Y.Y.G. Brewery(東京都)のはなし
独りよがりなクリエイティブにならないように
お客様の反応は要素を分解して深掘りしていきます。
Y.Y.G. Brewery
東京都渋谷区
東京都渋谷区代々木。
新宿、池袋と並ぶ東京の3大副都心のひとつである渋谷区にありながら、新宿御苑や明治神宮、代々木公園など緑豊かな場所も多く、駅から少し離れると閑静な住宅街が広がる代々木エリア。明治期以降は文化人が好んで暮らしたことから、由緒のある史跡も多く存在します。2016年、新宿駅南口にオープンした「Y.Y.G.Brewery & Beer Kitchen」は、新宿と代々木の間に広がる住宅街の一角にあるブルーパブ。オフィスビル1階が醸造所とバー、最上階の7階がダイニングレストランという構造です。2018年からヘッドブルワーを務める遠藤与志郎さんにお話を聞きました。
ビール本を手に掲載店を全店制覇。 しらみつぶしに飲み歩きました(笑)
今でこそ醸造所を併設したブルーパブスタイルが増えましたが、僕がクラフトビールに熱中しだした頃は、自家醸造をしているビアバーはほとんどなかったんですよ。東京近郊でいち早く自家醸造を始めたのは、今は「備後福山ブルーイングカレッジ」のオーナー小畑昌司さんが切り盛りしていた品川の「パンゲア」(2014年に閉店)や、川崎市の登戸にあるブルーパブ「ムーンライト」でしょうか。
当時ビアバーといえば、海外のビールを提供するアイリッシュパブやベルギービールのお店がメインでした。僕もギネスビールやキルケニーはよく飲んでいましたが、あるとき立川のアイリッシュパブ「カウンティクレア」で、サミュエル・アダムスのボストンラガーを飲んで衝撃を受けたんです。今まで味わったことがないおいしさでした。その感動が忘れられなくてね。クラフトビールのガイド本を手にしらみつぶしに都内のビアバーを巡ったんです。本にあるお店は全部飲んで回りましたよ(笑)。
ビールの研究会やイベントにも参加するようになって、気づけばビールの世界にどっぷり(笑)。自然と造る方にも興味が湧いて、醸造についても調べるようになりました。当時の僕は会社員。平日は都内で海運業の会社に勤めながら、仕事帰りに図書館でビール関係の文献を調べたり、休日に醸造研究会やイベントに参加したり、頭の中はビールのことでいっぱい!ビールつながりの友人や知人も増えた頃、イベントで出会った社長を通じて醸造所の立ち上げを手伝うことになりました。そこで開業準備中のY.Y.G. Breweryを知ったんです。
醸造への興味がありながらも、会社を辞めてまでビール業界に飛び込むかどうかは一番悩んだところです。僕が脱サラしてブルワーになる決意ができたのは、結局のところ “人”がきっかけです。Y.Y.G.の初代ヘッドブルワー、山之内圭太とウマがあったんです。彼の造るビールがおいしいことはもちろん、ビールに対する考え方というか、人一倍の探求心でビールに向き合う姿勢がすごく尊敬できたことが大きかった。僕とバックグラウンドが似ていたところにもシンパシーを感じて、一緒に働くうえでも心地よい距離感で過ごせたんですよね。山之内は2019年に故郷の愛媛県松山市に戻って、家業であるアパレルショップの一角に自分のマクロブルワリー「DD4D BREWING」を立ち上げて、家業をサポートしています。僕も山之内のように、なんらかの形で「家業を昇華させたい」という思いを抱えていました。
実は山梨県身延町にある僕の実家はホテルを営んでいました。
廃業してしまいましたが、長男の僕は事業を継げなかったことに悔しさも感じていたんです。ですから、いつか地元に戻って故郷に貢献できるような仕事を立ち上げたいという思いが心のどこかにありました。そんなときにY.Y.G.と山之内に出会って「自分のやりたいことをやった方がいい」という妻の後押しもあり、8年間勤めた会社員を辞めることを決意。山之内からヘッドブルワーを引き継ぐ形でブルワーに転身したんです。
飲み手が増えれば技術はさらに進化します。 「タップトラック」で気軽に楽しめる接点を増やせたら
ビール造りで意識していることは、「基本はしっかり、遊ぶところは遊ぶ」。
このメリハリをつけることですね。定番商品の「新宿ペールエール」「代々木アンバーエール」「渋谷IPA」「原宿スタウト」は、ベースのビアスタイルを忠実に守っています。うちは新宿や代々木という都心部にあって、明るいカフェのような設計なので、女性客や初めてクラフトビールを飲むというお客様が多いんです。ですから、初心者でも飲みやすくて、ビールの多様性を感じてもらえるように、スタンダードを押さえたラインナップを重視。
その一方で、スポット商品は思いっきり遊ぶ!
