Twin Peaks Mountain Brewing(茨城県)のはなし
ステージは研究室から醸造所へ! ドイツ人科学者がつくばで志す「日本一のドイツビール」
Twin Peaks Mountain Brewing
茨城県つくば市
茨城県つくば市。日本の「知」の拠点とも呼ばれる筑波研究学園都市として、筑波山の南麓に国内最先端の研究・教育機関が集まる地域です。2005年のつくばエクスプレス開業以降は 都心からのアクセスも向上し、若い世代の移住も増え続けています。豊かな自然と未来的な都市機能が共存するこの地で、2022年3月にビアレストランをオープンし、2023年から自社醸造を開始したのが「Twin Peaks Mountain Brewing」。ドイツ人オーナーブルワーのボイクマン・カーステンさんにお話を聞きました。
ビール醸造にとって、水は「キャンバス」
「ビール醸造で一番大事なものは?」

そう聞かれたら、私は「水」と答えます。
もちろんホップや麦芽も大切ですが、ビールの大部分を占める水こそビールの土台、すべての始まりなんです。
Twin Peaks Mountain Brewing(以下:TPMB)が醸造所を構える、つくば。ここの仕込みで使っているのは霞ヶ浦水系の軟水です。よく「ラガータイプのビールに適しているのは軟水」と言われますが、話はもう少し複雑です。昔は水質を調整する技術がなかったから、その土地の水で造れるビールが決まっていたんです。軟水のチェコ・ピルゼンではピルスナーが生まれ、硬水のアイルランド・ダブリンではギネス・スタウトのような黒いビールが発展した。ダブリンのピルスナーなんて聞いたことがないでしょう?
余分なものが入っていない軟水は、例えるなら真っ白なキャンバス。
何色にも染まっていない、まっさらの状態なんです。それに対して硬水は色のついたキャンバス。TPMBでは、まず「造りたいビールに適した水」を、白いキャンバスに描くことから始めます。例えば「ドルトムンダー・エクスポート」を造る際は、ドルトムントの水質に合わせて硫酸カルシウムなどを補う。ドイツの純粋令に従い、使うのは麦芽、ホップ、酵母、水だけ。その中で、水のイオンを調整するんです。私のバックグラウンドは化学、化け学。生物科学の博士でもあります。
だから、水質を計算して調整するのは全然難しいことじゃない。
科学者としての長年の経験は、ビール造りのあらゆる場面で活きています。
例えば、酵母の働き方。研究者時代は哺乳類の脳細胞をテーマにしていましたが、酵母も同じ生き物です。糖分がどうやってアルコールに変わるか、発酵中にホップを入れると酵母とどんなインタラクション(相互作用)が起きるか。化学式を見れば、何が起きているかすぐに分かります。

もともと私は1994年に日本に来てから、ずっと睡眠障害の研究をしていました。
つくばに研究所がある製薬会社で睡眠導入剤の開発に携わり、その薬が米国で2019年12月、日本では2020年6月に不眠症治療薬として承認を得て発売されました。人生の大半をかけたビッグプロジェクトを成し遂げたとき、ふと、これからのキャリアを考えたんです。このまま会社にいれば、待っているのはラボから離れたデスクワーク。でもマネジメントの仕事はどうも苦手でね(笑)。私は「ものづくりの人」でありたかった。

その中でもビール造りに興味を持ったのは、アメリカでの体験です。
研究者時代にアメリカに住んでいてホームブルーイングも経験しました。日本に移住して、出張でアメリカを訪れるたびにクラフトビール革命が起こっているのを肌で感じて、「いつか自分のビールを造りたい」と思うようになっていたんです。
今の日本の市場を見ると、IPAはどこのブルワリーでもあります。私自身もIPAは好きですし、うちのレストランでも提供しています。でも、私がIPAをメインに造る意味はない。すでに数多くの優秀なIPAがありますから。

