となみ麦酒(富山県)のはなし
茜色に染まった散居村と赤いチューリップ。 名水がひらく砺波の彩りをビールに
となみ麦酒
富山県
富山県の西部に位置する砺波(となみ)市。広大な砺波平野には、屋敷林に囲まれた民家が水田地帯に点在する「散居村」の美しい風景が広がり、日本有数のチューリップの産地としても知られています。豊かな水と自然に恵まれたこの地で、2022年に醸造を開始した「となみ麦酒」。醸造所は砺波駅から徒歩3分の「DINING&BAR MERRY'S CLUB」の店舗内にあります。代表の齊藤斎さんにお話を聞きました。
生まれ育った砺波への恩返しを、この一杯に。
となみ麦酒のビールは、砺波の情景を映しています。例えば看板ビールの「TULIP RED IPA」。

チューリップの栽培面積日本一を誇る砺波で初めてのブルワリーとして、赤色のチューリップをイメージしたビールです。この鮮やかなルビーレッドはフレッシュなビーツを使って出しています。香りはチューリップの花のように、ふんわりと甘くて華やか。飲んでみるとIPAらしい、しっかりとしたボディと苦味がある。そのギャップがいいねって言ってもらえます。
もう一つが、「sunset pale ale」。
これはもともと、醸造を始めて最初に手がけたアメリカンペールエールです。アンバーな色合いが、砺波の人間なら見慣れた風景にそっくりだった。

「散居村(さんきょそん)」って聞いたことありますか?
田んぼの中に家がぽつんぽつんと点在した独特の景色です。春先、田植えのちょっと前に水田に水を張る時期があって、鏡のような水面に散居村の家々と夕日が映る。その情景がもう、言葉にならないくらいきれいでね。ビールの色が、その茜色の夕焼けにそっくりだったんですよ。これはもう、この名前しかないな!と。
なんでこんなに砺波の風景にこだわるのかというと、このビールを「砺波を知ってもらえるアイテム」にしたかったんです。
ぶっちゃけた話、砺波の名物ってチューリップしかないんですよ(笑)。
前職でホテルに勤めていた頃、お客さんに「砺波のご当地グルメ、名物ってありますか?」って聞かれてもうまく答えられなくて……。チューリップって食べられないじゃないですか(笑)。それならビールでそのイメージを味わってもらおうと。チューリップって何万種類もあるんですけど、ビールだって負けないくらいたくさん種類がある。イメージを重ねやすかったんです。

だから、ラベルのデザインも砺波にまつわるもの。
例えば、砺波平野にカラフルな熱気球がたくさん浮かぶ風景。あとは江戸時代から続く「出町子供歌舞伎」という伝統があって、小学生が曳山(ひきやま)に乗って演じるんです。その隈取をデザインのモチーフにしたり。特産品のお米やゆずを使うことも考えましたが、既に多くのブルワリーがすばらしいビールを造ってますから、後発で勝負するのは難しい。まずはスタンダードなものを、この土地の恵みである水を使って、基本に従って造っていきたいんです。
オリジナリティをもたらしたのは「砺波の水」
となみ麦酒が目指すのは、「その地域を知ってもらえるようなビール」です。
同じレシピを使ったって、東京と富山では、絶対に同じ味にはならないんです。醸造研修でお世話になった「VECTOR BREWING」さんで造ったヘイジーIPAは、もちろんすごくおいしかった。でも砺波に戻って、ここの水で造ったヘイジーを飲んだとき、「あれ?めちゃくちゃうまいぞ!」って驚いたんです(笑)。
考えられる違いといったら「水」なんですよ。
砺波の水は、本当においしい。
この辺りは、水道水をそのまま飲み水として使ってるんです。実際に大手飲料メーカーのミネラルウォーターの採水地としても知られているぐらい。もちろん味の決め手は水だけが全てじゃないですが、その土地の水で造るからこその特徴が出る。酒造りのおもしろいところですよね。こんなに素晴らしい水がある砺波で、初めてクラフトビールを造るブルワリーになりました。だからこそ、プレッシャーがすごかった。
立ち上げの際、同じ富山で20年以上もビール醸造を続けてこられた老舗ブルワリーにご挨拶に行ったんです。第一次地ビールブームの時代から、ずっとこの地で踏ん張ってこられた大先輩です。そのときに言われたのが、「やるからには品質を落とさず頑張ってほしい」と。
その言葉の意味が、痛いほど伝わってきたんです。
先輩たちがどれだけの時間と労力、お金をかけて、この地域のビール文化を必死で守り、大切に育ててきたか。そこに新参者の僕が出てきて、ガッカリされるような中途半端なものを出しちゃいけない。かつての地ビールブームの頃って、今と違って情報も少ないし、本当に試行錯誤の連続だったと思うんです。今はレシピをオープンにするブルワリーも増えてたし、インターネットで探せば情報も設備も材料も見つけられますよね。「頑張って」だけじゃなくて、同業者としてそういう厳しい言葉をいただけたのは本当にありがたかった。
だから、富山のビール文化の足を引っ張らないようにしなきゃいけない。
その心構えはずっと胸にありますね。
コロナ禍の決断と、スタンダードへのこだわり
そもそも、ビールを造ろうと本気で決めたのは、新型コロナがきっかけでした。
経営していた飲食店はまともに営業できなくなってね、この先どうなるか全く見えない中で、何か新しい価値を生まないと生き残れない。それなら、前々からやりたかったビール造りをこのタイミングでやるしかない。でもそこからが大変でした。

