麦雑穀工房マイクロブルワリー(埼玉県)のはなし
滋味豊かな穀物の恵みをまるごと感じられる仕事。
ビールも畑から育てるという発想で。
麦雑穀工房マイクロブルワリー
埼玉県比企郡小川町
池袋駅から特急で1時間あまり、東武東上線の終点である小川駅。
埼玉県のほぼ中央に位置する比企郡小川町は、有機農業が盛んな地域です。
近年は「小川町オーガニックフェス」を開催するなど、街ぐるみで有機農業に取り組むオーガニックタウンとして知られています。
のどかな田園地帯が広がり、里山の原風景が残る小川町で自家栽培の大麦や小麦、ライ麦などの穀物でビールを醸造しているのが「麦雑穀工房マイクロブルワリー」です。
オーナーブルワーを務める鈴木等さんにお話を聞きました。
ビールは農業の延長。穀物を無駄なくたっぷり使えるんです。
自分の畑で育てた農作物を自分で加工して、直接お客様に販売する。農家が直営レストランを運営したり、自ら醸造するワイナリーや酒蔵を開いたり、今でこそ6次産業化が全国的な取り組みとして広がっていますが、2004年当時なんてほとんど注目されなかったでしょうから、その頃から地産地消を実践していた馬場はすごいと思いますよ。 創業当時から通ってくれるお客様の中には馬場が造っていた「雑穀ヴァイツェン」のファンも多いんです。
でも、つくり手が変われば味も変わるのがビール。私は自分なりのビール造りでお客様に喜んでもらえたらと思っています。
「馬場」とは、創業者であり初代のブルワーである馬場勇さん。馬場さんの長女、由実子さんと結婚した鈴木さんからみて、馬場さんは義父にあたります。
ここは馬場が自分で栽培した農作物を効率よく使うためにはじめたブルワリーなんです。当初は小麦やライ麦をパンにしたり、うどんに製麺したりして家庭で消費していましたが、畑仕事に夢中になればなるほど収穫量が増えて、とても個人で使い切れる量じゃなかった。それで麦を大量に使うビールに加工することを思いついたんです。
ビールは発芽させた大麦麦芽を原材料として使うので、もみ殻を取り除く必要がなく、そのまま使えて無駄がありません。
キビやアワなどの雑穀も副原料として使えるし、小川町にはきれいな水もある。ビール醸造にぴったりな条件が揃っていたんです。
とはいえ、時代は90年代後半の地ビールブームが過ぎ去って、クラフトビール業界が落ち込んでいた時期。
起業を心配する声も少なくなかったですが、持ち前の探求心から独学で醸造を学んだ馬場は見事に醸造免許を取り、長年勤めた大学を退職後の2004年4月にブルーパブとしてオープンしました。
オープン当時は都内に住み、ホテル関連企業の会社員として働いていた鈴木さん。
シェフの手伝いとして仕事で食材やドリンクに触れる機会は多かったものの、馬場の後を引き継いでブルワーになることまでは考えていなかったですね。でも醸造作業だけでも大変なのに、さらに畑で麦を育てて、麦芽をつくって、店で提供するところまですべてをこなすのは、60代じゃなくても重労働ですよ。
当初、馬場は自分一代、5年ほど切り盛りできれば……と考えていたようですが、ありがたいことにファンも多かったので、馬場の代で終わらせるのはもったいないなと。でも、それ以上に、何よりも馬場のビールがおいしかった!
