しもかわ森のブルワリー(北海道)のはなし
星降るまち、深い森林のまち、
北海道・下川の森が育てた「トドマツ」香るビール
しもかわ森のブルワリー
北海道上川郡
北海道の北部に位置し、総面積の約9割を森林が占める下川町は、古くから林業の町として栄えてきました。冬には氷点下30度近くまで気温が下がる厳しい自然環境をもち、日本における「アイスキャンドル」発祥の地としても知られる幻想的な場所です。豊かな森林資源と美しい星空に恵まれた下川町に2023年、ブリューパブ「しもかわ森のブルワリー」がオープンしたのは2023年。異業種から転身し、ご夫婦で新たな挑戦を始めた代表社員の中村隆史さんにお話を聞きました。
春は新芽のやわらかな香り、夏は生命力に溢れたパワフルな香り
想像していたのは、いわゆる「松ヤニ」のような重たくてクセのある香りでした。

でも、実際にトドマツの枝葉を手にしたとき、僕の予感は心地よく裏切られたんです。
北海道・下川町によって植樹され、育まれてきたトドマツ。その香りは驚くほどクリーンで爽やか!まるでレモンやライムのような柑橘のニュアンスを帯びていました。「これなら、ホップとの相性も良いはず!」。そう直感した瞬間、この場所でビールを造る意味がくっきりと輪郭を持った気がしました。
しもかわ森のブルワリー最大の特徴は、「森を飲む」という体験ができること。
この土地が持つ空気感、森の存在そのものをビールにとじ込めているからです。下川町は面積の9割が森林という、まさに森の町。この場所でビールを造るなら、絶対にこの土地にあるものを使いたいと考えていました。町内には町の木でもあるトドマツの精油を作っている事業者さんがいて、エッセンシャルオイルになるほどの香りなら、きっとビールにも活かせるはずだと思ったんです。実際に使い道を試行錯誤してみるうちに、葉だけでなく枝からもすばらしい香りが出ることがわかりました。枝から滲み出る成分が、味わいに奥行きとウッディな風味を与えてくれるんです。

今では月1回程度、町有林の採取許可をもらって、自分たちの手で新鮮な枝葉をとりにいきます。春先は新芽の柔らかな香り、夏は生命力に溢れた力強い香り。時期によって表情を変える森の香りをそのまま仕込みの釜へと投入します。煮沸の終盤にトドマツの枝葉を漬け込むと、ホップのフルーティーさと重なり合って、奥の方からふわりと「森」が顔を出すんです。
ビールを口に含むと、鼻に抜ける清涼感で、針葉樹林の中にいるような感覚が味わえます。ビール造りを通して、この土地の自然と向き合っている感覚ですね。
農家になる夢や農業へのリスペクトを「醸造」という形で叶えた
うちのビールにはすべて星の名前を付けています。

ピルスナーの「PROCYON(プロキオン)」、ペールエールは「SIRIUS(シリウス)」、ヴァイツェンは「BETELGEUSE(ベテルギウス)」。実は僕たちは夫婦で「天文宇宙検定」という検定を受けるほど天文好きなんです。3級ですけどね(笑)。カメラを片手に星空を追いかけ、プラネタリウムに通うのが好きなんです。移住してきたこの下川町は、肉眼で天の川が見えるほど空気が澄み渡った美しい場所。この圧倒的な星空の下で、僕たちのビールを楽しんでほしい。そんな願いを込めて、夜空に輝く星の名前を借りました。
ビールを楽しむ空間にもこの町の物語を織り込みたかった。