それより私が造る意義のあるもの。本物のドイツビールです。
母国ドイツの誇れるものといえば、パンとビールですから!
ドイツ出身の私なら本物のドイツの味を知っている。だから、うちのセンターラインはドイツビールにしよう、そう決めたんです。
旅先での雨宿りが繋いだ、醸造家との出会い
日本でドイツビールを造ると決めてから、会社員をしながらミュンヘンのドゥーメンス醸造学校で学び、日本に戻ってすぐに沖縄に向かいました。那覇のブリューパブ「WOLFBRÄU(ウォルフブロイ)」で醸造研修を受けるためです。ウォルフブロイのオーナーブルワー、ウォルフラムさんとの出会いは、まさに運命的でした。
私がまだブルワーになるなんて全く考えていなかった頃、妻と沖縄旅行中に激しい雨に降られたんです。傘も壊れて全身びしょ濡れ!近くにあったお店の軒先で雨宿りをしていところ、中から「どうぞお入りください」と声をかけられました。それが彼でした。
驚くことに、なんとその日はお店のグランドオープン当日!
同じドイツ出身だと話すと、開店に向けて準備中だったのにタップをプレオープンしてくれて……。私が、彼の最初のお客さんになったんです(笑)。

そのときに飲んだビールのおいしさといったら!
あのときの感動は生涯忘れないでしょうね。
ですから「日本で醸造を学ぶなら彼しかいない」と連絡したんです。
快く受け入れてくれて、沖縄で4ヶ月間みっちりとブルーイングを学ばせてもらいました。そしてつくばに戻り、2022年にビアレストランをオープン。醸造免許はまだなかったので、大先輩への恩返しも兼ねて、ウォルフブロイのビールを提供していました。でも開店当初は苦労しましたね。「とりあえず、生2つ」という注文が来るたびに、「生は8種類ありますが…」とお互いに困ってしまったり、普通の居酒屋だと思われて、値段のことで揉めたこともあります(笑)。
基本に忠実であること、改善し続けること。
TPMBのビール造りで、大切にしていることのひとつが “True to Style”
「ビアスタイル・ガイドライン(※1)」に定義された範囲の中で忠実に造る。うちで「ケルシュ」を頼んだら、ちゃんとケルシュが出てきます。ケルシュ「風」であってはいけないんです。
(※1 日本地ビール協会が発行しているビールのガイドラインで、約120種類のビールのスタイル(種類)について、ホップやモルトの品種、色、泡の状態、苦みの度合、初期比重・最終比重、アルコール度数、フレーバーの特徴などを詳細に記してある)

基本を守ることと同時に、常に改善も続けたいと思っています。審査会に出品するのはそのためです。もちろん賞を獲れたらうれしいですが、それ以上に大事なのが審査員からのフィードバック。プロの目から見て、TPMBのマイナスポイント=何が足りないか、課題を見つけてそのフィードバックを元に、レシピを調整して良くしていく。
例えば、ヴァイツェンは、当初のレシピだとドイツスタイルの特徴であるクローブ(丁子)の香りの強さが、どうも日本人の口には合わないようでした。審査員からも指摘されたので、仕込みのスケジュールを調整し、クローブ香を抑えてバナナ香が立つように変更したんです。そうしたら賞が獲れました。TPMBは、飲み手であるお客さまのためにビールを造っています。だから、お客さまの反応や審査員の声に耳を傾け、本場の味を理解した上で、日本のお客さまが「おいしい」と思ってもらえることはとても大事なことだと考えています。

レストランは、お客さまの反応を直接見られる大切な場所。
初めてうちのビールを飲んだお客さまの、「顔」を見る瞬間が、本当にうれしいんです。
言葉で「おいしい」とか「うまい」と言ってもらえるのももちろんですが、それ以上に、一口飲んだ瞬間に「えっ」と驚くような、いい意味でびっくりした顔。それを見るのが、ブルワーとしての一番の喜びかもしれませんね。
他に大事にしているのは、味の「再現性」、そして何よりも「衛生管理」。
私は長らく細胞バイオのラボにいましたから、いかにクリーンな環境で作業しなければならないかを、骨身に染みて知っています。ビールは、お客さまの口に入る食品。醸造所が徹底的にクリーンであることは、おいしいビールを造るための絶対条件なんですよ。