2年ぐらいかけて、いろんな手続きや準備を進めて2022年の11月にプレオープン前の3ヶ月間がいちばんしんどかったですね。設備を入れなきゃいけない、稼働させなきゃいけない、ビールを試作しなきゃいけない、宣伝もしなきゃいけない。ほとんど一人でやっていたので、思い出したくないくらい大変でした(笑)。そんな苦労があったからこそ、そして「質を落とさない」という覚悟があるからこそ、一番大事にしているのは「スタンダード」「基本」なんです。
スタンダードなスタイルっていうのは長い間ずっと受け入れられてきた理由がある。だから、最初の1年は特に基本のスタイルをこの場所で、この水で、ちゃんと造ってみようと。そうやって始めたのが、現在のsunset pale aleとヘイジーIPAでした。

醸造で一番神経を使うのは発酵の温度管理ですね。
うちは本当にアナログでシンプルな設備なんです。夏場なんかは醸造室のタンクの上が60度近くになったりする。室温のコントロールが難しいので、温度管理はかなり気をつけています。ありがたいことに常連さんで日本酒の酒蔵勤めの方がいるので、アドバイスを取り入れながら改善しています。

ルビーレッドの「TULIP RED IPA」で見た目と香りを楽しんでもらい、そこから「砺波ってどんなところだろう?」って思ってもらえたら。そしていつか、「砺波に行ってみたい」って思ってもらえる、そんなきっかけになれたら。
それが、きっとふるさとへの恩返しになる。
砺波初のブルワリーとして、そう願っています。
取材・文/山口紗佳
【公式HP】https://www.merrys-club.com/
【Instagram】https://www.instagram.com/tonami_bakusyu/
まずは看板商品の「TULIP RED IPA」をグラスに注いでみてください。鮮やかな赤色に、きっと驚くと思います。チューリップの花のような甘やかな香りとIPAらしい苦味。そのギャップを楽しみながら、砺波の風景を思い浮かべてもらえたら。そして、いつかこのビールをきっかけに砺波を訪れてくれたらうれしいです。
となみ麦酒
富山県
富山県の西部に位置する砺波(となみ)市。広大な砺波平野には、屋敷林に囲まれた民家が水田地帯に点在する「散居村」の美しい風景が広がり、日本有数のチューリップの産地としても知られています。豊かな水と自然に恵まれたこの地で、2022年に醸造を開始した「となみ麦酒」。醸造所は砺波駅から徒歩3分の「DINING&BAR MERRY'S CLUB」の店舗内にあります。代表の齊藤斎さんにお話を聞きました。
生まれ育った砺波への恩返しを、この一杯に。
となみ麦酒のビールは、砺波の情景を映しています。例えば看板ビールの「TULIP RED IPA」。

チューリップの栽培面積日本一を誇る砺波で初めてのブルワリーとして、赤色のチューリップをイメージしたビールです。この鮮やかなルビーレッドはフレッシュなビーツを使って出しています。香りはチューリップの花のように、ふんわりと甘くて華やか。飲んでみるとIPAらしい、しっかりとしたボディと苦味がある。そのギャップがいいねって言ってもらえます。
もう一つが、「sunset pale ale」。
これはもともと、醸造を始めて最初に手がけたアメリカンペールエールです。アンバーな色合いが、砺波の人間なら見慣れた風景にそっくりだった。

「散居村(さんきょそん)」って聞いたことありますか?
田んぼの中に家がぽつんぽつんと点在した独特の景色です。春先、田植えのちょっと前に水田に水を張る時期があって、鏡のような水面に散居村の家々と夕日が映る。その情景がもう、言葉にならないくらいきれいでね。ビールの色が、その茜色の夕焼けにそっくりだったんですよ。これはもう、この名前しかないな!と。
なんでこんなに砺波の風景にこだわるのかというと、このビールを「砺波を知ってもらえるアイテム」にしたかったんです。
ぶっちゃけた話、砺波の名物ってチューリップしかないんですよ(笑)。
前職でホテルに勤めていた頃、お客さんに「砺波のご当地グルメ、名物ってありますか?」って聞かれてもうまく答えられなくて……。チューリップって食べられないじゃないですか(笑)。それならビールでそのイメージを味わってもらおうと。チューリップって何万種類もあるんですけど、ビールだって負けないくらいたくさん種類がある。イメージを重ねやすかったんです。