自家製のライ麦やキビ、アワを使った「雑穀ヴァイツェン」は創業時からの看板商品です。
雑穀のうまみを引き出した深い味わいと爽やかな香りにふれて、私自身がシンプルにビールのおもしろさに惹かれていったんです。
ビールって苦いだけではなくて、フルーティーなもの、香ばしいもの、酸っぱいものと多彩で、アルコール度数も幅広いですよね。
食前酒としてはもちろん、食事と合わせた食中酒、食後のデザートとしても楽しめます。他のお酒を飲まなくても「ビールだけで完結」する飲み物だと思うんです。
さらに、うちでは原料のほとんどを自然農法で育てて加工しているので、お客様に地元産のビールを安心して飲んでもらえます。畑で育てた野菜やハーブ・スパイスを使った料理や自家製パンもビールと一緒に楽しめる。小川町でとれたものがまるごとお店で堪能できるんです。醸造で出た麦芽カスも再び肥料として有機栽培に使います。まさに「畑からビールをつくる」、それがまた畑に還元される。おもしろいサイクルですよね。
私は2007年頃から馬場の手伝いをしていましたが、やがて夫婦で小川町に移り住むことを考えて2012年から本格的にブルワーとして醸造を任されています。
馬場はもとから専念したかった畑仕事に集中するようになって、今は大麦や小麦、ライ麦、雑穀、野菜などの原材料の供給と品質向上面で支えてくれていますね。
妻は主にパブの切り盛りをして、今のスタイルができあがったんです。最初は製麦も自社でやっていましたが、2010年から製麦工程は近隣の農家に任せて役割分担することで、それぞれがより自分の仕事に集中して取り組めるようになったと思います。
食材もビールも木樽も、自分たちで育てるおもしろさがあるんです。
2019年11月に店舗移転。旧店舗から徒歩2分先の土地を購入して工場とタップルームを新設しました。
移転自体は5年ほど前から考えていたことです。旬の素材を使った季節限定のビールや新しいスタイルにもチャレンジしたかったのですが、最小限のコストでスタートした前の設備では、定番商品を造るだけで精一杯。品質の良いものを安定して造るために設備をリニューアルする必要がありました。どうせやるなら、自分たちの理想を詰め込んだスペースにしたくて、土地を購入して3年がかりの設計でようやく新店舗ができたんです。タンクは4基増えて醸造量は2.7倍に。これで念願の「長期熟成」もできるようになりました。
これは「フーダー」といって、木製のタンクです。
通常はステンレスタンクで発酵熟成をすすめますが、オーク製のタンクで発酵させることでビールの味が丸くなって、木の香りやタンニンの風味がついた熟成ビールが造れるんです。ベルギーでは伝統的な木樽発酵で、フランダース・レッドエールが好きだったこともあって、これはぜひ取り入れたいと思っていました。国内でフーダーを使っているのは、常に挑戦的で革新的なビール造りに定評のある長野県のAJB(Anglo Japanese Brewing Company)とうちぐらいじゃないでしょうか?
素材が木という生き物なので、金属にはない難しさもあります。
雑菌が繁殖しないように衛生管理には特に気を遣いますが、さまざまなビールが木樽に染み込んでいくことで、その木樽にキャラクターが与えられて、中で眠るビールの味わいも変わっていきます。時を重ねるごとに、そのブルワリーでしか出せない味になっていくんです。そうやって木樽を育てていくのも熟成の醍醐味。今は庭で採れた山桃を使ったセゾンを熟成させています。
ビールに使う主な穀物の他に、自宅ではレモンやプラム、パッションフルーツ、ブルーベリーやブラックベリー、山椒、フェンネルなどの果物やハーブも育てています。お客様の庭で採れた果物を使うことも。
設備拡張して、今まで以上に小川町の味をさまざまなビールで表現できるようになったと思います。2代に渡ってお店を続けることができたのも人の縁に恵まれたから。創業当時から通ってくださる常連さんも多いですし、アウトドアフィールドが近いのでサイクリングやトレッキングついでに寄ってくださるお客様も増えました。
取材・文/山口 紗佳
大麦や小麦、雑穀などの穀物に水、副原料に至るまで地元産。
収穫時期にはホップも自家栽培のものを使います。
小川町の大地の恵みをまるごと味わえるのがここのビールです。
じんわり身体に染み入る素材の滋味をビールで感じてみてください。
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