TPMBの目標は「日本で一番おいしいドイツビール」を造ること。
まだまだ長い道のりです。ですが、おいしいドイツビールを飲むために、わざわざドイツまで行かなくてもいい。本物のドイツビールならつくばのTPMBで!
そう思ってもらえるブルワリーになりたいですね!
取材・文/山口紗佳
【公式HP】https://twinpeaksmountain.com/
【Instagram】https://www.instagram.com/twinpeaksmountainbrewing/
醸造所はつくばエクスプレスのつくば駅から徒歩7分。都内からでも遠くはありません。日本で一番おいしいドイツビールのために、レストランでは、プレッツェルやソーセージなど、ビールに合うドイツ料理もたくさんご用意していますので、ぜひ、このフレッシュなおいしさを体験してみてください!
Twin Peaks Mountain Brewing
茨城県つくば市
茨城県つくば市。日本の「知」の拠点とも呼ばれる筑波研究学園都市として、筑波山の南麓に国内最先端の研究・教育機関が集まる地域です。2005年のつくばエクスプレス開業以降は 都心からのアクセスも向上し、若い世代の移住も増え続けています。豊かな自然と未来的な都市機能が共存するこの地で、2022年3月にビアレストランをオープンし、2023年から自社醸造を開始したのが「Twin Peaks Mountain Brewing」。ドイツ人オーナーブルワーのボイクマン・カーステンさんにお話を聞きました。
ビール醸造にとって、水は「キャンバス」
「ビール醸造で一番大事なものは?」

そう聞かれたら、私は「水」と答えます。
もちろんホップや麦芽も大切ですが、ビールの大部分を占める水こそビールの土台、すべての始まりなんです。
Twin Peaks Mountain Brewing(以下:TPMB)が醸造所を構える、つくば。ここの仕込みで使っているのは霞ヶ浦水系の軟水です。よく「ラガータイプのビールに適しているのは軟水」と言われますが、話はもう少し複雑です。昔は水質を調整する技術がなかったから、その土地の水で造れるビールが決まっていたんです。軟水のチェコ・ピルゼンではピルスナーが生まれ、硬水のアイルランド・ダブリンではギネス・スタウトのような黒いビールが発展した。ダブリンのピルスナーなんて聞いたことがないでしょう?
余分なものが入っていない軟水は、例えるなら真っ白なキャンバス。
何色にも染まっていない、まっさらの状態なんです。それに対して硬水は色のついたキャンバス。TPMBでは、まず「造りたいビールに適した水」を、白いキャンバスに描くことから始めます。例えば「ドルトムンダー・エクスポート」を造る際は、ドルトムントの水質に合わせて硫酸カルシウムなどを補う。ドイツの純粋令に従い、使うのは麦芽、ホップ、酵母、水だけ。その中で、水のイオンを調整するんです。私のバックグラウンドは化学、化け学。生物科学の博士でもあります。
だから、水質を計算して調整するのは全然難しいことじゃない。
科学者としての長年の経験は、ビール造りのあらゆる場面で活きています。
例えば、酵母の働き方。研究者時代は哺乳類の脳細胞をテーマにしていましたが、酵母も同じ生き物です。糖分がどうやってアルコールに変わるか、発酵中にホップを入れると酵母とどんなインタラクション(相互作用)が起きるか。化学式を見れば、何が起きているかすぐに分かります。

もともと私は1994年に日本に来てから、ずっと睡眠障害の研究をしていました。
つくばに研究所がある製薬会社で睡眠導入剤の開発に携わり、その薬が米国で2019年12月、日本では2020年6月に不眠症治療薬として承認を得て発売されました。人生の大半をかけたビッグプロジェクトを成し遂げたとき、ふと、これからのキャリアを考えたんです。このまま会社にいれば、待っているのはラボから離れたデスクワーク。でもマネジメントの仕事はどうも苦手でね(笑)。私は「ものづくりの人」でありたかった。

その中でもビール造りに興味を持ったのは、アメリカでの体験です。
研究者時代にアメリカに住んでいてホームブルーイングも経験しました。日本に移住して、出張でアメリカを訪れるたびにクラフトビール革命が起こっているのを肌で感じて、「いつか自分のビールを造りたい」と思うようになっていたんです。
今の日本の市場を見ると、IPAはどこのブルワリーでもあります。私自身もIPAは好きですし、うちのレストランでも提供しています。でも、私がIPAをメインに造る意味はない。すでに数多くの優秀なIPAがありますから。

それより私が造る意義のあるもの。本物のドイツビールです。
母国ドイツの誇れるものといえば、パンとビールですから!
ドイツ出身の私なら本物のドイツの味を知っている。だから、うちのセンターラインはドイツビールにしよう、そう決めたんです。
旅先での雨宿りが繋いだ、醸造家との出会い
日本でドイツビールを造ると決めてから、会社員をしながらミュンヘンのドゥーメンス醸造学校で学び、日本に戻ってすぐに沖縄に向かいました。那覇のブリューパブ「WOLFBRÄU(ウォルフブロイ)」で醸造研修を受けるためです。ウォルフブロイのオーナーブルワー、ウォルフラムさんとの出会いは、まさに運命的でした。
私がまだブルワーになるなんて全く考えていなかった頃、妻と沖縄旅行中に激しい雨に降られたんです。傘も壊れて全身びしょ濡れ!近くにあったお店の軒先で雨宿りをしていところ、中から「どうぞお入りください」と声をかけられました。それが彼でした。
驚くことに、なんとその日はお店のグランドオープン当日!
同じドイツ出身だと話すと、開店に向けて準備中だったのにタップをプレオープンしてくれて……。私が、彼の最初のお客さんになったんです(笑)。