直営ビアスタンドの内装には林業の町らしく、木材をふんだんに使っています。カウンターやテーブルには、ミズナラやハンノキなど町内で採れたさまざまな木を使い、それぞれの木が持つ肌触りや、木目の美しさを感じられるようにしています。床にはトドマツの板材を使い、一歩足を踏み入れれば木のぬくもりに包まれるような感覚を覚えていただけるはず。物件探しもブリューパブの設計施工も、本当に多くの町の方々に助けていただきました。ここは町の皆さんのやさしさが集まってできた場所です。
今でこそ、こうしてビールと向き合っていますが、以前の僕は半導体関連のエンジニアとして、一日中パソコンと向き合う日々を送っていました。そんな生活の中で、唯一心が安らげる時間が妻と一緒に始めた家庭菜園。妻の親戚が農家だったご縁で畑を借りて野菜を育てることになったんです。土に触れ、作物の成長を見守り、手がけた野菜を食べる。その時間が疲れ切った心身を癒やしてくれました。「自然と向き合う仕事がしたい」。やがてその思いが日増しに強くなり、50歳を目前にして、人生の舵を大きく切る決意をしたんです。
最初は、自分自身が農家になる「新規就農」を考えていました。
ところが年齢の壁や制度のハードルが高くて断念。そこで辿り着いたのがビール醸造でした。もともとお酒全般が好きでしたが、ワイン好きの妻の影響でワイナリーを訪ねるようになり、醸造家と接する機会が増えたことで、「醸造」が身近なものになっていきました。ビールは30代の頃に札幌のビアガーデンで、初めてヴァイツェンを飲んだときが衝撃でしたね。グラスから立ち上るバナナのような甘い香り、苦味のないまろやかな味わい。「こんなビールがあるのか!」と、価値観がひっくり返るような感動を覚えたのです。
ビールなら野菜やフルーツ、ハーブ、スパイス、地元の農産物を副原料として自由に使うことができます。農業への夢を、醸造という形で実現させる。それが、僕なりの「農」との関わり方だったんです。こうして移住先を探していたときに出会ったのが、下川町の「地域おこし協力隊」でした。あらかじめ決められたミッションをこなすのではなく、「あなたのやりたいことを応援する」という起業応援型のスタンス。説明会で見た先輩隊員の生き生きとした姿、それを町全体が受け入れ、一緒に走りながらサポートしてくれるあたたかい雰囲気に惹かれて応募。下川町で第二の人生をスタートさせました。

ビールの概念を変えてくれたのがヴァイツェンだったから、自分のブルワリーでもおいしいヴァイツェンを出したかった。それが定番の一つ「BETELGEUSE」です。小麦麦芽由来のバナナのようなエステル香をしっかりと引き出し、ビールの苦味が苦手な人でも笑顔になれるような、やさしい味わいに仕上げています。
そして、ブルワリーの顔とも言えるのがペールエールの「SIRIUS」です。
トドマツを最もたくさん使って、柑橘系のホップ「シトラ」と組み合わせることで、森の香りとフルーティーさを融合させました。レシピは何度も改良を重ね、苦味を抑えてドリンカビリティを高めました。その結果、今年の「Japan Great Beer Awards 2025」で銀賞を獲得!森のニュアンスを感じながら、何杯でもおかわりしたくなる。
そんなバランスを追求した自信作です。
もう一つの定番、ピルスナーの「PROCYON」は、すっきりとした飲み口の中にほのかにトドマツの気配を感じさせる、最初の一杯にふさわしい爽快なビールです。
下川町の大自然や人々の暮らし、生産者の情熱をビールに

ブリューパブをオープンして、下川町の方々が店に足を運んでくれるようになりました。
最初は「スーパードライが好きなんだけど」なんて言いながら入ってくる地元のおじちゃんたちも、今では「 へえ、こんなビールがあるんだね」「フルーティーでおいしい」と目を細めてくれる。普段クラフトビールに馴染みのない方にも受け入れてもらえているのがうれしいですよね。これからは、もっと地域の生産者さんと繋がっていきたいと思っています。
自分が農業を目指していたことがあるからこそ、生産者の苦労やすごさが身に沁みてわかります。だから農業をされている方を応援したいという気持ちが強いんです。地域の生産者さんたちと連携して、いろいろな副原料を使ったビールを作っていきたいですね。

例えば、お隣の名寄市はもち米の生産量日本一の街。伊勢名物の『赤福餅』のお餅や大手菓子メーカーの商品にも使われる「はくちょうもち」という北海道を代表するもち米の名産地です。そこで、ブルワリーでもはくちょうもちを使ったビールを醸造しました。期間限定でしたが、お米のふくよかな甘みが感じられるセゾンでとても好評でしたね。
僕たちはビールを通して下川町の自然や、ここで暮らす人々の営み、そして生産者さんの情熱を伝えていきたい。その土地の「おいしい」をビールという形に変えて発信していきたい。50代からの挑戦はまだ始まったばかりですが、焦らず、楽しみながら、この町と一緒に歩んでいこうと思います。

