高知カンパーニュブルワリー(高知県)のはなし
原点は「妻と一緒に楽しめるビール」 身近な幸せを支えるものを、惚れ込んだ高知で生み出したい。
高知カンパーニュブルワリー
高知県香美市
高知県香美市。
高知県東部に位置し、森林率約9割という緑豊かな香美市では、林業と柚子、椎茸栽培などの農業がさかん。中でも柚子の出荷量は日本一を誇ります。紅葉で名高い「べふ峡」や「西熊渓谷」、日本の滝百選に選ばれた「轟の滝」など四季折々の自然が楽しめる景勝地も多く、自然豊かな地域です。2018年、香美市に誕生した「TOSACO」は、土佐の素材を使い、“土佐(とさ)っこ”に愛されるビールとして「高知カンパーニュブルワリー」が送り出すビールブランド。代表でブルワーの瀬戸口さんにお話を聞きました。
ビール関係なく「高知に住みたい」と思っていました。 それぐらい、自然と人に惹きつけられたんですよね。
出身は大阪なんです。高知には縁もゆかりもありませんでした(笑)。 でも大阪市生まれで奈良県の大学院に通い、就職も大阪とずっと都市部で暮らしてきた僕にとって、ゆるやかな時間が流れる高知はとても居心地がよかった。高知に来た最初のきっかけは、妻と結婚前、高知大学に通っていた義兄のアテンドでたびたび高知県に遊びに行ったこと。「日本一美しい川」と言われる清流・仁淀川や、海底まで見える透き通った海に鮮やかな魚が泳ぐ柏島と、県内さまざまな場所に連れて行ってもらって、これまで見たこともない大自然に圧倒されました。そこで生きる人達も力強くて、あたたかくて、何度か足を運ぶうちに、「高知県に住みたい」と思うようになったんです。ビールを造っていなくても、いずれ高知に住んでいたでしょうね。 好きな土地で生きていくために、何で生計を立てていくのか? これを考えたときに、大好きなビールに結びついたんです。自然に恵まれた高知の農作物を使って、高知に住む人でも知らない地元の魅力を伝えたい。手塩にかけて素材を育てた生産者の想いやバックグラウンドまでしっかり伝えることで、ビールを通して「土佐生まれ」の魅力を感じ取ってほしい。そんな思いを込めて「TOSACO」と名付けました。 自分の手で造り出すビールなら、最後まで自分が責任をもってモノづくりができます。 つくる楽しさと責任がもてる仕事。両立できるのもビールだったんです。
大学院で光センサータンパク質の研究をしていた僕は、卒業後に電機メーカーに就職して、主に電車や駅のホームで使われるセンサーの開発をしていました。列車のドアの挟み込みや障害物を検知するセンサーです。新規事業で体制が整わない中、トラブルがあれば担当外でも責任をもたなければなりませんでした。組織で働く以上は分業が当たり前ですが、周りに振り回される働き方に疑問を感じるようになって、次第に「最後まできちんと責任がもてる仕事がしたい」と思うようになったんです。
そこで妻と始めた最初のモノづくりが、市の貸し農園を使った家庭菜園。
休耕地を活用した畑でインストラクターのアドバイスをもらいながら、大根を育てたんです。収穫した大根を料理して、加工するところまで一連の流れを経験して、自分で生み出したもので完結できることの充実感を感じることができました。「つくる楽しさ」を知って、ますます起業を意識するようになったんです。組織の歯車ではなく、「自分でコントロールできるモノづくり」を生業にしたいって。
そのころは、ちょうどクラフトビールが盛り上がり始めた時期。
もともとビール好きだった僕は、大阪のブルーパブや関西圏のブルワリーで個性豊かなビールを飲んだり、ブルワーさんの話を聞いたりするうちに、「高知でクラフトビールを造りたい」という夢を抱くようになって、会社員を続けながら高知への移住とブルワリー立ち上げの準備をはじめました。
高知で起業したいといっても縁もゆかりもない土地ですから、起業塾や移住促進会に参加して情報を集めたり、地元の人とのつながりをつくったり、地道に筋道を立てていきました。その流れでご縁があったのが香美市でした。
