ホップガーデンブルワリー(福島県)のはなし
国産ホップとブルワリーは、これからの福島県田村市をつくるワンステップなんです。
ホップガーデンブルワリー
福島県田村市
阿武隈高原の中央にあり、自然豊かな中山間部の複合施設「グリーンパーク都路」は、広大な敷地内にオートキャンプ場やBBQハウスを備えた田村市の公共施設でした。2020年11月、東日本大震災からほぼ休眠状態だった施設の建物を譲り受け、改修してオープンしたのが「ホップガーデンブルワリー」と「ホップガーデンロッジ」です。描く未来は地元産ホップを軸にして「人」「もの」「こと」をつなぐ循環型の地域経済。市内の契約農家ではホップ栽培を手掛けています。福島の事業再生と活性化を目指す運営元の株式会社ホップジャパン代表、本間誠さんとヘッドブルワーの武石翔平さんにお話を聞きました。
実績のないホップ栽培に「夢がある」と人生を賭けてくれた
本間:ようやくですね。ビールが造れるようになったのは。
2015年に電力会社を辞めて仙台で会社を立ち上げて、ブルワリーの場所も決まっていよいよというときに計画が頓挫しそうになって。停滞した2年間はどうなることかと思いましたが、このブルワリーにはたくさんの人の夢がのっかっています。田村市のホップ農家のように、人生をかけてくれた人たちがいる。後戻りはできません。ホップ栽培という実績のないことに挑戦してくれた人たちのためにも、絶対に形にしなくちゃならない。
だから、ビールが造れるようになったときの喜びは大きかったですよ。
でも、あくまでブルワリーは通過地点。私が描いた未来はその先にあるんです。
“ホップとビールを軸に循環するまちづくり”
地産ホップを使ったビールで田村市に「人」や「もの」「こと」を呼び込んで、1次産業から6次産業までつなげたサイクルが実現するまちです。たとえば醸造工程で出る麦芽カスを農作物の肥料や家畜飼料にしていますが、残ったビールをバイオエタノール発電に使って再生エネルギーとして再利用する計画もあります。ホップ産業を中心にまちの経済が循環する未来です。スケールの大きい話ですから、たくさんの協力者がいなければ実現できません。それを地元企業や大学、行政と連携して形にしてくのが、私が心に描いた社会。持続可能な福島と田村市の未来です。
構想の発端は、前職の電力会社で働いている間に抱えていた思いから。
エネルギーって、突き詰めると環境問題につながるんです。生きていくのに必要なエネルギーを自然環境に負荷を与えないようにどう生み出していくのか。仕事を通じて考えるようになったときにシアトルのクラフトビール文化と結びつきました。
シアトルではあちこちにブリューパブがあるんです。
スーパーのビール売場の大半を占めるのもいわゆる地ビール。現地で2年間暮らして、ビールのおいしさや多様性に感動したことはもちろん、ローカルビールが人やコミュニティをつないで、地域を支えているのを実感しました。自由な雰囲気の中で、住人が当たり前のように地元のビールを飲む。そんな文化を日本でも広めたいと思いました。
ただ、普通にブルワリーを起こすだけでは後発ビジネスとして弱いので、違う切り口を探したんです。そこで辿り着いたのが原料のホップ。小規模なブルワリーの多くが輸入ホップに頼っている状況です。そこで日本産のホップを育てて、直接取引できる場があれば需要があるんじゃないかと。
山形のホップ生産組合の方に話を聞くと、農家側では高齢化や後継者不足という課題を抱えていることもわかりました。重労働にもかかわらずホップの価格は変わらず、このままではやがて生産が途絶えてしまう……。そんな危機感を抱いていたんです。そこで私は栽培環境の改善や流通拡大に一緒に取り組むことからはじめました。たとえば、課題の一つである高所作業はホップ棚のワイヤーを自由に上げ下げできるウインチ式の設備を開発。効率よく手摘みできるので商品価値が上がります。こうしてホップの試験栽培が動き出して、銀行の融資を機に福島に拠点を移しました。
福島県内でホップ栽培に取り組む際、心強い味方になってくれたのが当時の田村市の副市長を務めていた鈴木喜治さんです。もとからビール好きだったので「夢があっておもしろい。どうせならブルワリーを起こして盛り上げよう」と、一気に話が膨らみました(笑)。他に市内で農業を始めたばかりの新田さんや山口さんも賛同してくれて、ありがたいことに一緒に夢を追いかけることに。そんなとき復興庁から醸造拠点として紹介されたのが、この「グリーンパーク都路」でした。
ビールで人がつながるように、夢も一緒に成長していくもの
本間:あまりに人里離れた山中で最初は戸惑いました(笑)。
でも逆にこの大自然を強みにできるんじゃないかと。宿泊施設やレストランを整備して県外からも人を呼べる環境を整えて、地元のお祭りや農畜産物とコラボした商品開発や交流イベントを開催する。施設全体を活用すれば使い道が広がりますよね。人生賭してその可能性を信じようと思いました。
いざブルワリー設立というタイミングで予想外の問題が重なって着工が遅れたものの、信頼できるヘッドブルワーも見つかって一気に動き出しました。何名か応募があった中で、「ブルワーはこの人しかいない」と満場一致で採用を決めたのが、武石翔平君。
武石:品質のいいフレッシュホップを使えるブルワリーはここしかないと思って応募しました。生ホップを使うビール造りは思うようにならない難しさもありますが、それ以上にフレッシュホップでしか表現できない魅力があるんです。ポートランドのフレッシュホップビールのイベントで、日本にはないフレッシュホップビールのおいしさに触れて、ブルワーとしていつか扱ってみたいと思っていたんです。次のステージに進むタイミングだったことも後押しになって福島移住を決めました。
ブルワーとしては1年半ほど「所沢ビール」で下積みをして、経験を積むために栃木県宇都宮市の「プレストンエールブルワリー」に移りましたが、2020年3月に閉業になってしまって。次を探していたところで田村市のブルワー募集を知ったんです。一面山に囲まれた景色といい、地元の秋田を思わせる田舎暮らしも性に合っています(笑)。
本間:彼は理系出身でロジカルに考えられるし、真面目な人柄もパーフェクトですよ!
彼ならフレッシュホップを使って地域のシンボルになるビールができるとピンときました。
ここで造りたいのは、トレンドや一部のコアなファンに響くようなビールではなくて、初めて味わう人でも飲みやすいもの。地元の田村市の人が親しんでくれるビールです。乾燥圧縮したペレットと違って、フレッシュホップは生ならではの不安定さもありますが、きちんと成分分析を行うことで、醸造段階である程度コントロールすることができます。
今年から敷地内にもホップ畑「都路ホップファーム」を設けて200株ほど栽培を始めましたが、いずれ収穫体験ツアーも企画したいと思っています。2020年の春には樽生ビールが飲めるタップルームもオープンしました。
ブルワリー設立はまちづくりの第一歩、通過点なんです。
一歩踏み出せば、視界が開けて新たな目標が見えてきます。
ビールで人がつながるように、夢も一緒に広がっていくものですから。
取材・文/山口 紗佳
阿武隈の大自然を感じてもらえるように、ビールは森羅万象をつかさどる「陰陽五行」をテーマにしています。中でも「木」を表現した「Abukuma Fresh」は地元産の生ホップ100%のフレッシュホップビール! 仕込みごとに品種の違うホップを1種類だけ使うので、みずみずしいホップの個性を贅沢に味わえますよ。
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