森の香りを感じながら、夜空を見上げて飲むビール。
そんな贅沢な時間を、ぜひ味わってみてください。
取材・文/山口紗佳
【公式HP】https://shimokawa-brew.co.jp/
【facebook】https://www.facebook.com/profile.php?id=100095393323188
【Instagram】https://www.instagram.com/smb_brew/
下川町の森の空気感や、ここで暮らす人々の温かさをイメージしてつくっています。特にトドマツを使ったビールは、グラスに注いだ瞬間に広がる爽やかな香りが特徴です。森の中で深呼吸するような気持ちで飲んでもらえたら。いつか、満天の星空と美しい森があるこの下川町にも、ぜひ遊びに来てください。
しもかわ森のブルワリー
北海道上川郡
北海道の北部に位置し、総面積の約9割を森林が占める下川町は、古くから林業の町として栄えてきました。冬には氷点下30度近くまで気温が下がる厳しい自然環境をもち、日本における「アイスキャンドル」発祥の地としても知られる幻想的な場所です。豊かな森林資源と美しい星空に恵まれた下川町に2023年、ブリューパブ「しもかわ森のブルワリー」がオープンしたのは2023年。異業種から転身し、ご夫婦で新たな挑戦を始めた代表社員の中村隆史さんにお話を聞きました。
春は新芽のやわらかな香り、夏は生命力に溢れたパワフルな香り
想像していたのは、いわゆる「松ヤニ」のような重たくてクセのある香りでした。

でも、実際にトドマツの枝葉を手にしたとき、僕の予感は心地よく裏切られたんです。
北海道・下川町によって植樹され、育まれてきたトドマツ。その香りは驚くほどクリーンで爽やか!まるでレモンやライムのような柑橘のニュアンスを帯びていました。「これなら、ホップとの相性も良いはず!」。そう直感した瞬間、この場所でビールを造る意味がくっきりと輪郭を持った気がしました。
しもかわ森のブルワリー最大の特徴は、「森を飲む」という体験ができること。
この土地が持つ空気感、森の存在そのものをビールにとじ込めているからです。下川町は面積の9割が森林という、まさに森の町。この場所でビールを造るなら、絶対にこの土地にあるものを使いたいと考えていました。町内には町の木でもあるトドマツの精油を作っている事業者さんがいて、エッセンシャルオイルになるほどの香りなら、きっとビールにも活かせるはずだと思ったんです。実際に使い道を試行錯誤してみるうちに、葉だけでなく枝からもすばらしい香りが出ることがわかりました。枝から滲み出る成分が、味わいに奥行きとウッディな風味を与えてくれるんです。

今では月1回程度、町有林の採取許可をもらって、自分たちの手で新鮮な枝葉をとりにいきます。春先は新芽の柔らかな香り、夏は生命力に溢れた力強い香り。時期によって表情を変える森の香りをそのまま仕込みの釜へと投入します。煮沸の終盤にトドマツの枝葉を漬け込むと、ホップのフルーティーさと重なり合って、奥の方からふわりと「森」が顔を出すんです。
ビールを口に含むと、鼻に抜ける清涼感で、針葉樹林の中にいるような感覚が味わえます。ビール造りを通して、この土地の自然と向き合っている感覚ですね。
農家になる夢や農業へのリスペクトを「醸造」という形で叶えた
うちのビールにはすべて星の名前を付けています。

ピルスナーの「PROCYON(プロキオン)」、ペールエールは「SIRIUS(シリウス)」、ヴァイツェンは「BETELGEUSE(ベテルギウス)」。実は僕たちは夫婦で「天文宇宙検定」という検定を受けるほど天文好きなんです。3級ですけどね(笑)。カメラを片手に星空を追いかけ、プラネタリウムに通うのが好きなんです。移住してきたこの下川町は、肉眼で天の川が見えるほど空気が澄み渡った美しい場所。この圧倒的な星空の下で、僕たちのビールを楽しんでほしい。そんな願いを込めて、夜空に輝く星の名前を借りました。
ビールを楽しむ空間にもこの町の物語を織り込みたかった。

