Far Yeast Brewing(山梨県)のはなし
完成後もおいしさを損なわずにお客様の手元へ。 独創性と品質維持を「容器内二次発酵」が両立してくれるんです。
Far Yeast Brewing
山梨県北都留郡
東京都の水源である多摩川源流に位置する小菅村は、清らかな水と寒冷な気候というビール造りに適した自然が広がる地域です。2017年、小菅村に「源流醸造所」を立ち上げた「Far Yeast Brewing」は、自社設備をもたないブルワリーとして2012年3月にベルギーで委託醸造している「馨和 KAGUA」の販売からスタート。現在は小菅村で醸造する“東京”をテーマにした「Far Yeast」シリーズと「馨和 KAGUA」、革新的な醸造に挑戦する「Off Trail」の3大ブランドを軸にしています。2016年からブルワーを務める細貝洋一郎さんにお話を聞きました。
他社にない海外視点のプロモーションと 独自の差別化戦略が抜きん出ていた「馨和 KAGUA」
僕が入社した2016年は、「源流醸造所」の立ち上げのタイミングでした。 Far Yeast Brewingは、それまで自社工場をもたないブルワリーとして、委託醸造でブランドを展開していたんです。2012年3月から繊細な和食に合うビールをコンセプトに、ベルギーで委託醸造した「馨和 KAGUA」の販売を始め、2014年には「馨和 KAGUA」に加えて、進化し続ける「東京 Tokyo」をテーマにして静岡のブルワリーで委託醸造した「Far Yeast」ブランドをスタートしました。その頃から東京近郊で自社工場の候補地も探していたんです。 そして2017年春に、ようやく念願の自社工場を設立しました。 醸造所のある小菅村は、面積の9割以上を森林が占める人口700人程度の小さな村です。山梨県ですが、東京から一番近い村として東京都の奥多摩町と接しています。東京都の水源のひとつである多摩川の源流部にあるので「多摩源流」と呼ばれていて、豊かな水資源と自然環境に恵まれた地域なんです。醸造所は村の中心部を流れる小菅川のほとりに構えたことから「源流醸造所」と名付けました。うちは名前に「東京」がつく「Far Yeast」ブランドを製造していたので、東京都の水源にあって、ドライな味わいのビール造りに適した軟水がたっぷり使える小菅村は最適の場所。ベルギーなどヨーロッパスタイルのビールを造ることが多いので、標高600mにあって湿度が少なく涼しい醸造環境も決め手でした。冬の寒さはかなり身にこたえますが(笑)。
その源流醸造所のブルワー募集に僕が応募したんです。 前職は大阪の素材メーカーの営業で、醸造はまったくの未経験でしたが、経験者として醸造長の栁井拓哉、未経験者枠で採用されたのが僕でした。実は大手メーカーのピルスナーしか知らなかった頃は、そこまでビールが好きな方じゃなかったんです。ところが、あるときヤッホーブルーイングの「よなよなエール」を飲んで目が覚めました。缶ビールなのにとても香りが良くて、「こんなにフルーティなビールがあるのか!」って。それからクラフトビールという世界にハマって、さまざまなビールを飲むようになって大阪のビアバーやブリューパブ巡りが趣味に。自然と仕事としてビールに取り組みたいと思い始めたのが25~26歳の頃です。社会人3~4年目って一通りの実務経験も積んできて、今後のキャリアを考える節目ですよね。将来を見据えたときに、今の仕事のまま10年後も変わらない自分の姿を想像してしまって。タイミングが合えばと転職を視野に入れてSNSで情報集めをしていました。そこで目に留まったのが、twitterでフォローしていた代表の山田司朗のツイート。源流醸造所の立ち上げに伴うブルワー募集だったんです。