そのときに飲んだビールのおいしさといったら!
あのときの感動は生涯忘れないでしょうね。
ですから「日本で醸造を学ぶなら彼しかいない」と連絡したんです。
快く受け入れてくれて、沖縄で4ヶ月間みっちりとブルーイングを学ばせてもらいました。そしてつくばに戻り、2022年にビアレストランをオープン。醸造免許はまだなかったので、大先輩への恩返しも兼ねて、ウォルフブロイのビールを提供していました。でも開店当初は苦労しましたね。「とりあえず、生2つ」という注文が来るたびに、「生は8種類ありますが…」とお互いに困ってしまったり、普通の居酒屋だと思われて、値段のことで揉めたこともあります(笑)。
基本に忠実であること、改善し続けること。
TPMBのビール造りで、大切にしていることのひとつが “True to Style”
「ビアスタイル・ガイドライン(※1)」に定義された範囲の中で忠実に造る。うちで「ケルシュ」を頼んだら、ちゃんとケルシュが出てきます。ケルシュ「風」であってはいけないんです。
(※1 日本地ビール協会が発行しているビールのガイドラインで、約120種類のビールのスタイル(種類)について、ホップやモルトの品種、色、泡の状態、苦みの度合、初期比重・最終比重、アルコール度数、フレーバーの特徴などを詳細に記してある)

基本を守ることと同時に、常に改善も続けたいと思っています。審査会に出品するのはそのためです。もちろん賞を獲れたらうれしいですが、それ以上に大事なのが審査員からのフィードバック。プロの目から見て、TPMBのマイナスポイント=何が足りないか、課題を見つけてそのフィードバックを元に、レシピを調整して良くしていく。
例えば、ヴァイツェンは、当初のレシピだとドイツスタイルの特徴であるクローブ(丁子)の香りの強さが、どうも日本人の口には合わないようでした。審査員からも指摘されたので、仕込みのスケジュールを調整し、クローブ香を抑えてバナナ香が立つように変更したんです。そうしたら賞が獲れました。TPMBは、飲み手であるお客さまのためにビールを造っています。だから、お客さまの反応や審査員の声に耳を傾け、本場の味を理解した上で、日本のお客さまが「おいしい」と思ってもらえることはとても大事なことだと考えています。

レストランは、お客さまの反応を直接見られる大切な場所。
初めてうちのビールを飲んだお客さまの、「顔」を見る瞬間が、本当にうれしいんです。
言葉で「おいしい」とか「うまい」と言ってもらえるのももちろんですが、それ以上に、一口飲んだ瞬間に「えっ」と驚くような、いい意味でびっくりした顔。それを見るのが、ブルワーとしての一番の喜びかもしれませんね。
他に大事にしているのは、味の「再現性」、そして何よりも「衛生管理」。
私は長らく細胞バイオのラボにいましたから、いかにクリーンな環境で作業しなければならないかを、骨身に染みて知っています。ビールは、お客さまの口に入る食品。醸造所が徹底的にクリーンであることは、おいしいビールを造るための絶対条件なんですよ。

TPMBの目標は「日本で一番おいしいドイツビール」を造ること。
まだまだ長い道のりです。ですが、おいしいドイツビールを飲むために、わざわざドイツまで行かなくてもいい。本物のドイツビールならつくばのTPMBで!
そう思ってもらえるブルワリーになりたいですね!
取材・文/山口紗佳
【公式HP】https://twinpeaksmountain.com/
【Instagram】https://www.instagram.com/twinpeaksmountainbrewing/
醸造所はつくばエクスプレスのつくば駅から徒歩7分。都内からでも遠くはありません。日本で一番おいしいドイツビールのために、レストランでは、プレッツェルやソーセージなど、ビールに合うドイツ料理もたくさんご用意していますので、ぜひ、このフレッシュなおいしさを体験してみてください!
OTHER BREWERIES