直営ビアスタンドの内装には林業の町らしく、木材をふんだんに使っています。カウンターやテーブルには、ミズナラやハンノキなど町内で採れたさまざまな木を使い、それぞれの木が持つ肌触りや、木目の美しさを感じられるようにしています。床にはトドマツの板材を使い、一歩足を踏み入れれば木のぬくもりに包まれるような感覚を覚えていただけるはず。物件探しもブリューパブの設計施工も、本当に多くの町の方々に助けていただきました。ここは町の皆さんのやさしさが集まってできた場所です。
今でこそ、こうしてビールと向き合っていますが、以前の僕は半導体関連のエンジニアとして、一日中パソコンと向き合う日々を送っていました。そんな生活の中で、唯一心が安らげる時間が妻と一緒に始めた家庭菜園。妻の親戚が農家だったご縁で畑を借りて野菜を育てることになったんです。土に触れ、作物の成長を見守り、手がけた野菜を食べる。その時間が疲れ切った心身を癒やしてくれました。「自然と向き合う仕事がしたい」。やがてその思いが日増しに強くなり、50歳を目前にして、人生の舵を大きく切る決意をしたんです。
最初は、自分自身が農家になる「新規就農」を考えていました。
ところが年齢の壁や制度のハードルが高くて断念。そこで辿り着いたのがビール醸造でした。もともとお酒全般が好きでしたが、ワイン好きの妻の影響でワイナリーを訪ねるようになり、醸造家と接する機会が増えたことで、「醸造」が身近なものになっていきました。ビールは30代の頃に札幌のビアガーデンで、初めてヴァイツェンを飲んだときが衝撃でしたね。グラスから立ち上るバナナのような甘い香り、苦味のないまろやかな味わい。「こんなビールがあるのか!」と、価値観がひっくり返るような感動を覚えたのです。
ビールなら野菜やフルーツ、ハーブ、スパイス、地元の農産物を副原料として自由に使うことができます。農業への夢を、醸造という形で実現させる。それが、僕なりの「農」との関わり方だったんです。こうして移住先を探していたときに出会ったのが、下川町の「地域おこし協力隊」でした。あらかじめ決められたミッションをこなすのではなく、「あなたのやりたいことを応援する」という起業応援型のスタンス。説明会で見た先輩隊員の生き生きとした姿、それを町全体が受け入れ、一緒に走りながらサポートしてくれるあたたかい雰囲気に惹かれて応募。下川町で第二の人生をスタートさせました。

ビールの概念を変えてくれたのがヴァイツェンだったから、自分のブルワリーでもおいしいヴァイツェンを出したかった。それが定番の一つ「BETELGEUSE」です。小麦麦芽由来のバナナのようなエステル香をしっかりと引き出し、ビールの苦味が苦手な人でも笑顔になれるような、やさしい味わいに仕上げています。
そして、ブルワリーの顔とも言えるのがペールエールの「SIRIUS」です。
トドマツを最もたくさん使って、柑橘系のホップ「シトラ」と組み合わせることで、森の香りとフルーティーさを融合させました。レシピは何度も改良を重ね、苦味を抑えてドリンカビリティを高めました。その結果、今年の「Japan Great Beer Awards 2025」で銀賞を獲得!森のニュアンスを感じながら、何杯でもおかわりしたくなる。
そんなバランスを追求した自信作です。
もう一つの定番、ピルスナーの「PROCYON」は、すっきりとした飲み口の中にほのかにトドマツの気配を感じさせる、最初の一杯にふさわしい爽快なビールです。
下川町の大自然や人々の暮らし、生産者の情熱をビールに

ブリューパブをオープンして、下川町の方々が店に足を運んでくれるようになりました。
最初は「スーパードライが好きなんだけど」なんて言いながら入ってくる地元のおじちゃんたちも、今では「 へえ、こんなビールがあるんだね」「フルーティーでおいしい」と目を細めてくれる。普段クラフトビールに馴染みのない方にも受け入れてもらえているのがうれしいですよね。これからは、もっと地域の生産者さんと繋がっていきたいと思っています。
自分が農業を目指していたことがあるからこそ、生産者の苦労やすごさが身に沁みてわかります。だから農業をされている方を応援したいという気持ちが強いんです。地域の生産者さんたちと連携して、いろいろな副原料を使ったビールを作っていきたいですね。

例えば、お隣の名寄市はもち米の生産量日本一の街。伊勢名物の『赤福餅』のお餅や大手菓子メーカーの商品にも使われる「はくちょうもち」という北海道を代表するもち米の名産地です。そこで、ブルワリーでもはくちょうもちを使ったビールを醸造しました。期間限定でしたが、お米のふくよかな甘みが感じられるセゾンでとても好評でしたね。
僕たちはビールを通して下川町の自然や、ここで暮らす人々の営み、そして生産者さんの情熱を伝えていきたい。その土地の「おいしい」をビールという形に変えて発信していきたい。50代からの挑戦はまだ始まったばかりですが、焦らず、楽しみながら、この町と一緒に歩んでいこうと思います。

森の香りを感じながら、夜空を見上げて飲むビール。
そんな贅沢な時間を、ぜひ味わってみてください。
取材・文/山口紗佳
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下川町の森の空気感や、ここで暮らす人々の温かさをイメージしてつくっています。特にトドマツを使ったビールは、グラスに注いだ瞬間に広がる爽やかな香りが特徴です。森の中で深呼吸するような気持ちで飲んでもらえたら。いつか、満天の星空と美しい森があるこの下川町にも、ぜひ遊びに来てください。
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