例えば、ハラペーニョ(唐辛子)を漬け込んだスパイシーなチリビールや、ラズベリーパイなどお菓子の味をイメージしたもの、「トロピカルスタウト」というカリブ海のジャマイカに伝わる製法を再現したスタウトなど。変わりダネが多いですね(笑)。ゆずやかぼすなど、ビールと相性の良いフルーツを使うことも多いですが、他では見ないユニークな副原料や新しい酵母、製法にチャレンジしてブルワーとして遊ぶんです。
でも、その「さじ加減」は何度仕込みを経験しても難しい。
“遊ぶ”といってもお客様に提供する商品なので、ビールとしておいしいことが大前提。品質を担保しながらどこまで遊ぶか、この線引きには毎回葛藤します。昔、甘酒の力で発酵させようとしたら酪酸という悪臭が発生して、もうどうしようもなくなって300Lのビールを全部廃棄、なんてこともありましたから。あのときはビールにも社長にも「ごめんなさい」と謝りました……(苦笑)
そんな大失敗もありますが、ブルワーになって良かったことは、造ったものに対してダイレクトな反応がもらえること。もちろんおいしいと喜んでもらえるとうれしいですが、「まずい」と言われたら具体的にどこがまずかったのか、原因を徹底的に考えます。ビール自体のバランスが悪かったのか? 飲み手がその味に慣れていないのか? あるいは自分には感じられない繊細なものを感じ取っているのか? ――コミュニケーションがとれる相手であれば、反応を分解して課題を見つけ、フィードバックにつなげます。そうすることで独りよがりな商品にならないようにブラッシュアップできるんです。材料にしても、製法にしても、ビールは自由でクリエイティブな飲みものですから。ブルワーとしてさらにスキルアップしたいので、コンテストへの出品やブルワリー同士のコラボ醸造を通じた技術の底上げは常に目標にしています。
Y.Y.G. Breweryとして目指すのは、クラフトビールを飲んだことがない人に知ってもらうこと。飲み手を増やすことですね。そのためにシトロエンの年代物のバンを輸入して出張販売用のキッチンカーを仕立てたんですよ。この「タップトラック」にビールを積んで運転して各地を回るんです。全国どこでもY.Y.G. Breweryのビールと世界観を届けることができます。地域のイベントはもちろん、結婚式やパーティで出張サービングができますし、ローカルなショッピングモールやアウトドア施設などさまざまな場所で販売できれば、もっと気軽にビールとの接点が持てると思うんです。飲み手が増えれば、自然とビールに対する反応も増える。そうすればビールの世界はもっと進化しますし、僕のビールもさらにおいしくなります(笑)。
取材・文/山口 紗佳
選べるものがたくさんあると迷うこともありますよね。迷ったら、Y.Y.G. Breweryを選んでください(笑)。
ペールエール、アンバーエール、IPA、スタウトと幅広くカバーしているのでクラフトビールの入口としておすすめ。
どれも間違いない味です。後悔はさせません!
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