だから、ラベルのデザインも砺波にまつわるもの。
例えば、砺波平野にカラフルな熱気球がたくさん浮かぶ風景。あとは江戸時代から続く「出町子供歌舞伎」という伝統があって、小学生が曳山(ひきやま)に乗って演じるんです。その隈取をデザインのモチーフにしたり。特産品のお米やゆずを使うことも考えましたが、既に多くのブルワリーがすばらしいビールを造ってますから、後発で勝負するのは難しい。まずはスタンダードなものを、この土地の恵みである水を使って、基本に従って造っていきたいんです。
オリジナリティをもたらしたのは「砺波の水」
となみ麦酒が目指すのは、「その地域を知ってもらえるようなビール」です。
同じレシピを使ったって、東京と富山では、絶対に同じ味にはならないんです。醸造研修でお世話になった「VECTOR BREWING」さんで造ったヘイジーIPAは、もちろんすごくおいしかった。でも砺波に戻って、ここの水で造ったヘイジーを飲んだとき、「あれ?めちゃくちゃうまいぞ!」って驚いたんです(笑)。
考えられる違いといったら「水」なんですよ。
砺波の水は、本当においしい。
この辺りは、水道水をそのまま飲み水として使ってるんです。実際に大手飲料メーカーのミネラルウォーターの採水地としても知られているぐらい。もちろん味の決め手は水だけが全てじゃないですが、その土地の水で造るからこその特徴が出る。酒造りのおもしろいところですよね。こんなに素晴らしい水がある砺波で、初めてクラフトビールを造るブルワリーになりました。だからこそ、プレッシャーがすごかった。
立ち上げの際、同じ富山で20年以上もビール醸造を続けてこられた老舗ブルワリーにご挨拶に行ったんです。第一次地ビールブームの時代から、ずっとこの地で踏ん張ってこられた大先輩です。そのときに言われたのが、「やるからには品質を落とさず頑張ってほしい」と。
その言葉の意味が、痛いほど伝わってきたんです。
先輩たちがどれだけの時間と労力、お金をかけて、この地域のビール文化を必死で守り、大切に育ててきたか。そこに新参者の僕が出てきて、ガッカリされるような中途半端なものを出しちゃいけない。かつての地ビールブームの頃って、今と違って情報も少ないし、本当に試行錯誤の連続だったと思うんです。今はレシピをオープンにするブルワリーも増えてたし、インターネットで探せば情報も設備も材料も見つけられますよね。「頑張って」だけじゃなくて、同業者としてそういう厳しい言葉をいただけたのは本当にありがたかった。
だから、富山のビール文化の足を引っ張らないようにしなきゃいけない。
その心構えはずっと胸にありますね。
コロナ禍の決断と、スタンダードへのこだわり
そもそも、ビールを造ろうと本気で決めたのは、新型コロナがきっかけでした。
経営していた飲食店はまともに営業できなくなってね、この先どうなるか全く見えない中で、何か新しい価値を生まないと生き残れない。それなら、前々からやりたかったビール造りをこのタイミングでやるしかない。でもそこからが大変でした。

2年ぐらいかけて、いろんな手続きや準備を進めて2022年の11月にプレオープン前の3ヶ月間がいちばんしんどかったですね。設備を入れなきゃいけない、稼働させなきゃいけない、ビールを試作しなきゃいけない、宣伝もしなきゃいけない。ほとんど一人でやっていたので、思い出したくないくらい大変でした(笑)。そんな苦労があったからこそ、そして「質を落とさない」という覚悟があるからこそ、一番大事にしているのは「スタンダード」「基本」なんです。
スタンダードなスタイルっていうのは長い間ずっと受け入れられてきた理由がある。だから、最初の1年は特に基本のスタイルをこの場所で、この水で、ちゃんと造ってみようと。そうやって始めたのが、現在のsunset pale aleとヘイジーIPAでした。

醸造で一番神経を使うのは発酵の温度管理ですね。
うちは本当にアナログでシンプルな設備なんです。夏場なんかは醸造室のタンクの上が60度近くになったりする。室温のコントロールが難しいので、温度管理はかなり気をつけています。ありがたいことに常連さんで日本酒の酒蔵勤めの方がいるので、アドバイスを取り入れながら改善しています。

ルビーレッドの「TULIP RED IPA」で見た目と香りを楽しんでもらい、そこから「砺波ってどんなところだろう?」って思ってもらえたら。そしていつか、「砺波に行ってみたい」って思ってもらえる、そんなきっかけになれたら。
それが、きっとふるさとへの恩返しになる。
砺波初のブルワリーとして、そう願っています。
取材・文/山口紗佳
【公式HP】https://www.merrys-club.com/
【Instagram】https://www.instagram.com/tonami_bakusyu/
まずは看板商品の「TULIP RED IPA」をグラスに注いでみてください。鮮やかな赤色に、きっと驚くと思います。チューリップの花のような甘やかな香りとIPAらしい苦味。そのギャップを楽しみながら、砺波の風景を思い浮かべてもらえたら。そして、いつかこのビールをきっかけに砺波を訪れてくれたらうれしいです。
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