ビールだからこそ掘り出せる魅力や 引き出せる「良さ」があるんじゃないかって。
ビール醸造の技術と小規模でできる醸造システムについては、島根県の「石見麦酒」で研修を受けました。会社勤めを続けながら、休日や有休を使っておよそ1年間かけて通い詰めて、2017年7月に高知カンパーニュブルワリーを設立。2018年1月の醸造免許取得を機に会社を退職して、高知に移住してからまず試作品造りをスタートしました。
商品として確かな品質のものを造るために、2カ月ぐらいテスト醸造を繰り返しましたね。その試作品のIPAを伊勢角屋麦酒(※1)の鈴木社長をはじめとした社員、ブルワーのみなさんに評価していただき、フィードバックをもらいました。さらに鈴木社長には工場までお越しいただいて、直接仕込みのご指導まで。これはとてもありがたいことでしたね。販売するからには自己満足ではなく、ビールとしておいしいことが大前提ですから。こうして完成度を高めて、2018年4月に地元産のお米と山椒、柚子、土佐文旦を使った3種類を初リリース。高知県で8年ぶりにできたブルワリーだったせいか、メディアでも大きく報じられてたくさんの反響をいただきました。
TOSACOは「高知だからこそ造ることができるビール」を目指しています。
例えば「かやの森ヘイジーエール」。このビールには、囲碁や将棋の碁盤に使われる「榧(かや)」という木の実を使っています。榧は独特の爽やかな香りと耐久性に優れた最高級の木材ですが、成木になるまで300年もかかる木なんです。生育が難しいことから、市場から姿を消しつつある樹木で、その榧の森を守るプロジェクトの話を聞いて、榧の果肉をビールに使うことで、榧の存在を知ってもらえるきっかけになるんじゃないかと思って挑戦しました。
活用方法のない榧の実も、ビールに使えばハーブのような清々しい清涼感のある香りを与えてくれます。他には、あまり知られていない土佐町のリンゴなど、地元の人ですら気づいていない魅力がまだまだあります。ビールという切り口だからこそ、伝えられる良さがあると思うんです。
高知ならではのビールを造り、そのビールで食卓を豊かにする。
ブルワリー名の「カンパーニュ」の語源である「カンパニオ」という言葉に、「パンをわけあう人々」という意味があるように、僕は家族や仲間と過ごす食卓が幸せな時間になるようなビールを造りたいと思っています。いずれは物部川のゆったりとした流れを眺めながらビールが楽しめるタップルームや、高知の地域ごとのオリジナルビールが造れたら…‥なんて構想も描いていますが、まずは日常をほんの少しワクワクさせてくれる1杯。身近なところにある幸せに寄り添えるビールですね。
僕にとっての身近な幸せは、家族と一緒にビールが楽しめること。
ささやかな、でも一番大切にしたい幸せです。ビールが苦手な妻と一緒に乾杯したい、僕が造ったビールを飲んだ妻が「おいしい」と笑ってくれることに幸せを感じますし、それがTOSACOの原点ですから。
(※1)1575年に伊勢神宮の参拝客を迎える茶店として創業した餅屋「二軒茶屋餅角屋」が1997年に創業したクラフトビールブランド。国内外を問わず数々のビール審査会において受賞歴を重ねており、第21代目当主の鈴木成宗社長は、野生酵母研究で博士号を取得。コンテストの審査員も務めるなど、クラフトビール業界を牽引している。
取材・文/山口 紗佳
高知は柚子や文旦、山椒などビールと相性の良い食材に恵まれた土地。
TOSACOは農産物を育てる生産者の思いも込めて、食卓の幸せに寄り添うビールを造っています。
樽生で飲めることがめったにないTOSACOをぜひ普段のお食事と一緒に楽しんでください。
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