Far Yeast Brewingについては、マーケティングが抜群にうまい会社だと思っていました。例えば、2012年に販売を始めた「馨和 KAGUA」は“和の食卓に映えるかぐわしさ”をコンセプトに繊細な味つけの日本食に合うようにレシピを設計。ベルギーで委託醸造したベルジャンスタイルのビールです。和食に合わせたビールはいくつかありましたが、「馨和 KAGUA」はそれらと完全に差別化されていました。日本を代表する和のハーブであるゆずや山椒を使い、グラスでじっくり楽しむワインのように、Blanc(白)とRouge(赤)の2種類をラインナップ。さらに、発売当初からアジアや欧米のラグジュアリーホテルや高級和食店など、ハイエンド向けのビールとして海外のマーケットに向けて打ち出していました。その先見性と日本食の海外人気も功を奏して、海外のハイエンド層から高い評価を受けて、ANA国際線のファーストクラスで提供されていたこともあります。 そういった海外のビジネス経験も豊富な山田の経営手腕と気さくな人柄に惚れ込んで思い切ってキャリアチェンジを決意。部分的ではなく、ゼロから商品化までの工程全体に携われることもローカルブルワリーのビール造りに惹かれたポイントです。自分が手掛けた商品が目に見える形で届けられて、イベントなどでお客様の反応を肌で感じられるのもうれしいですね。
酸化リスクを抑える「容器内二次発酵」で ビールの天敵である酸素をコントロールする。
醸造設備の搬入や製造免許の審査に時間がかかって予定より遅れましたが、2017年4月28日になんとか源流醸造所が免許取得。5月から醸造が始まりました。僕も醸造経験のある栁井から習う形でブルワー人生がスタート。当時一番しんどかったのは麦芽粕の処理。1回の仕込みで500㎏~600㎏も出る麦芽粕を2tトラックに積んで、片道1時間半かけて牧場に運び、牧場では袋からすべての麦芽粕をかき出していたんです。臭いは強烈ですし、体力的にもキツかったです(笑)。脱水機を導入した今は楽になりましたが。
3年醸造を経験してきて、今でも苦労するのが「ナチュラルカーボネーション」、発酵によってビールに溶け込んだ炭酸ガスのコントロールですね。Far Yeast Brewingのほとんどのビールをベルギーやドイツで伝統的な「容器内二次発酵」という製法で造っています。
「ボトルコンディション」「瓶内発酵」とも言われますが、「容器内二次発酵」のビールは容器充填後も生きた酵母によって発酵が進んでいます。
容器内で発酵が進むことで、熟成期間の違いによる味や香りが楽しめる、つまり飲み頃を選べるという飲み手のメリットもありますが、造り手としては品質管理面で利があります。発酵する際に瓶内の酸素を使うことで、容器内の酸素が限りなくゼロになるので酸化による劣化リスクが減ること。ビールに溶け込んだ酸素のことを「溶存酸素」と言いますが、「溶存酸素」をきちんとコントロールすることで、おいしさを損なうことなくお客様に届けられるんです。海外など長距離輸送することも多いので、完成後の品質をいかに保つか、溶存酸素をしっかり管理することを意識しています。
2020年10月には渋谷にあった本社機能も小菅村に移転したので、これまで以上に山梨を盛り上げる取り組みを進めたいと思っています。7月から「山梨応援プロジェクト」として、コロナ禍で出荷できなくなった県産の桃やぶどう、梅を使ったビールをリリースしてきました。今後もブルワリーとしてビールの品質維持・向上に努めるとともに、Far Yeastならではの独創性や驚き、ワクワク感を感じてもらえるようなビール造りをしていきたいですね。
取材・文/山口 紗佳
ビール本来の多様性と豊かさを感じてもらうために、山梨産のフルーツを取り入れたり、微生物に着目した新しいスタイルに取り組んだり、品質と個性にこだわったビール造りをしています。鮮度を保ったまま皆さんに直接届く樽生ビールで、Far Yeastのオリジナリティを感じてもらえたらうれしいです。
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