードバックがあればレシピ改善に取り入れます。常にお客様と同じ立ち位置、同じ目線でいることによって、「一緒にビールを造る」という姿勢を大事にしたいと思っているんです。
今は実店舗での取り扱いがありませんが、将来的には法律の範囲内で楽しめるように、材料と道具をセットした商品など、気軽に造る楽しさを広めるホームブルーショップも併設できたらいいですね。課題はたくさんありますが、向き合ってクリアしていくことが業界全体の発展や活性化につながっていくと思いますから。
取材・文/山口 紗佳
オリジナルビールを自分で造る楽しさも体験できるブルワリーです。レシピや造りたいビールのイメージをお客様と一緒に考えるところからスタートします。ビールの世界をもう一段深く味わえるのがホームブルーイング体験。自由な発想で生まれるビールのおもしろさや難しさも体験してみませんか?
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